もちもち村
餅つき大会は、新年の幕開けを告げる。
森に囲まれた「もちもち村」で開かれる餅つき大会は、新年を祝う祭りとして広く知られている。
もち米を蒸かしてつく餅は、柔らかくも弾力があり、その味は格別である。
パステルカラーのきな粉やあんこがトッピングされた餅は見た目にも鮮やかで、食べる前から食欲を刺激する。その年の自分に合ったラッキーカラーのトッピングを選べたらさらにおいしいという不思議な餅はとても人気があった。
私は新年最初の餅を食べに森へと向かった。そこにはさまざまな人々が集まり、笑顔を見せていた。
もちもち村は、正月を祝うための特別な場所として多くの観光客に愛されている。
村には伝統的な衣装を身にまとった人々が集まり、村のあちこちにはおめでたい飾り付けが施され、餅つき大会や獅子舞などの行事が盛大に行われる。
私はその風景を眺めながら、新年の訪れを感じるのが好きだった。
「お好きな色をどうぞ」
「ありがとうございます」
餅つきが終わり、つきたてのお餅が村の人から配られる。
今年は何色のトッピングのお餅にしよう。
一昨年はピンクのきなこがかかったものを選んだけど、私のラッキーカラーじゃなかったようできなこはちょっぴり酸っぱかった。去年は体調が悪くて餅つき大会に来れなかったので久しぶりのつきたてのお餅に嫌でもテンションが上がった。
かといってじっくり選んでいる時間もないので直感で目についた灰色のあんこがトッピングされているお餅を選んだ。よく見たら今年はもうくすんだ色しか残っていないようだ。
そしてどうか当たりであるようにと祈りながら私はお餅を一口食べる。
つきたてのお餅は柔らかく、弾力があり、その味は格別である。
トッピングされている灰色のあんこも上品な甘さでとてもおいしかった。
私は今年は良い一年になることを願いながら、お餅を食べ続けた。
「新年おめでとう!」
「あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いいたします」
所々で新年の挨拶が交わされている。
その様子を横目で見ながら私は彼がいないかゆっくりともちもち村の中を歩くことにした。
約束をしていたわけではないけれど、毎年新年の始まりは彼と一緒にこのもちもち村を訪れていた。
去年私が体調不良で行けなくなるまでは何度も一緒にこのもちもち村に来て餅つき大会を楽しんだ。
つきたてよりは劣るけど、餅つき大会のお餅をお土産に持って帰ってくると約束したまま、彼は帰ってこなかった。
餅つきが行われていた広場へ向かう途中、私は見覚えのある後ろ姿を見つける。
「ソウタ!」
人違いだったのか彼は私の声には反応せずそのまま歩いていってしまう。でも、私が彼を見間違うはずがない。まるでパーマをあてたみたいなくるくるの天然パーマの黒髪に、襟足からのぞく二つ並んだほくろは彼に違いなかった。
「ソウタ!!」
先程よりも大きな声で彼の名前を呼ぶ。周りにいた人が何事かと振り向いている。彼も周りの動きに合わせて振り向いた。
「……」
「久しぶり……」
彼に会ったら話したいことがたくさんあった。たくさんあったはずなのに彼と目が合った瞬間に何を話したらいいのかわからなくなった。私は溢れ出てこようとする涙を必死に堪えていた。
「……」
彼はサッと周りを見て、まるで話しかけられたのは自分ではないとでもいうように前を向いて歩きだしてしまった。
「ちょっ、ソウタ、待ってよ」
思わず私は彼の右腕を掴んだ。彼は怪訝そうな顔で振り向いた。
「……」
「ごめん、力入ちゃって、痛かったよね」
「……」
彼は怪訝そうな表情のまま何も言わない。
「……ソウタ?」
どうしたの? そう言おうとしたけど、それは言葉にならなかった。彼が私の顔を見たまま大粒の涙をボロボロとこぼしたから。
「なんで泣いているの?」
「……」
「なんで何も言ってくれないの?」
「……」
「……なんで?」
「……」
彼は何も答えてくれなかった。ただ、大粒の涙をこぼしながら泣き続けるだけだった。こんな姿の彼を見たのは初めてだった。泣いている彼の姿になんだか私も涙が止まらなくなった。
彼は相変わらず何も言わない。でも、私の手を振りほどこうとはしなかった。私はそのまま彼の右腕を掴んでいた。そして、そのまま彼と静かに一緒に泣いていたら彼が口を開いた。
「……た?」
「え?」
「餅は、何色だった?」
何とか聞き取れたが、どうして彼が餅の色を聞いてきたかわからなかった。
「灰色。今年は可愛い色残ってなくてさ」
彼の声量に合わせて小声でそう言ったつもりだったのに、周りにいた人たちが一斉に振り返った。
「え?」
その瞬間ソウタは私の手を振りほどき大声で叫んだ。
「逃げろっ!!」
「っ……」
一瞬だった。村の人たちが一斉に彼を取り囲んだ。助けなきゃと思ったけれど、彼が必死に逃げろと叫び続けるので私は村の出口へと走るしかなかった。
振り返ると彼はさらに多くの村人に囲まれていた。それでも、彼は必死に叫んでいた。
「逃げろっ! 早くっ!!」
私は彼に背を向けて走った。彼の叫びが耳にこびりついて離れない。
どうして逃げなきゃいけないの? なんで? どうして?
何もわからないまま私はもちもち村から逃げるしかなかった。
餅つき大会は、新年の幕開けを告げる。
森に囲まれた「もちもち村」で開かれる餅つき大会は、新年を祝う祭りとして広く知られている。
もち米を蒸かしてつく餅は、柔らかくも弾力があり、その味は格別である。
パステルカラーのきな粉やあんこがトッピングされた餅は見た目にも鮮やかで、食べる前から食欲を刺激する。その年の自分に合ったラッキーカラーのトッピングを選べたらさらにおいしいという不思議な餅はとても人気があった。
「いいですか、皆さん、お餅はこの会場で召し上がってくださいね。最近こんな簡単なお願い事が守れない方が増えてきて困っております」
今年から村長さんが餅つき大会の注意事項を話すことになったそうだ。
「村の中で食べる分にはいくつ召し上がっていただうても構いませんし、お餅が食べきれないなら村の者に戻してください。もし持ち帰ろうとしたら、この村から二度と出られなくなります。それと……」
村長さんは袋に入ったパステルカラーのきな粉を持ち上げ、こう続けた。
「お餅のトッピングがカラフルに見えない方は、あなたの近しい方がお餅を持ち出そうとした証拠です。その場合も必ず村人に申し出てください。注意事項はたったこれだけです。皆さんルールを守って楽しい餅つき大会にしましょう」
その言葉を合図に今年ももちもち村の餅つき大会が始まった。
もちもち村は、正月を祝うための特別な場所として多くの観光客に愛されている。
ただ、森に囲まれたもちもち村の秘密は村人たちしか知らないのであった。
2025