17. 奈落へ一直線
案件として受けた配信は、天国への道か、奈落への片道切符か。そして仮面越しに伝わる言葉の重み……
「はいはーい、今日も懲りずにゴスロリでお届けします、ダンジョン芸人パンダこと《イーヴン》でーす!
……つっても、今回は案件だからな。真面目にいくぞ?」
パンダセンサー、起動。
カメラチェック、音声、通信安定。HUDも問題なし。
インゲンの姿が視界右に小さく映っている。今日は案件コラボの最終日だ。
【NeoTask社 協賛】第37層未踏エリアの初踏破チャレンジ──それが、今回のタイトルだ。
「もうタイトルが死亡フラグすぎて笑えねぇっての」
俺がぼやくと、コメント欄がさっそく盛り上がる。
『#夫婦の共同作業(探索)』
『#パンダが婿入り』
『#俺たちのインゲン嫁説』
『#パンダの深層落ち、あるで』
「いやいや、お前らまた勝手にタグ増やして……深層落ちって何だよ、バッドエンド系じゃねえか」
インゲンが無言でこちらを見る。仮面越しに目が合ったような気がして、俺は咳払いして視線を逸らした。
「──さて、行くか。企業案件で死ぬのは洒落にならん」
笑いを装って軽口を飛ばしながらも、指先には少し汗が滲んでいた。
そうだ──今回は、何かが違う気がしていた。
パンダセンサーの表示も、いつもよりわずかにノイズが多い。
「なんか、嫌な予感がするな……」
それでも、配信は始まっている。
仮面の裏で、俺はゆっくりと息を吐いた。
「ま、地獄だろうが天国だろうが、映える方が勝ちってな──レッツ、パンダロードだ」
そう言って、俺は一歩目を踏み出した。
『#深層フラグ』
『#イーヴン落下待機』
『#死亡フラグが濃すぎる』
『#案件で死ぬパンダ』
『#愛されゴスロリ』
◇ ▼ ◇ ▼ ◇
──インゲン視点──
「おーい、パンダ。そっちの通路、ギミック反応あるから気をつけて」
ヘッドセット越しにそう声をかけると、モニターの中で黒いフリルが振り返った。
『サンキュ。てか、パンダ呼び安定してんな、お前』
「気にしてないよ。リスナーのタグに合わせただけ。#大熊猫の冒険、結構好きなんだよね」
『……それ褒めてんのか?』
「さあ、どうだろ?」
通信越しに軽く笑う。
さっきまでバタついていたパンダセンサーも、ようやく安定したようだった。
NeoTask社の最新モデル──視覚認識型トラップセンサー。
マッピングと同時に視野外の罠を警告してくれる優れものだけど、使いこなすにはコツがいる。
あたしはまだ、手動ナビと併用してる状態。
そして今回の探索は──第37層、未踏破エリア。
「ねえ、あんた。今って何人が視聴してんの?」
『5.2万。案件だしな。まあ普段の3倍ってとこか』
「……少し緊張してきたかも」
『大丈夫だって。こっちには、ゴスロリとパンダがついてる』
「その言い方、どっちもギャグにしか聞こえないから」
通信が切れるほどの静寂。
その後、しばらく経ってから、ふっと笑うような呼吸音が入った。
──本当に、不思議な人。
戦い方も、立ち居振る舞いも、やっぱりどこか……似ている。
仮面の奥の目に、幼い頃の思い出が重なる。
あの背中。あの守り方。
だけど本人は、あくまで「別人」だって言い張る。
──本当のところ、どうなんだろうね、パパ。
そんなことを考えていたそのときだった。
通信が、唐突にノイズを帯びた。
『っ……くそ、床が──!』
「え?」
その声を最後に、パンダセンサーが沈黙した。
「……え、えっ!? イーヴン? 聞こえてる? ねぇ、応答してよ!」
回線は切れていない。なのに、ノイズだけが空間を満たしていく。
──まさか。
「っ、バカ……なんで、そうやって……!」
仮面の奥の声が、耳に焼き付いて離れない。
あたしは手元の画面を見つめながら、ただ祈った。
彼が、あの人のように消えてしまわないことを。
◇ ▼ ◇ ▼ ◇
──インゲン視点──
「……っくそ!」
強く舌打ちして、通信用ウィンドウを閉じた。
通信回線は完全にダウン。ダンジョン内のマップもエラーを吐いてる。
おまけにあのパンダ──イーヴンの映像は、床が崩れる直前の数秒で途切れていた。
緊張で呼吸が浅くなり、汗がじわりと浮いてくる。
胸がざわつく。頭が白くなる。
そんな時だった。
画面の横に、リスナーのコメントが流れ出す。
『あの子、マジで落ちたの?』
『いやイーヴンさんだぞ?死なない』
『マジレスするとあの人、爆発でも生き残るタイプ』
『#殺したって死なない』
「……何よ、それ」
思わず吹き出しかけて、すぐ口を引き結ぶ。
でも──ほんの少しだけ、肩の力が抜けた。
あたしは無意識のうちに、歯を食いしばっていたらしい。
(……でも、本当に大丈夫?)
そしてその時。
「……イーヴン?」
通信端末の画面が、一瞬だけちらついた。
声までは聞こえないが、乱れた映像の中に見えた、仮面のシルエット。
かろうじて、映像だけが残っていた。
ノイズ混じりに、画面の左下に一行のテキストが浮かぶ。
【生存中。位置不明。探索継続中】
「っ……パパ……バカ!」
(無事で良かった……)
それだけで、あたしは少し、呼吸を取り戻した。
──ここから、あたしが引っ張る番だ。
◇ ▼ ◇ ▼ ◇
(イーブン視点)
「……あっちが崩れるなら、こっちは安全って保証はどこにもねぇな」
緊急脱出装置は反応せず、位置情報もパンダセンサーもノイズまみれ。
俺はゴスロリ姿のまま、崩落後の通路を一歩一歩進んでいた。
足元は妙に乾いているのに、天井からは水滴の音が響いてくる。
壁の苔がうっすら光を放っているが、視界は悪い。
(この気配……)
かつて、鉄狼だった頃にも一度だけ感じた。
未踏破区域──運が良ければ“レリック級”が眠る、極端に危険なダンジョン深部特有の空気だ。
パンダセンサーのモニター部分はなんとか生きているが……
「……やっぱり死んでるか」
手首に装着していた、その他諸々のセンサーの表示が完全にフリーズしていた。
解析機能も、罠察知も、何ひとつ機能していない。
それどころか
「……これ、逆に誘導されてる?」
センサーが行ってはいけない方角に、微かに針を振れていた。
つまり、今俺が向かってるのは、センサーが最後に拒絶した方向。
「ふざけんなよ、マジで……でも、進むしかないか」
手にしたMP5を小さく揺らし、再装填を確認。
すぐにトリガーを引けるよう、安全装置を半ロックで保つ。
ゴスロリのレースが、風もない空間で微かに揺れた。
まるで──この場所そのものが、俺の正体を見透かしているみたいだ。
「さて……お迎えが来そうだな」
その時だった。
【空間シフト、検知】
視界の奥、壁面に埋め込まれていた“何か”が、ゆっくりと回転を始めた。
音はしないのに、骨の髄がざわついた。
(……ヤバい。来る)
一歩引いたその瞬間、床の文様が淡く輝いた。
──問答無用の、戦闘開始。
「出たな、中ボス……」
仮面の奥で、笑う。
それは鉄狼だった頃の癖──
だけど、今はイーヴンだ。
俺は、跳ねるように足を蹴り出した。
◇ ▼ ◇ ▼ ◇
レリックギミックの中心部。
今まさに形成されたばかりの“敵”は、光のラインが交差する球状構造体だった。
表面は鏡のような多面体。一定の間隔で回転しながら、自動的に空間をスキャンしている。
「オートミラードーム……だったか? 一応データベースにはいたけど……想定よりデカいな、おい」
【空間干渉探知中】
【反射干渉開始】
HUDに表示されるシステムメッセージを斜めに見つつ、俺は背後に滑り込むように移動。
突如、反射面のひとつが光を纏い──
「来るかっ!」
跳ねるように後方宙返り。床を蹴り、着地と同時にMP5を構え直す。
【接続解除中】
けれど、カメラは回っている。
俺は自分のために──あいつのために、この映像を残す。
「そうだよな……」
──『こんな可愛い娘がいるわけねぇだろ』
そう言ったくせに。
なのに、配信の合間に映った、あいつの“顔”──その沈黙が、ずっと胸に刺さってる。
「ったく……やっぱ、あれは──気づいてたよな」
反射を利用して弾道をズラす。スライドを引き、残弾チェック。
左脇からナイフを抜き、次の攻撃に備える。
光線が空間を横切る。
その軌道に、ドリフトするような軌跡で滑り込み、盾となる装甲面に至近距離から3点バースト。
──バン、バン、バン。
衝撃で軸がズレる。
反射方向を見誤った敵が自壊を始め、球体の回転が停止する。
《反射干渉、停止》
「……はあ、はあ。まだ鈍ってはいねぇな」
息を整える間もなく、足元が光を放つ。
──《転移シーケンス開始》
「マジかよ!?」
床が消えるように抜け、重力感覚が上下逆転する。
滑る、落ちる、跳ねるような加速の末──俺の身体は、別の空間に叩きつけられた。
◇ ▼ ◇ ▼ ◇
(通信再接続)
着地は想像よりもソフトだった。
おそらく転移先の地面が、弾性素材か特殊な緩衝結晶でできていたのだろう。
「……生きてる、っぽいな」
腰を押さえながら起き上がると、手首の端末が微かに震えた。
──【通信復帰】
──【配信再開】
──【コメント再受信中】
視界に流れる大量のコメント。
そして──その中で、ひときわ目立った文字列。
『おい!』
『生きてた!』
『マジで転移ボスとかやめろ!』
『#死なないパンダ』
『#不滅のゴスロリ』
『#血に飢えた狼』
『#どこでも死なない父』
「……父じゃねぇよ。俺にあんな可愛い娘がいるわけ──」
──【接続:音声通信・限定帯域】
『イーヴン!!』
通信が繋がった瞬間、耳をつんざく怒声が突き刺さった。
「い、生きてるっつってんじゃん……!?」
『バカっ!! なんで無言で突っ込んで、通信落として、しかも勝手に転移ギミックに呑まれてんのよ!!』
声の主は──インゲンだった。
パンダセンサー越しでも、彼女の怒りがビリビリと伝わってくる。
けれど、その声の震えが、どこか安堵に似ていた。
「……ごめん。ちょっと、迷子になっただけで」
『もう! もう……っ、心配したんだから……』
コメント欄がざわめく。
『嫁、泣いてる?』
『これは父じゃなくて旦那案件』
『ゴスロリの皮をかぶった不死身の父』
俺はカメラ越しに、笑って呟いた。
「なあ、インゲン」
『な、なによ……』
「無事で、良かったな──どっちも」
その言葉に、通信の向こうで、ぽそっと息をつく音が聞こえた。
【To be continued】
ご覧いただきありがとうございます。
配信途中で発生した事故で、イーブンは奈落の底に。
そして、次回、彼は過去と対峙する、
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