四章〈戦闘激化〉
『清流高等学校』
ガービッジに認定された少年少女が通っている学校である。
そこに呼び出された快と暁は、襲ってきた生徒たちを気絶させたのだが、突然の爆発音に目を見張る。それは新宿区内の至るところでアーマーが暴走した爆音だった。
そこに、近寄る人物――礼治が、何かを手にして快に向けて立っていた。
「快!」
暁の声は間に合わず、礼治は銃を快に向けて発砲。しかし快のこめかみをかすっただけで礼治はそのまま銃を投げ捨てると、ノートパソコンを持ったまま学校から出ようと走りだす。
「礼治!」
「僕にはできないよ!」
友人に銃撃を受けた衝撃もおさまらないのに、さらなる衝撃が快を襲う。
校庭から飛び出してきたアーマーが礼治を襲ったのだ。
「礼治!」
快はとっさに瞬牙を投げてアーム型のアーマーの機体を傾ける事に成功するが、アームの先が礼治の背中をかすり、彼は気絶してしまう。
その様子を屋上で傍観していたらぶなは、隣に佇む魔我美に声を上げる。
「どういうことですか」
「ごめんなさいね!」
すると、彼女は屋上から下げていたロープを伝い、するすると地上へと降り立ってしまう。
快と暁が礼治に気をとられている隙に、礼治のノートパソコンを奪い、逃走。
「あの女! 礼治を頼む!」
「あ、ああ」
快は魔我美を追いかけるため、駆けだした。途中、スピネルの連中とアーマーとやりあっていた所為で体力を使い、息を切らせた快だが、気力を振り絞って走り続けた。
地下道へ下っていく魔我美は、そこでみーこを自分のタブレットにインストールを試みる。
不要になった礼治のノートパソコンを銃で破壊すると、その間に愛らしい小さな少女が形成された。
みーこは必死に叫んだ。
『れい君は? みんなはどうしたの?』
「大丈夫。私の目的は貴方よ」
『え』
魔我美は普段ののほほんとした雰囲気とはうって代わり、冷静な顔を見せた。
目的は自分だと聞かされたみーこは光速で情報を検索。
一分も経たずに彼女の目的を言い当てた。
『みーこを、京ちゃんとリンクさせるの』
「そうよ。そうしたら貴方消えるでしょ、その前に聞きたかったの」
『なにを』
「京があたしたちをどうしたいのかを」
魔我美は京との共存関係を選んだ人間=モディだ。
脳に仕込まれたチップを使い、京のシステムの一部を使用可能だが、その意識はいつでお京に支配される運命にある。。
己の命を守る為、京が目的とする筈の優良な遺伝子とAIの共存の世界の為に、利用される存在。
京に支配された自分たちは京の真意を探れる筈もなく、唯一京と同等の知能と能力を持つ、AIと接触したこの機会を逃す訳にはいかないのだ。
みーこは逡巡の後にこう答えた。
『京ちゃんは探してるんだと思う』
「どういう意味よ」
『それは……』
「!」
――思っていた以上に早いわね。
みーこがスリープ状態に入ったのを見て、苦い顔をする。。
可能性として――礼治が別のノートパソコンに残されている、みーこのバックアップデータの修復を開始したのだろう。
礼治のパソコンは奪ってやったが、やはりスペアも奪わなかったのは迂闊だった。
魔我美は己の失態に舌打ちすると、地下道を再び駆け出す――が、背後から突風が襲い来る。
「うう!?」
前のめりにぐらついた四肢を足の力で支えて銃を構え、身体を反転させた。
そこにいたのは息を弾ませて真剣を構えた快だ。一歩、前へ進み出ると叫ぶ。
「みーこを返せ! そいつをどうするつもりだ!」
魔我美は考える。みーこがこの状況で完全に復元されてしまえば、アーマーの暴走が止まってしまう。しかし、京に取り込ませる際には完全復元させる手はずだったのだ。
ならばこの場を強行突破するしかない。
快を無視して走り出した魔我美に、快が一瞬呆気にとられたが、その逃走劇は一瞬で幕を降ろした。地下道の天井が落下したのだ。瓦礫が走る魔我美を襲う。
「――っ」
快はあまりにも突然で身動きがとれない。しかし崩落が落ち着くと慌てて駆け寄る。
幸いにも瓦礫の狭間に倒れ込んでいる状態で、みーこが閉じこめられたタブレットも無事のようだ。
周りには多数のぬいぐるみが散乱している。どうやら近くのゲームセンターからばらまかれたらしい。暴走したアーマーがまだ上で暴れているようだ。
快はタブレットを拾い上げて気絶している魔我美に吐き捨てる。
「運のいい奴だ」
そのまま踵を返した時――快は何かを感じて振り返った。
振り返った先に小さいのがちょこんと立っている。
「は?」
それは紛れもなく〝熊のぬいぐるみ〟である。
茶色くてつぶらな瞳、薄汚れているのは散乱していたぬいぐるみの一つだからであろう。
「よお」
その熊のぬいぐるみが手を振って挨拶してくる。
「おまえ、ぬいぐるみだよ、な?」
快はぬいぐるみに近寄ったが、その後ろで魔我美がうごめいたので、足を止めた。
彼女がゆっくりと起きあがると虚ろな目で何事か語り始める。
「椎野快、どこまでも邪魔な奴だ。私の分身が、私の邪魔をするとは」
「?」
「いまこの女は京に乗っ取られてるってわけよ」
「! 京だと!」
〝京〟は魔我美を乗っ取りその意志を伝える。
「お前は必ず殺す」
「――やれるもんならやってみろよ」
気を抜けば殺される。
だが、京に乗っ取られている筈の魔我美が前後に揺らいでいる。
「――うう」
「!」
ぞわり。快の鋭い勘が何かを伝えた。
――やれるか、俺に。
快の脳裏にはある光景が浮かぶ。
宙に浮遊する物体。それは衛星である。それが快の意志に従い、エネルギーを装填。地上へと発射、ビルを破壊。あの時、確かに操れたのだ。
しかし、アーマーを操る事は未だかなっていない。
――激しい頭痛が快を襲う。
二人が叫び出したのはほぼ同時だった。
「「うっぐうあああああああ」」
二人の絶叫がこだまする。
快はなぜ自分が京のシステムへ介入できているのか、理解はできない。
だが、自分の怒りによって妨害できる事実は実感していた。
「うぐあああああ――――ッ」
魔我美が苦しみに呻いた。数分間のぶつかり合いは快の勝利に終わる。
「時間、ぎれか」
魔我美はそう一言呟くと膝から崩れ落ちて再び気を失う。
快は目から血を流し頭を抱えてながらゆっくりと歩いた。
「クソッ、余計な体力つかった、ぜ」
魔我美が目を覚まさないのを確認して、快はタブレットを奪う。地下道を抜ける為、来た道を引き返した。その頭に熊のぬいぐるみがいつの間にやら乗っている。
しかし気にかけている場合ではない、快は走り出す。
「おまえさあ、なんでそんな真似できるか知ってるの」
「しらねえ! いつの間にかだ! なんか知ってんのか!」
「ん、まあちょっとだけ。てか、お前、衛星しか乗っ取れないって事は失敗作を埋められたんだな。しかも、支配されていない」
「はあ?」
「俺の名前しってるだろ」
「あ?」
「ぷっぽぺだよん」
地下道を抜けると周辺はひどい有様だった。
黒煙を上げる車やビルの群、怪我人の多さに救助が間に合わない状況だ。
暴走したアーマーをくい止めていたのは機動隊であるが、一部はプロテクトが援助している。
そこで見知った顔を見つけて声をかけた。
「エカさん」
燃えるような赤髪を風になびかせ、自分の身長と変わらない銀の槍を構えた、長身の女性が快を見て瞳を細める。
「ああ。快か」
エカとはついこの間顔を合わせたばかりだった。その際にスピネルの情報を教えられて暁に頼み、情報を探った。
エカの周りにはガラクタと化したアーマーが散乱し、ファングと見られる連中が倒れこんでいた。
「こいつらお前を捜していたようだぞ」
「!」
「ははーん、あの子だろ」
ぷっぽぺの呟きに快が舌打ちする。
噂をすれば――まだ暴走が止まらないアーマーが、快を目指して突進してくる。
アーム型で車輪の火花を散らし快達に襲いかかってきた。
その後方で少女が叫ぶ。
「そいつをぶっ飛ばして!!」
快を追いかけて来たらぶなだ。叫びはアーマーの騒音にかき消される。
「しっつけえええ!」
タブレットを抱えながら快は瞬牙をふるい、アームの中心に突き刺す。
「うぐっぐウ」
瞬牙は快の体温に反応し、その刀身を高熱にしてダイヤモンドコーティングを発動させる。 だが、片手だと上手く力が入らない。
見かねたエカが手を貸す。槍で横からアームを突き刺し、火花を散らしてアームがその力を徐々に後退させる。
「「゛あ゛あ゛あ゛あああアッ――」」
快とエカが渾身の力を振り絞りアームアーマーを一刀両断。爆発は免れたが、その衝撃でらぶなが地面に叩きつけられた。
悲鳴もなく気を失う。その上に信号機が落下――。
「あぶない!」
と叫んで体当たりしたのは暁だった。
彼は特殊な防具を着用しており、鍛えているのもあって自身へのダメージは最小限にとどめられ、らぶなを救出する事はたやすかったようだ。
気絶した彼女を確認すると足に怪我を負っている。
「学校は」
駆け寄った快の問いかけに暁が答える。
「機動隊が来て収束した、それより礼治君がいまみーこちゃんを復活させようとしてて」
「本体はこの中だ。礼治はどこだ?」
「それが」
言いよどむ暁は背後の人の気配に振り返る。
そこには黒いスーツを着た男が、礼治を隠すようにしてひび割れたコンクリートの上に立っていた。
「そのタブレットを渡しなさい」
「あんたは礼治を連れ去った」
「今は、この騒動を収める事が重要な筈だ」
「……」
暁に視線を送ると頷くのを確認して。寺内にタブレットを手渡す。
寺内は礼治にそのまま渡すと礼治はタブレットを開き、自分のノートパソコンで操作を始める。
アーマーが静かになった。どうやらアーマーの制御能力をみーこは持っているらしい。
礼治はタブレットからみーこ本体を取り出し、ノートパソコンに移すと男に連れられて歩き出す。
「礼治!」
その背に快は呼びかけるが返事はなかった。