10. Go-ahead, make a day!
パンダの仮面に隠された過去が蘇る。
そして44マグナムを構えるパンダ。
夢中になっても彼は弾丸を……
静寂と廃墟の瓦礫が続く、薄暗い通路の探索を引き続き継続する。
空気はやや湿り気を帯びており、時折、崩れた壁の隙間から風が流れ込む。
その音に紛れるように、俺とインゲンの足音だけが、控えめに鳴っていた。
ぎこちない沈黙が続く。
別に嫌われているわけじゃないと分かっている。
むしろ礼儀正しいし、配信上では文句なしの好相性。だが、こうして“二人だけ”になると、言葉の間に妙な緊張感が生まれる。
──妙だ。息が合いすぎる。
足音の間隔、呼吸、カバーの位置取り。誰かと初めて組むときに、ここまでの一致があるはずがない。
「……足元、罠センサー反応なし」
「了解。右前、視界取る」
仮面越しでも視線の揺れが伝わる。
あの目──まるで、何かを探るように、俺を見ている。
(気のせいだ……気のせいでいてくれ)
コメント欄がざわついていた。
『動きシンクロしすぎ』
『前から組んでたって言われたら信じる』
『#鉄狼と豆の娘』
──やめろ、そのタグは。
□ ◆ □ ◆ □
「そういや企業案件だけど、インゲンさんのギアってどんな仕様?」
「私のは、マスク型じゃなくて音声対応のスカウタータイプです」
「なるほど。あの照準器みたいなのがそうか」
「はい、敵の熱源や動体を補足して、視界に警告出す感じです。
あと……素材分析機能がついてます。劣化した合成樹脂とか、脆い素材に反応しますね」
「それ便利だな。ダンジョンの樹脂ってマジで秒で割れるからなあ」
「グロック使えないのがその理由って、最近知りました」
「うちの視聴者も言ってたよ。『プラはロマンだけど、ロマンじゃ飯は食えん』って」
「名言ですね、それ」
「で、俺のはこれ──“視覚連動型トラップナビ”。通称、パンダセンサー」
目の前に浮かぶ白黒モチーフの装置を、カメラ越しに指さす。
「なお『パンダセンサー』は前回思いついた」
「いえ、もう正式に愛称になったらしいですよ?」
「マジかよ……」
コメント欄が沸く。
『#パンダセンサー(公式)』
『#白黒つける気ないセンサー』
『かわいい顔して割と有能』
「うっせい」
突っ込むと、インゲンがクスクスと笑った。
□ ◆ □ ◆ □
それはいきなりだった。
ゴン、と嫌な音が響いた直後、足元の床が傾いた。
「危──!」
身体が転がるように落ちる。着地はなんとか制御できたが、通路は崩落して、イーヴンと完全に分断された。
「大丈夫……っ」
「無事だ。そっちは?」
返答の直後、視界に黒い影が舞い降りる。
──ドローン型の奇襲エネミー。それも複数。
咄嗟にFA-MASを構えようとする──が、近い。至近距離すぎる。
イーヴンも9mm弾で援護してくれるが、気がつくとスライドは既に後退したまま。
マガジンは空。
やばい、こっちも、もう弾が!
「──!」
最期の一体が、銃口をこちらへ向けた瞬間。
世界がスローモーションのように揺らいだ。
(間に合わない──!)
そのときだった。
風を裂く音。
ホルスターに、何かが──触れた?
「悪い、借りる」
瓦礫を越えて跳ねるように飛び出したゴスロリのパンダが、私のM29を抜き取り、空中で反転。
そのまま――撃った。
轟音。
44マグナムの咆哮が、通路全体を揺らした。
不自然な体勢にもかかわらず、弾は正確に敵性体の胴部を撃ち抜く。
だが、そこで終わらなかった。
着地の瞬間、イーヴンは銃を私の方に銃を──いや、私の斜め後ろへ向けた。
それを案件アイテムである、スカウターが教えてくれる。
そのまま両手で構えた状態で一度。
銃口が跳ねたタイミングで、一度引き金を引く。――空撃ち。
そして反動で戻ったタイミングで──さらにもう一度。
一連の動きで、きっちりと弾丸をたたき込む。
直後、背後から迫っていたもう一体のモンスターが、爆ぜた。
「……三発だけか。律儀だな」
彼はシリンダーをスライドし、空になった薬莢を抜き取ると、まだ微熱の残る銃を逆手に構え、私へ差し出した。
「それ、重いし制御も難しいのに……どうしてそんなに扱えるんですか?」
「昔な──咄嗟に撃ったら、反動で銃が跳ねてな。
運悪く、銃口が自分の顔面向いた奴がいたんだよ。
そこで引き金引いてたら……
まあ、笑い話ってやつだ」
「笑えませんよ、それ」
「だから、チャンバー一個分ずつ空けてんの。
三発だけ、間隔開けて装填しとけば……反動で間違って引き金引いても天井が犠牲になるだけで済む。
ほら、安全設計ってやつだな。お嬢様向け」
「……」
──そのやり方、知ってる。
昔、まだ小さかった頃。
訓練場で、ダンジョン探索者になったばかりのパパに教わった内容と、まったく同じ。
「……なんで、それを──」
「偶然だろ?
知ってる人間も多そうだし」
仮面越しのイーヴンの声は、いつもの調子のまま。
軽くて、どこか笑っているようで、でも──その裏に、少しだけ寂しさが滲んでいた。
と、そんなしんみりした感状をぶち破るように流れるコメント。
コラボ中なので、イーブンと同じコメントが流れてるはず。
『#鉄狼式リボルバー講座』
『いやおかしいだろこの咄嗟の動き』
『どんだけ豆の娘の装備知ってんだよ』
『親父ムーブすぎて泣いた』
「……冗談、ですよね」
返す声が震えそうになるのを抑えて、私は銃を受け取った。
□ ◆ □ ◆ □
そしてそのままの勢いでコメント欄が、爆ぜた。
敵性体と同じくらいの勢いで炸裂していた。
『は?マグナム持ったパンダとか嘘でしょ?』
『#ダーティーパンダ 確定』
『#スレッジ・パンダ(回転式のやつ)』
『でもこれあれだろ、鉄狼が昔やってたムーブじゃね?』
『#44マグは浪漫』
『#回転式至上主義』
「……ちょっと、黙ってて」
口には出さず、ただ画面越しのコメントを心の中で追い払う。
──動きが似てるのは偶然。
──教えたのも偶然。
──似てるのは、私の記憶がそうさせてるだけ。
でも、今でも耳の奥に残ってる声がある。
『撃つ時は、空けとけよ。
跳ねて戻ったら、パパが泣くからな』
振り払ったはずの記憶が、リボルバーの反動みたいに胸を揺らす。
(違う……違うよね?)
でも、その『違う』を確かめる方法が、今は見つからなかった。
──なら、今はこのままでいい。
私は、仮面の奥の彼に追いつかれないよう、少しだけ歩幅を早めた。
イーヴンは仮面越しにこちらを見て──何も言わず、次の通路へ進み始める。
後ろ姿が遠ざかっていく。
──どうしてだろう。
あの背中を、私はもう一度見送っていた気がする。
「……パパ……」
声に出したはずなのに、イーヴンは振り返らなかった。
ただ、遠くで赤いリボンだけが、ふわりと揺れた。
【To be continued】
お読み頂きありがとうございます。
10話でイーブンとインゲンのコラボです。
その時イーブンの放った44マグナムが、インゲンの記憶を呼び覚まします。
是非とも評価を御願いします。
次回は、青い鳥が記憶の中で彷徨います。