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終章〈生き抜くために〉

 暁は自分のマンションの周囲に相変わらず監視がいる事を確認すると、組の仲間に連絡を入れる。

 ほどなくして暁の元に数人のいかつい男たちが集まり、示し合わせて監視人に近寄った。

 慌てた監視人が攻撃をしかけてきて乱闘となるが、暁達が圧倒的な有利で終わる。

 一人の胸ぐらをつかみ、暁は言い放つ。

「新谷礼治の兄をうちの組で預かっていると寺内に伝えろ!」

「な、なに」

「明日、パイラータワー近くの川沿いに来い。礼治と引き替えだ」

「!」

 その情報が寺内に伝わり、礼治は驚きと不安に押し潰されそうだった。


 早朝のパイラータワーに太陽の光が反射してまぶしく光っていた。

 先に着いていたのは東郷組の方だった。ほどなくして政府側の人間も集まってくる。

 暁が声をかけた。

「礼治君はどこだ」

「ああここにいる」

 礼治は寺内の隣に並ぶ。快と暁は礼治の無事を確認し、安堵もつかの間。

 その手には銃が握られていて油断ならない状況だと改めて認識する。

 快は寺内を睨みつけて声を荒げた。

「礼治にそんなもん持たせんな!」

「おや。彼の立場上、なんの問題もないが」

「なに」

「彼は、執行人になるのだからな」

 一歩、進み出ると、快の後方で待機している有司に話かける。

「さあ、こちらへ」

「礼治から先だ」

「彼はもう一般人ではない。新谷有司と椎野快の処刑を執行する義務がある」

「! な、んだと」

「礼治」

 有司は久しぶりに顔を見る弟に呼びかけるが、礼治はぴくりと反応するものの、俯いたままだ。

「執行人の役目を拒むのであればそれ相応の罰を与える事になる」

「――だからって、なんで身内と友人を」

 暁の怒りに震える声には冷淡に答える。

「理不尽にはなれておいた方がいいぞ」

 まるで答えになっていない。

「いやだ!」

 突然、礼治が叫んで銃を投げ捨てた。その場に崩れ落ちて涙を流す。

 快は礼治に駆け寄ろうとするが、機動隊に阻まれて動けない。

 礼治は嗚咽を漏らしながらたどたどしく言葉を紡ぐ。

「ぼ、ぼくは、兄さんをたすけたかったから、捜してたのに、な、んで」

「礼治」

「……兄さん」

「もういい」

 ――そう言い捨てたのは寺内だ。

 いつの間にか銃を構えて有司に向けていた。

「死ね」

 殺意の弾丸が兄に向けて発射された――その弾を快の真剣がはねのけるのと同時だった。

 空から白いエネルギーが襲ってきたのは。

 爆音が轟いたかと思うと、目の前に巨大な穴が空いていた。

 気がつけば寺内と傍にいた機動隊が跡形もなくきれいに消えている。

 寺内の部下の一人が空を見上げて大きく口をあけた――それは恐怖に満ちた顔。

「うわあああああ逃げろっ」

 その大声に被さるようにして空からのエネルギーが男を消し去る。

 すっかり機動隊も部下たちもへたりこみ、そこを狙って次々に一人ずつ消されていく。

 悲鳴もなくまるでゲームのように消される人間たち。快は礼治と有司を引っ張って駆け出す。

「川に飛び込め!」

 二人を思いきり突き飛ばす快――その上に容赦なくエネルギーが注がれた。


 ――だが、快は生きていた。


 快はしっかりと足を地につけ、空を睨む。

 一歩、一歩と深呼吸を繰り返して――意識を集中させる。

「来い」

 皆、快の行動に血迷ったのかと絶望を感じた。だが、快は自分が正気だと理解している。

 ――あ、たま、が。

 割れるように痛い。だが、その痛みと共に、衛星のシステムに進入した事が分かる。

 京に支配されている衛星の内の一つ。

 それは京の支配から切り離され、快の意識にリンクする。

 頭の中で焼けるような痛みが広がり、鼻腔に煙のような臭いが充満する。

 高い電子音が聞こえた気がした。

 再び京の攻撃が空から降り注ぐ。

「あたれえええッ」

 ――あの時は、うまくビルに当てられた、大丈夫だ!

 白いエネルギーが二つ同時に地に落ちて――相殺される。

 轟音が轟く中、快は足下をふらつかせながら川に飛び込んで礼治を引っ張り上げた。そして勢いよく放り投げた。

「え、ええええ!?」

礼治が放り投げられたのは、ワゴン車の前。中は無事でみーこの眠っているノートパソコンがある。

 礼治は目を白黒させながら、咄嗟に乗り込み車の窓から外を見た。

 快が次々に降り注ぐエネルギーの中で悠然と立っていて神々しい。

 礼治の方を向いて目に強い光を宿している。

 快の意図を理解した礼治は素早くノートパソコンを開き、みーこを機動させる。

 状況についていけず、暁は呆然と白い世界に飲まれていた。

「快、いったいどうしたっていうんだ」

 そんな暁の横で有司がずっと黙り込み思案していたが、口を開く。

「そうなのか? 彼が、あの子供だったのか」

「有司さん?」

 有司は苦しさを払うように顔を振った。

「……京は衛星に人間の熱を察知させて機動させているから、ここなら少しは安全だが、快君と礼治はこのままだと危ない」

 組の男たちも次々に川に飛び込んでエネルギーの雨から免れる。

「みーこなら、京を直接止められるかもしれない」

「礼治君が」

 皆の心配をよそに、礼治はみーこにどうにか指令を送る事に成功した。

『れいくん』

「みーこがんばれ!」

 空から降り注ぐエネルギーを相殺させていた快はとうとう膝を地へと着いた。

 ふと、その攻撃がやんだことに気づく。

 みーこが京のシステムをハッキングしたのだ。

 ふと暁が預かっていた快のスマートフォンの着信音が鳴り響く。

「え」

 暁がスマートフォンの画面を快に見せる。

 そこには少女が映し出されていた。

 パイラータワーに備え付けられている巨大画面にも。

『京ちゃん』

 みーこと、球体が写り込んでいる。みーこが京の本体システムと邂逅したのだ。

 それは日本中の国民のスマートフォン、テレビ、画面に映し出され、みーこと京の会話が流された。

『どうして貴方は人を差別するの』

『AIのオマエにワカラナイノカ』

『みーこはれい君がすき、不要なんかじゃない』

『レッカニンゲンハ、進化に取り残される、それどろこか人間に不要な影響を与える。遺伝子に異常を残し人間の進化の可能性を消失させる』

 それは、京の声ではない。それは、有司の声。

『弟はいい例だった。コミュニケーションがとれず、なんの能力もない』

『でも、れいくんにはかいちゃんがいるもん』

『だからなんだ。希望なんてものは幻想に過ぎない。受け入れてくれる人間がいなくなったらあの子は一人だ』

『だからみーこを作ったの?』

『……欠陥、のある、人間、は邪魔だ……人類にとって……』

 そこでぶつりと映像は途切れた。

「私のせいなんだ、あんな知能をもってしまったのは、あの頃は、ハンデのある人間を見下してた。それどころか憎んでたんだ。日本人は優秀な国民だ、評価を落とす存在は要らないって」

 作り出したAIは創造主の思考をコピーした。

 スーパーコンピューターを乗っ取り、主人の理想を作り出そうとして、暴走を始める。

「礼治、すまない。ほんとうに、すまない」

 泣きながら何度も謝る兄に礼治は暗い顔になるも、兄の手を取った。

「僕、兄さんの側にいたい」

「礼治?」

「有司さん、ウイルスが完成するまでは、礼治君と共に、有司さんが属する組織にかくまってもらっててください」

 暁の言葉に礼治を見据えて頷く有司。

「京は多種多様な知識を吸収して、いまや世界の驚異となっています。いつ戦争の引き金になるか分からない状況なんです」

 有司が属する組織が京の暴走が世界のシステムへ入り込まぬよう、くい止めている状況である。

 日本のシステムへのハッキングに特化した京のシステムは、すでに世界中のシステムへのハッキングへも影響をだしていた。日本は世界から孤立しようとしているのだ。

 礼治は何か言おうと口を開いたが、快はそれを手で止める。強い眼差しが礼治を戸惑わせる。

「必ず戻ってこい、その時きいてやる」

「うん、うん」

 何度も頷く礼治の頭を小突き困ったように笑う。

 そんな快を見つめ、有司は――土下座をして謝った。

 ぎょっとした快は何事かと有司に向き直る。

「すまない、本当に、すまない。まさか、君が、あの子供だったなんて。いや、調べればすぐにわかったんだ」

 状況が読めない礼治や東郷組の面々だったが、暁だけが何かを思いついたかのように目を見開いた。

「……当時の私の部下が、勝手に子供に、京と繋がる、チップを、子供に埋め込んで……」

 それは歪んだ有司の欲望を部下が叶えたという事実。

 その事件を受けて有司は己の愚かさに気付いたが、時すでに遅く。

 京の暴走は始まり、止められなかった。

 快は大きなため息をついて首を鳴らす。

「あ~、まあ、確かに万年頭痛に悩まされてるんで、それは迷惑だなあ」

「すまない」

「でも、俺は京の言いなりにはなってないだろ」

「――え」

 そこで有司は顔を上げる。快は目を細めて話を続けた。

「何かが俺を操ろうとしてるって気づいて、ずっと反抗してたんだ。それに、俺、あいつからコントロール奪って衛星一個使えるようになったし」

「そんな、事が」

「なんで俺にいってくれないんだよ」

 へたり込む暁に快が肩を竦める。

「いつ頭がおかしくなるか分からん奴と一緒に住んでるなんて、怖いだろうが」

「そうか、私は、あのチップの開発は失敗、してたんだな」

「え、じゃあモディのチップはいったい誰が」

 その疑問については熊のぬいぐるみが暁のふところから顔を出して答える。

「最初のモディが腕のいい技術者でなあ。政府機関の人間なんだ」

「!」

「あの寺内ってやつ、チップを埋め込まれてたみたいだが、気がおかしくなっちまってたみたいだ。あの男を通して、同じモディの魔我美が礼治を監視してたみたいだなあ」

「あれ、そういえばその熊」

 ようやく礼治が奇妙な熊の存在に気づいたようだ。

 有司や組の面々もその小さな存在に注視する。

 冷静さを取り戻した礼治がある疑問を口にした。

「ねえ、どうして兄さんを見つけられたの?」

 その問いに暁が軽く答える。

「この熊が礼治君についていろいろと教えてくれてね、お兄さんの居場所も知ってて、お兄さんは礼治君を助ける為に来てくれたんだ」

 熊のぬいぐるみ〝ぷっぽぺ〟は礼治と有司に向けて言い放つ。

「お前ら殺されるんじゃねえぞ! 俺もあいつに負けねえから!」

 ――そう宣言してがくりと動かなくなった。

 やがて組織のヘリが迎えに来て、乗り込む兄弟を見送った。

 京の修復はたったの一日で終わる。

 その一日の間に、手を尽くし、都内の整備は整えられ、快と暁は新たな住処の準備をした。

 ぷっぽぺはまたいつも通りに、ガービッジへの告知を事前に知らせる役目に戻っていた。


 あれかららぶなは治療の為に二週間の入院後、退院してすぐにこのプロテクトの組織『EKA』に連れ込まれて、エカに徹底的に指導を受け、プロテクトとしてやっと活動するようになれた。

 父親からは勘当同然に追い出されてしまい、慣れない一人暮らしに四苦八苦しながらも、エカの指示に従いプロテクトの仕事をこなしている。

 ガービッジである少女の話を聞き終えたらぶなが書類整理をしていると、エカが歩み寄ってきた。

 赤い髪に鋭い目つき――かつて属していたスピネルのリーダーになんとなく雰囲気が似ていると感じている。

「そういえば、お前が属していたファングの組織だが、リーダーは相変わらず変なアイシャドウをして、妙なしゃべり方をしていたか」

「え?」

 エカは苦笑するとそれ以上はなにも語ろうとはしなかった。


 あのアーマー暴走事件の後、魔我美は意識を取り戻し、痛む体を引きずりながらも、京の支配からは逃れる事ができなかった。

 いずれエカの前に姿を現す事もあるかも知れない。


 らぶなは久しぶりに学校に顔を出して、めずらしく快が教室の席に座っていたのを見て驚いた顔を見せた。

 らぶなは特進クラスから普通クラスへ移籍させられ、快と同じクラスになったのだ。

 そっと声をかけると快が気だるそうに返事をする。

「よお。プロテクトになったんだって」

「ま、まあね仕方なく」

 小さな声で話すと快がスマートフォンの画面を見せる。

 そこには〝椎野快を抹殺せよ〟と記載されており、らぶなは目を丸くした。

 快はにやりと笑う。

 らぶなは急に周囲が静まりかえったと感じて、視線を移す。

 いつの間にかクラスメート達が――武器を構えているではないか。

 ナイフや銃、はては真剣まで。

 らぶなは驚愕のままに叫んだ。

「なんで学校にきたのよ!」

「退学手続きだ!」

 叫びと共に一斉に生徒たちが快めがけて殺到。

 快はナックルで次々に生徒達を気絶させる。

 らぶなは大きなナイフを振りかざし、生徒を傷つけないように器用に衝撃を与える。

「ちょっと、こいつらなんなの!」

「京と共存を選んだ連中だ!」

「はああ?」

 教室が乱闘騒ぎとなり、担任は知らぬふり。

 もはや快の味方は校庭にいる男と共闘する少女のみ。

「あーあ。だから面白がって行くんじゃないって言ったろうに」

 言ってもきかない弟分に暁は溜息を吐く。これからも騒がしい日々は続くのだろう。

 京がその機能を停止させるまで。

お読みいただきありがとうございました。

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