23. コメント欄の工作員
新たな企業案件という”現在”と、特許という”過去”。
この二つがカフェオレのように交わっていく。
「さて……今日はちょっと、先にお知らせから入ろうか」
ダンジョンのエントランス前。仮面越しに、配信用のレンズへと手を振る。
コメント欄が軽く沸く中、俺は背中を軽く見せるように回り、コートの裾をめくる。
「このゴスロリ装備、今日から新調です。
何と言うか、仕事が早い」
ぱたん。
柔らかな光沢を帯びたスカート、ボタンや装飾に細かく施されたメカニカルな意匠。何より、肩とフリルの可動域が格段に広くなっている。
絶対、案件受けてもらえるの前提で、既に作ってただろう。
「見た目はいつも通りだが……今回、案件で提供してもらった“ダンジョン対応型ゴスロリ装備”。通称“バトルメイドv.1”だってさ」
『#また案件かよw』
『#いつものパンダ』
『#ガチで戦闘対応してそう』
『#バトルメイドってなんだ』
「俺も名前見たとき思ったよ。何だその昭和みたいなネーミングセンスってな」
一拍置いて、スッと姿勢を低くする。
「……でも、見た目がどうあれ、性能はガチ!」
言葉と同時に、飛び出す。ダンジョン内部へとステップイン。
──直後。
床が一瞬だけ揺れ、右壁がごくわずかにずれるのが視認できた。
(……あぶね)
「今の、たぶん落とし扉系。パンダセンサーが反応してた」
『#サラッと回避すな』
『#また助けられた』
『#ほんとに見えてんのか?』
「仮面越しの視界でも、ちゃんと判別できるよう調整されてるからな。ありがてぇ話だよ」
と、そこへ──コメント欄に流れた一文が視界の端を掠めた。
『そういや、あの特許って結局本人なの?』
『自演じゃね?』
『いや普通に別人だって、配信者と発明者が同一って都合良すぎだろ』
スッと、指先が止まる。
「──ん?」
視線をモニターに落とせば、特許関連のタグが浮かび始めていた。
『#特許申請主義はクソ』
『#パンダが技術者ってマジ?』
『#案件でもあそこまで話せるか?』
『#どうせ身内の代理人っしょ』
……ああ、なるほど。
「またそういう感じか」
苦笑しながら、俺はつぶやいた。
けれど──その流れを打ち砕くように、別方向から一斉にコメントが走る。
『#工作員乙』
『#必死すぎワロタ』
『#嫉妬やんw』
『#また燃料投下ありがとう』
『#技術力だけじゃなく配信も一流、これ豆な』
「……ありがとよ」
心の奥で、ひっそりと。
苦笑のまま、俺は次の曲がり角を滑るように回った。
△ ■ ♡ ■ △
──インゲン視点──
「……また、新しいの着てる」
ため息交じりにそう呟いたのは、配信の画面に映るゴスロリ装備を見た瞬間だった。
画面の中のイーブンは、白を基調としたフリルのドレスに、黒のロンググローブ、同色の編み上げブーツ。そして──なぜかパンダを思わせる丸い耳とモノトーンカラーのアクセント。
どう見ても企業案件の香りがした。案の定、配信冒頭で【提供:PANDORA SUITS+】というタグが表示された。
……PANDAと一瞬見間違えたのは内緒だ。
「……はあ、もう」
不意に隣から声がする。
「おねーちゃん、嫉妬してる?」
「べっ、別に……してないし」
即座に否定しつつも、タブレットを持つ手に力が入っているのを自覚して、内心で恥ずかしくなった。
たしかに、彼の新装備は完成度が高くて、動きやすさも演出力も文句なしだった。
……けど、何だろう。この胸のモヤモヤは。
弟の優翔が、タブレットの画面を指差す。
「でも、あのパンダさんさ、今日もトラップすごい避けてるね。さすが“逃げない狼”ってタグついてるだけあるよ!」
「パンダなのに、狼っておかしくない?」と妹の美菜が首をかしげる。
あたしは、二人の会話を聞きながら、少しだけ自分の幼い頃を思い返していた。
──家族三人で遊んだ記憶、そんなにないな。
けど、母親と二人きりで過ごした時間は、案外やさしかった。
絵本を読んでくれたり、髪を結ってくれたり、あの人なりに愛情を注いでくれた場面は……あった。
(けど、それでも……パパと一緒の記憶のほうが、ずっと強い)
そんなことを思っていた時、画面の中でイーブンが跳ねた。
「おっと、来たか……こいつは地味にやらしいぞ」
転がるように身を伏せ、トラップを紙一重で回避するイーブン。
コメント欄が一気に湧いた。
『動きキレすぎw』
『ガチでパパムーブ』
『装備も演出も完璧じゃね?』
『提供企業さん、いい買い物したな』
『てか、案件でも顔見せないのに成立するって何者』
『パンダセンサー=最強ってこと?』
『いや、#中身パパ説』
『#結婚してくれ』
『#対抗しておねーちゃんも案件でゴスロリ配信すべき』
最後のコメントを見て、あたしは口元を引きつらせた。
「……誰が、やるかあっ!」
だが、隣のミナが嬉しそうに言う。
「じゃあ、あたし編集する!」
「うん、僕も応援するよ。
タイトルどうしよう。『白ゴスパンダ vs 黒ゴス娘』とか?」
「確かおねーちゃん狐か狼みたいなお面持ってたから、狼仮面も良いかも」
「ちょ、ちょっと! 決定事項みたいにするなーっ!」
──それでも、心の奥が少しだけあたたかかった。
あたしには、こんな風に応援してくれる家族がいる。
パパにだって、負けてらんない。
△ ■ ♡ ■ △
──中村主任視点──
「つまり、その……特許の本来の発明者は、弊社の部長でして」
頭を下げながらも、机に置いた名刺だけはきっちりこちらに向けて置いた男が、こめかみに汗を浮かべながら言い切った。
NeoTask社、応接室。
そこには、知財部門と法務部門、それと技術部門を代表して私が座っていた。
対面に座っているのは、大神鉄也氏がかつて在籍していた会社の代表と、自称“開発指揮をした”と主張する技術部長だった。
「念のためお聞きしますが……こちらの特許文献、どの箇所に着想の独自性があると?」
「え? ええと……たしか、圧電素材と、熱伝導の応用……?」
「はあ、そこですか」
私は書類をパタンと閉じ、喉を潤すためにコーヒーを一口啜る。
「残念ですが、圧電素材の記述はありません。本特許は、非定常空間における情報因子の再構成と、光励起による粒子安定化に関するものです」
「え、いや、それは……」
あたふたする部長をよそに、我が社の法務担当が静かに書類を提示した。
「なお、こちらが御社から提出された“譲渡契約書”ですが──」
紙の中央に押された三文判。そして、筆跡鑑定にかけるまでもなく、一目で偽造とわかるような名前の崩れ具合。
「これは……」と社代表が言葉を濁す。
「ご心配なく。司法書士にも相談済みです。万一争われるようであれば、こちらも然るべき手続きを踏みますので」
それを受けて、ようやく引き下がる……かと思いきや、部長は苛立ちを隠しきれず、立ち上がった。
「いいでしょう! こちらも弁護士を立てて対応させてもらいます!」
「ご自由にどうぞ」
私は立ち上がり、丁寧にお辞儀を返した。
部長の肩がピクリと揺れた。
私はそれ以上、何も言わなかった。
彼らが去った後、沈黙の中で、法務の若手がポツリと呟いた。
「……今の話、本当に裁判沙汰に持ち込むつもりですかね?」
「知らないんでしょう。あの“カード”の効力を」
私は静かに、手元のデジタル資料をスクロールする。
そこには、ある人物の探索者登録情報と、かつての特許提出履歴が、確かに並んでいた。
仮面の男が見せた、たった一枚のカード。
それは“失われた過去”ではなく、“今なお有効な証明”だった。
「さて……これから面白くなりそうですね」
モニターに表示される最新配信タグが、目に留まる。
『#元伝説のお父さん(仮)』
『#発明も伝説級』
『#静かなるざまぁ』
私はそのひとつをクリックし、肩を小さく揺らして笑った。
【To be continued】
読了ありがとうございました。“栄転”という名の左遷に美沙は沈み、加藤部長の高圧的な言動は密かに記録され、静かな反撃の布石に。
次回、黒と白のコンビが跳ねるとき、家族の想いと疑念がぶつかり合う瞬間が訪れます。