24. 光と陰
謎のゴスロリ美少女とのコラボは何故か息がぴったりだった。
その一方で、夫婦の語らいは互いの息が微妙にずれていた。
評価やリアクション、ありがとうございます!
大変励みになります。
「さて……今日の装備は、これだ」
仮面越しのカメラが、暗がりを切り裂いて起動する。画面に映るのは、PANDORA社が案件として提供してきた──新型のゴスロリ装備だ。
今回も、無駄に仕事が早い。
白を基調に、黒のリボンとレースがあしらわれた戦闘用のワンピースは最新のアクティブサポート素材で構成されており、見た目に反して軽やかで、身体の動きを加速する。
「今回は戦闘じゃなくて、パルクール主体ってリクエストだ。
跳ねて、滑って、駆け抜けて……まあ、芸術点高めでよろしくってことだな。
オープンダンジョンなのもそれでだ」
そして、今日の配信にはもう一つ、特別な要素がある。
「今日は珍しく、ドローンカメラを使ってる。PANDORA社が貸してくれたやつだ。構図重視で撮りたいって話でな。
まあ、夕方から夜の背景だと、普段のカメラだと映えないって、支給された」
頭上にホバリングするのは、小型の自動追従式ドローン。対象の速度や角度、視線を読み取って、自律的に構図を構成する──最先端の“視点装備”だ。
『ドローン!? そんなのまで案件でつくのかよw』
『視点が映画みたい!』
『流石PANDORA、ガチ』
視聴者コメントが流れる中、俺は無言で走り出す。
壁に足をかけ、上層の梁へと跳躍。
斜面を滑り降り、廃墟のパイプを片足で蹴って空中を舞う。ドローンが後方から追従する──が、徐々に画面がブレ始めた。
『うわ、速すぎwww』
『ドローン追いついてねぇwww』
『構図ズレてもイーブンのせいなら納得』
「……おい、ドローン。もうちょい頑張れよ? 支給品って聞いてたけど、お前、数十万するって話だぞ?」
苦笑交じりに呟きつつ、次の梁へと飛び移る。バネのように弾んだ体が、天井の梁を掴み、反動を使って横穴へと滑り込む。
『ドローンのAI泣いてるw』
『これは芸術派パルクール』
『戦闘じゃないのに沸いた』
だが──盛り上がるコメント欄に、不穏な影が差す。
『動きが昔の“鉄狼”と一致してる──って言われてるけど?』
『いやいや、本人だったらこんな露骨な案件受けないってw』
『お前ら、また身元特定ごっこかよ……陰謀論乙』
「……またかよ」
呆れてぼやいた声も、風音にかき消える。今は、駆けるだけだと、次の足場へと跳躍。
崩れかけた橋の端を駆け抜け、転がる瓦礫をステップに変えて、垂直な壁を登る。全身が疾風のように駆けていく。
『陰謀論コメすら吹っ飛ばす速さ』
『これぞ芸術派パルクール』
──そんな時、視界右上に新たなウィンドウが点滅した。
【着信:PANDORA社】
(……ん?)
『お疲れさまです。本社からの連絡で、今日の配信、現地にコラボ相手が到着しているとのことです。休憩所に向かってください』
「聞いてねえぞ?」
『どうも、今朝決まったらしくて……』
「マジかよ……ま、ちょうど休憩ポイントだけど」
そして──扉を開いた瞬間、思わず足が止まった。
(……インゲン?)
黒を基調にした、鋭角で獣的意匠のゴスロリ装備。その額に搭載されたセンサーユニットは、明らかに“俺のパンダセンサー”を意識した──だが、より狼の面に近いデザイン。
顔の半分が隠れているが、インゲンに間違い無かった。
彼女の弟と妹が、案件で貰ったセンサーを改造して仕上げたと見て間違いない。
「こ、こんにちは……その……一応、指定されたコスで、来ました」
もじもじと視線を逸らすインゲンの姿に、俺は仮面の下でため息をついた。
(……予定、大幅に変更だな)
しかし、何より──心のどこかで、それを拒めなかった。
▽ ⚠ ◇ ⚠ ▽
仮面の下で息を整える暇もなく、足場のパイプが震える。
次の瞬間、俺は飛んだ。
「よっと……あぶねぇな、これ」
グラインドレールの錆びに足を滑らせかけながらも、踵を軸に旋回し、トラス梁へ手をかけて登る。視界の端を、ドローンカメラが追いきれずに一瞬ぶれて──
《ドローン死角!? 追えないとか初じゃね!?》
《パンダ、まじで異次元》
《案件装備でも動きえぐいんよな》
コメントが流れる。視聴者たちの熱気が、仮面越しにも伝わってくる。
だが、今日の主役は俺だけじゃない。
「──来たか」
物陰から、黒の影が躍り出た。
廃ビルの天井を一瞬で駆け、鉄筋の壁を蹴って跳ねる。
艶のある黒のゴスロリ装備が風を裂き、ふわりと翻るたび、インゲンの狼面がちらりと揺れた。
その動きは、しなやかで、強かで、なにより美しい。
白と黒。二つの仮面が、瓦礫の都市を跳ね渡る。
「抜くぞ!」
「……抜かれるもんですか!」
金属パイプの連結点をスライドする俺を追って、インゲンもまた走る。だが、彼女はまっすぐにではない。
跳ねる。蹴る。飛ぶ。回る。
足場を斜めに駆け、側壁を駆け上がる一瞬のアレンジで、まるで舞うような動作を織り込んでくる。
──美しさと機能性の融合。
《ちょ、今の黒の子、回転してスイング!?》
《狼の仮面エグかっこよ……》
《白と黒、神コラボじゃん》
《あの狼誰!?》
コメント欄が炎上しかけていた。嬉しい悲鳴ってやつだ。
お互い言葉は交わさない。けれど、動きで意図が通じる。
次のターゲットは高架線の上。瓦礫で分断された足場を、二人同時に蹴る。
重なりかけた瞬間──
「せーのっ」
互いに腕を伸ばし、手を触れないように距離を保ちながら、左右へスピンして着地。
白と黒の二重螺旋。その軌跡が、高架の上空に刻まれた。
《今のジャンプ、合わせた!?》
《ウソでしょ、あれ練習してないでやんの……?》
《息ぴったり……》
《あの2人、過去に何があったんだ……ってなるやつ》
高架の上で、俺は軽く片手を上げた。
「ありがとな、合わせてくれて」
「……無茶するから。せっかくの案件装備なんですから、壊さないでくださいね」
あえて普段と変えている口調は冷静。でも、頬が微かに上気してるのを、俺は見逃さなかった。
そしてコメント欄が一斉にざわめき始めた。
《え、ちょっと待って》
《この仮面の狼……どっかで見た……》
《……記録映像に映ってたヤツじゃ?》
(……まあ、いいさ。今は目の前のコースに集中しよう)
足元の梁を蹴り、俺は再び既に黄昏から夕闇へと代わり真っ黒になった空へ跳ぶ。
背後に、黒の仮面もついてくる。
パルクールは、まだ終わらない。
▽ ⚠ ◇ ⚠ ▽
──夕暮。静まり返ったキッチンに、電子レンジの終わる音が響いた。
「はあ……今日も疲れた」
手にしたのはスーパーの総菜パック。唐揚げ、ポテトサラダ、そしてサンマの煮つけ。
今日は早出した分早めに上がったので、まだ割り引きシールは貼られていない。
後の洗い物含め少し面倒だが、すべて皿に移し替える。
彩りを考えて、白い皿に唐揚げ。ポテトサラダはガラス皿に。煮付けは和柄の小鉢に盛った。ほんの少しでも、ちゃんとした夕飯に見えるように。
(……冷たいなぁ、最近)
ふと脳裏をよぎるのは、社内での会話の空気。今の自分は「企画部門の課長代理」という肩書をもって、ダンジョン配信者支援の案件をいくつか取りまとめている。
課長になりきれない“つなぎ”のポストだとは理解していても、それなりにやってきたつもりだった。
だが──ここ最近、メンバーの反応がどこか引いている。
(私、何かまずいこと言った? ……心当たりなんて──)
否定しかけて、美沙は曖昧な笑みを浮かべた。
(……昔、配信者のことバカにしたっけ。冗談のつもりだったけど、誰か覚えてるのかも)
「ただのネット芸人でしょ?」
「どうせ中身スカスカなんだから、深掘りなんて不要よ」
──そんなこと、言った覚えはある。
でも、悪気なんてなかった。ただ、真面目にやってる私たちとは違う、って思ってただけで。
……それに、別れた夫が、会社を首になって自棄になり、始めたって噂が印象に残っていたせいでもあった。
カチャリと皿を並べる音がする。手慣れたように見えるが、生活感はどこか切り詰められている。
「ただいまー……あ、今日も遊びに行ってるんだった」
リビングに家族の声はない。夫の優真はまだ仕事。息子の優翔、娘の美菜は、動画の編集をするとインゲンのところに遊びに行っている。
(……懐いているのは、良いんだけど)
どこか胸がざわついた。
すべてが計画的だったわけじゃない。ただ、流れの中でこうなっただけだ。
最初から家族の形が少しだけ複雑だっただけのこと。
テレビをつけもせず、スマホにも目を向けず、美沙は一人、ゆっくりと缶チューハイを開ける。
「ぷはぁ……やっぱ甘いな」
缶のラベルを見つめながら、つぶやくように愚痴る。
「最近、職場の子たちがなんか冷たいのよね。表面上は普通だけど、どっかよそよそしいっていうか」
ちょうどその時、帰宅した夫──優真が、スーツのネクタイを緩めながら答えた。
どうやら直帰したらしい。
「うちも似たようなもんだよ。NeoTaskとの技術打ち合わせさ、なんか最近空気重いんだ。購買とは問題ないんだけど、技術部門の方は妙に距離置いてくる。やりにくくてさ」
「へえ……なんだろうね、最近、あの会社」
「まあ、俺らは俺らで仕事するだけだけどな」
美沙は思わず、くすりと笑った。
(こうして夫婦で愚痴り合えるのも、悪くないのかもしれない)
最初の結婚では、こういう会話すらなかった。どこか冷めた関係で、すれ違い続けていた。
けれど──今の家庭は違う。
インゲンも、優翔も、美菜も。多少のズレはあっても、ちゃんと「家族」をやれている……気がする。
全員、私の子どもたち。今の夫とともに育てている、大切な存在。
「うん……そうよね。私なりに、ちゃんとやってるんだし」
もう一口、チューハイをあおりながら、美沙は自分に言い聞かせるように小さく頷いた。
(……あの子たちが、私の娘と息子であることには変わりないんだから)
──だが、その想いと裏腹に、静かに回り出した社内の疑念は、確実に美沙の足元を蝕み始めていた。
【To be continued】
今回もお読みいただきありがとうございます。
謎(笑)の黒いゴスロリ少女とのコラボで疾走する二人と、対照的に酒で愚知をこぼす二人。
そして次回、静かに怒るイーブンと、過去の因縁が姿を現します。