27. 空を翔ける仮面たち
再びイーヴンがパルクール配信に挑むが、その裏には別の意味があった。
見せつけるための跳躍。
同時に、跳躍すべく挑む者もあった。
準備は整った。
久々の依頼配信──しかも今回は、ドローン撮影のテストも兼ねた案件だ。
「じゃあ、そろそろいくか」
頭上で小さな音が鳴る。ドローンが静かに浮上し、冷たいレンズが俺を見下ろす。
今回のスポンサーは、配信設備メーカーのギアズ・リンク。
前回、あまりの機動にカメラが追いつかなかったことを逆手に取り、今回はリベンジとばかりに最新型を投入してきたらしい。
舞台は、廃ビル群が基本となるフィールドタイプの中級ダンジョン。
高さ、距離、崩落。あらゆる要素が入り乱れるこの空間を、俺は縦横無尽に駆け抜ける。
「っしゃあ、行くぜ」
開始直後、蹴り上げた床板を踏み台にして壁に飛び乗る。
瞬間的に摩擦係数を操作して、壁を走り、天井から垂れ下がるパイプに跳びつく。そのまま横に振って──
《ジャンプ決まったー!》
《ドローン追いついてる!すげえ!》
《ギアズの中の人、歓喜してそうw》
コメント欄が一斉に盛り上がる。確かに、ドローンの動きは前回とは段違いだ。複数の視点を切り替えながら、俺の軌道を鮮明に追ってきている。
「いい目してんじゃん、ギアズさんよ……!」
スピードを上げる。非常階段を一気に駆け上がり、天井を蹴って空中へ。
……常識的に考えれば、落ちるはずの軌道。
だが、ぎりぎり足場に届く!
《なんで落ちないんだよwww》
《物理を超越した》
《地球の重力さん、涙目》
だが……
《あーあ、またインチキ配信者かよ》
《どうせ加工でしょ?》
《中の人オッサンだし》
《すぐ引退しろや》
……来たな。
「おやおや、どうもご丁寧に。
跳べねぇおっさんは、ただのおっさんさ!」
同時にパイプを足場にして、一気に跳び上がる。
コメント欄に《イーブン草》《工作員乙w》《はいはい、おつかれさん》と、リスナーが返す。
冷静に、かつ鮮やかに。
今回の配信は、技術力の証明でもあり、そして俺の存在を再確認させるための場でもある。
「見せてやるよ。これが、俺の道だ──!」
ビルの屋上から、次のビルの看板へ。真空に近い軌道を描きながら、俺は滑空する。
《すげぇ……》
《ドローンまだ追えてる!》
《マジで今回のカメラ最高じゃん》
《スポンサー大勝利www》
《アンチ涙目で草》
飛翔と着地。その一瞬に、俺のすべてが詰まっていた。
「いいぞ……もうちょい、付き合ってくれよ、カメラさん」
☆ ● ▽ ● ☆
──狭間優真視線――
取引先との定例打ち合わせを終えた帰路、狭間優真の足取りは重かった。
会議室でのNeoTask社技術陣とのやりとりは、またしても噛み合わなかった。彼らは露骨には口にしない。だが、細かい資料の訂正や、伝達の齟齬に対して、あからさまな沈黙と視線が突き刺さる。
(……またやってしまった。あの資料、確認したはずなのに)
席に戻ると、上司がデスクで待っていた。ひととおり会話を交わすと、上司は柔らかくも、逃げられない一言を口にする。
「優真くん、少し話そうか。最近、取引先の反応を見ていると、ややコンプライアンス感度の面で評価が下がってるように見える。
これは個人の責任だけじゃないけど……現状、営業職としては少し荷が重いようにも思う」
一瞬、鼓膜の奥が鳴ったような錯覚を覚えた。
「……すみません」
そうしか言えなかった。叱責ではなかった。だが優真は、どこかで責任を外に転嫁してきた自分を自覚していた。
「担当を変えるかどうか、本人の希望も踏まえたいと思っている。少し考えてみて」
頷いて席を立ったが、帰宅するまでの道中、ずっとその言葉が頭の中で反響していた。
──その夜。
「おかえりなさい!」
元気な声が飛ぶ。リビングに入ると、息子の優翔と娘の美菜が嬉々としてノートパソコンの前に座っていた。
「お父さん、見て見て! 編集完成したよ!」
パンダ仮面の白装備──子供達がお気に入りの最新配信者。その編集動画の前半が映し出されている。壁を駆け、障害物を飛び越える姿。そのすぐ後ろを、黒装備の狼――インゲンが疾走していた。
「……すごいな。こんなふうに、翠は……」
どこか距離を置いていた義理の娘──インゲン。だが、映像の中の彼女は、真剣だった。泥にまみれ、息を切らしながらも、必死に前を見て走っていた。
「ここ、編集頑張ったの。リプレイでスローにして、HUDも合わせたんだよ!」
「BGMも自分たちで探して、タイミングも合わせたんだ」
二人の言葉に、優真は不意に目を伏せた。
言い訳ばかりしていた。NeoTask社が悪い、運が悪い、仕事が合ってない。
けれど、今、目の前にいる子供たちは、誰に言われたわけでもなく、目の前のことに一生懸命だった。
(……俺、なにやってたんだろうな)
だが……
「でも、おとーさん、よくおねーちゃんってわかったね」
「え?」
「コメントだと、ほとんど気づいてないの」
はっとした。
無意識だと、ちゃんと気づけてたんだ。
それなら……
「ありがとう。……元気出たよ」
☆ ● ▽ ● ☆
――某電装企業(元大神鉄也の勤め先)
匿名コメントが社内ネットワーク経由で投稿されていた件について、ITセキュリティ担当から報告を受けた舟橋課長は――しかし、驚くどころか、肩をすくめて薄く笑った。
「一応、うちってダンジョン探索者関連の部門だからさ。多少の騒ぎは想定内ってことでしょ?
それに、少しくらい荒れた方が“話題性”ってもんが出るんじゃない?」
「課長……それは、さすがにリスクが大きすぎます」
若手社員の声には焦りがにじむが、舟橋は軽く手を振って一蹴した。
「あーあー、そんなに心配性じゃ、大企業勤めできないよ? 誰が書いたかなんて、証拠残らないって」
そう言うと、舟橋はスマホを操作し出す。
「それにさ、俺らは“言われた通りに動いた”だけ。責任なんかあるわけないだろ?」
その無防備な言葉を、隣で聞いていた若手は、冷ややかな視線で見つめていた。だが舟橋は、そんな視線に気づくことなく、得意げな笑みを浮かべていた。
一方その頃――
加藤部長はというと、社内メールにこう記していた。
『いいか?
ああいう配信者は、外野の評価が下がれば簡単に沈む。
俺たちが“正しかった”って流れを作るんだよ』
だが彼は、まさかその文章が社外に漏れるとは思っていなかった。
そしてそのメールの文面はすでにNeoTask社の法務監査システムにより、社内通報リストに自動でフラグ付けされていた。
☆ ● ▽ ● ☆
── 狭間優真:オフィス
翌朝。
優真は、自らの意思で、部長のもとを訪れた。
「部長……ご相談があります」
声の調子がいつもより硬いことに気づいたのか、石川部長は少し驚いたように目を丸くし、それでもすぐに頷いた。
「……会議室で話そうか」
何かを察したらしい部長は、静かに席を立つと、部署内の打ち合わせ用ブースへと優真を促した。
「それで、話というのは……やっぱり、今のチームのことか」
核心を突かれたような気がして、優真は軽く頭を下げて応える。
「はい……正直に申し上げると、努力はしているつもりですが、思うように結果が出せていません。
技術面でつまずくことが多く、周囲の技術者とも噛み合わず……最近は、少し距離を置かれているように感じます」
沈黙が一瞬、ブースに流れた。
やがて、石川部長はゆっくりと頷いた。
「確かに君は真面目だ。だが、時に柔軟さに欠ける面もあるし、未知のものに対して警戒心が強いところがある。
ただ――それが悪いというわけじゃない。
むしろ、そうした性格は品質保証の分野では強みになることもあるんだ」
意外な言葉だった。だが、その声に否定や落胆はなかった。
「君のように、事実を一つずつ丁寧に追いかけ、責任感を持って物事に取り組める人間には、品質保証部門が合っているんじゃないかと、実は前から思っていたんだ」
その言葉に、優真は小さく息を呑んだ。
──数日後。
優真は、新たな部署――品質保証部門の会議室で、分厚い資料と静かに向き合っていた。
未知の言葉、聞き慣れない用語。戸惑いもあるが、今はそれを一つひとつ受け入れられる気がした。
足元の感触は確かだった。ほんの少しだけ、自分の輪郭がはっきりしたような気がする。
まだ先は長い。だが今、ようやく――自分の意志で、第一歩を踏み出せた。
【To be continued】
ご視聴ありがとうございます。
配信再開とともに、アンチの火種も再燃。しかし、それに抗う視聴者たちの声が希望となりました。そして優真もまた、自らの道を選び始めます。
次回、家族は自らを見つめ直し、そして敵は……。
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