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三章〈少女の悪癖、少女の苦悩〉

 篭原らぶな。十六歳。裕福な家庭に生まれ育ち、父親は教育委員会の役員である。

 ゆるいウェーブの長い黒髪を蝶のバレッタで留め、優雅な仕草はまさに典型的なお嬢様のイメージである。

 それ故、本来持つ凶暴性を抑え込むのが苦しかった。

 父も母も隠れて浮気はしているし、ペットの子犬はなつかない。

 友人に見えるクラスメート達は、らぶなの見た目とその権力に惹かれて〝仲良くしてやってるだけ〟だし。

 らぶなは理想のお嬢様としてのイメージを壊したくないので、ストレスをため込むばかり。

 ある日、ファングの集会にこっそり紛れ込んだ事があった。

 黒いスウェットで身を包み、サングラスとマスクで顔を隠して。

 廃墟と化したホテルのエントランスに現れたのは、数十名の不穏な空気をまとう男女。

 圧倒的に男の数が多かったが、中にはらぶなと変わらない年齢の女子もいた。

 様子を伺っていると誰かの大きな声が聞こえて体が跳ねた。

「お・ま・た・せ」

「!」

 ざわめきが嘘のように消えて、意識はその声の主へ注がれる。

 白いブラウスに波打つスカート。紫の髪をポニーテールにした、二十代後半くらいの女性が柔和に微笑んでいた。

 特殊なアイシャドウの形が魔女を思い起こさせる。

 固まるらぶなに対して女が首を傾げた。

「何かあったの? 具合悪い?」

「い、いえいえ」

「あなたうちに入りたいの?」

「は、はい」

 思わずそう返事をしてしまい、脳内でこの集まりについて考える。

 ――確か、スピネルっていうんだっけ。この集団って。この人がリーダーの魔我美(まがみ)

 ファングの組織の一つ。

 偶然両親がいない夜に行われる集会を見つけて、興味本位で覗いてみたが、こんなに絡まれるとは。

 冷や汗を拭う暇もなく、状況は転がっていく。

「そおんなよわっちい女あ、いらないっしょ」

「そうだそうだ、女の子だったらもうあたしがいるし!」

 次々に口汚く罵られ、らぶなは沸々と内心に怒りが満ちるのを感じた。

 らぶなの目は、しっかりと周囲の輩を視界に納めていた。

 ――自分よりも立場の低い連中に罵倒される。

 その事実だけがお嬢様の怒りに火をつけた。

 素早く側にいた男の腰からナイフを盗み、そのまま罵倒した男に体当たりしたかと思えば、思い切り斬りつけ始めた。

 なにが起こったのか分からないファング達は、ただらぶなの奇行に目を見張る事しかできない。

「私を馬鹿にするな! 黙れ! 黙れ! 黙れ!」

「って、いってえ、やめ、やめろっ」

 両腕で局部を守る男が情けない声を上げてわめく。

 すっかり自分の怒りの中に籠もったらぶなに、拍手を送る魔我美。

「すっごいわねえ。あなた。でもおしまい!」

 その声が合図になりファング達はらぶなを一斉に止めにかかった。

 二人の男のファングに捕まったらぶなは、まるで獣のような呼吸を繰り返して宙を睨みつけている。

 魔我美はらぶなを自分の組織に受け入れる事に決めた。

「スピネルへようこそ。歓迎するわ」

 それかららぶなはスピネルに属する事となり、ファングの真似事をするようになる。

 立場上ファングとしての生活はできない旨を、魔我美に説明すると、彼女は快く受け入れ、ひとまずは手伝いという立ち位置で許された。

 手伝いの際には真っ黒な服装に着替え、巨大なナイフでガービッジを襲う。

 魔我美にアドバイスをもらい、ナイフで人を襲うのは気分が良かった。


 十六歳の誕生日の夜、自宅の屋敷で誕生日パーティーの最中、呼んだ筈のクラスメートの中で一人だけこなかった生徒が居た。

 それが椎野快だった。彼の友人である新谷礼治から連絡先を聞き出して、らぶなが直に電話で連絡したのに、拒絶された。

『俺はお前の人気バロメーター役はごめんだ』

 ぶつり。通話は乱暴に切れた。

 らぶなの思考は一瞬真っ白になり――やがてある情報が脳内に思い浮かぶ。

「ねえ、新谷君」

 かたい声音に礼治は唾を飲む。

「椎野君ってプロテクトらしいんだけど本当?」

「え、さ、さあ」

「私に椎野君の情報をいろいろ教えて欲しいなあ」

 スマートフォンに亀裂が入りそうな勢いで握りしめるらぶな。

 柔和な表情のまま吐き出した言葉は礼治にとっては脅しとなる。

「私ね、新谷君の秘密を知ってるの。私が尊敬している方がいろいろと教えてくれるのよ」

 生まれも育ちも自分より劣っている快に、馬鹿にされた事が許せないのだ。

 ――過去の忌々しい記憶を思い出しながら、地下へと続く階段を下りていく。

 先に見えたドアの向こうにはスピネルのリーダー魔我美が待っていた。

 事前に折り入って話しをさせてもらいたいと連絡を入れていたのだ。

 ソファに座りらぶなを見つめる魔我美が言葉を促す。

 らぶなは暗い表情であるお願いを口にした。

 魔我美は興味がありそうな様子で、タブレットで快についての詳細を調べて、深く頷いた。

「この子を痛めつければ私の組織に箔がつくわねえ。いいわよ。私が舞台を用意してあげるわあ」

 くすくすと笑う魔我美にらぶなはもう一度頭を下げて地下のバーから外へと出ると、太陽の日差しが眩しく感じた。

 ――そういえば、あいつ今頃どうしてるのかしら。

 礼治を使って快の能力を分析したらぶなは、用済みになった礼治の秘密を政府機関へ密告した。

 礼治がガービッジに認定された事は知っている。

 らぶなは楽しそうに笑う。

「地位も名誉もない目障りな人間は消されるのよ」

 その目はわずかに充血していた。


 日の傾きかけた時刻。

 快と礼治は夕飯の準備をしていたのだが、快のスマートフォンに着信があって中断する。。

 暁からだ。素早く通話ボタンを押すと低い声が聞こえる。

『ロックの解除をしなさい』

 それは暁の声ではない。

「誰だあんた」

『彼は頑固だね』

 快はスマートフォンをポケットにしまい、ナックルを装着、部屋の窓を破壊して礼治を引っ張るが間に合わず。玄関のドアが蹴破られた。

「ストップ」

 それは電話に出た声だった。黒スーツの男が数人なだれこんできた。

 男達は暁を捕らえている。気を失っている様子だ。

 快は怒りと憎悪を込めた目を黒スーツ達に向ける。

「おっと誤解しないでくれたまえ。私たちは新谷礼治君と話しがしたくて、彼に声をかけたんだよ。新谷君が応じてくれさえすれば、乱暴はしないよ」

 その言葉に怯える礼治は無意識に快の背後に隠れる。

「じゃあ、なんで暁を痛めつけた!」

 激高する快は今にも突撃しそうな勢いだ。

 リーダーらしきサングラスの男が、肩を竦めて両腕をあげる。

「まいったねえ。君も同じか。彼が襲いかかって来たからだよ」

「暁をはなせ!」

「新谷君、こちらに来なさい」

「――あ、あの、いったいどういう」

 礼治の質問に男が軽く答えた。

「新谷礼治君は政府で預かる事になったから」

「はあ?」

 納得できるはずもない快は、怒りのコントロールができず、拳を振り上げるが、寸でのところで止められる。礼治が振り上げた腕を掴んでいた。快は鬼のような形相で礼治を睨む。

「礼治お前」

 男が手を伸ばすと礼治はすっと前に出て暁を解放するように伝える。

「ノートパソコンも持って来なさい」

「……」

 礼治はさっとノートパソコンを手に持つと、男達に取り囲まれてしまった。

 快は暁を乱暴に渡されて言葉がうまく出てこない。

 礼治と目があう。

 思考が追いつかない。どう動くべきなのか分からない。礼治を助けられるのは自分だけだ。

「ありがとう快君。もう迷惑かけないから」

 結局何もできないまま礼治は連れて行かれてしまった。

「チクショウ!!」

 快は衝動のままに叫んだ。

 その叫び声に暁の意識が浮上する。

「……快」

 上半身を支える形で暁を抱えている快の腕が、小刻みに震えている事に気づき、その顔を確認して暁は唇を噛みしめて、小さな声をこぼす。

「ごめん」

「連れ戻す、必ず」

「うん。そうだな」

 二人は壊されたドアの向こうを見据えた。



 政府機関に捕まった礼治は白い部屋の中心で、男と対面していた。

 サングラスを外した政府要人は、「寺内と言う」と名乗ると、本題を切り出す。

「新谷礼治君、君の事は調べたよ、君は、そのAIを使ってお兄さんを探しているらしいね」

「……はい」

 礼治は認めた。兄が失踪して数年。

 兄は優秀な研究者だった。国の重大なプログラムに参加していたのを知って、礼治は政府のシステムにハッキングを行っていたのだ。

 ――でも、分かったのは、政府も兄を捜しているという事実だけ。

 寺内は両手を顔の前で組み、礼治の目を見つめながら話を続ける。

「君の兄さんは、この国を根本から変えてしまった生活圏制御法に大きく関わった人物だ。君が捜していると知れば、接触してくるかも知れない」

 その物言いに嫌な予感を覚えた礼治は、両膝の上で拳をきつく握りしめる。

 ガタリと音がしたかと思えば、寺内が礼治の隣で見下ろしていた。

 その目はまるで穴が空いたように底なしだ。

「執行人になりなさい」

 執行人とは政府の駒として不要な人間を処刑する、つまり国に飼われたファングである。

 雑魚はファングを泳がせて狩らせ、必ず消さなければならない存在は、執行人を利用しているのだ。

「新谷有司(ゆうじ)は重罪人だ。君に接触してきたら君の手で抹殺しなさい。それが」

 ぽんっと礼治の肩を叩き、耳元で囁く。

「君への罰だ。断れば君は劣悪な環境の居住区へ移動させる、それに、兄さんは遅かれ早かれ見つかれば死刑になるだろう」

「……どう、して。国の為の法律の筈なのに、どうして兄が殺されないといけないんですか」

 もっともな反応だった。礼治の様子を鑑みて寺内は、やはり真実を知らないのだと確認をする。寺内は椅子に座り直しある事実を語り始めた。

「君の兄さんは京というスーパーコンピューターを作り出した。もちろん成長するAIをプログラミングされている。それは、この日本を救うはずのシステムだった。あらゆる災害の高度な予測、国民のデータを取り込み、身体の健康を守る、さらに日本の食料難を避ける為の解析」

 そこで一旦話を区切ると疲れたように息を吐いて続ける。

「ところが京は優秀過ぎた」

 礼治に笑いかける寺内――その笑みは寒々とするような凶悪な微笑。

 礼治は身体をのけぞらせる。寺内は再び立ち上がると部屋の中を歩き回りながら話し始めた。

「本来共存関係にあった筈の当時のスーパーコンピューターを、京が乗っ取り、いつの間にか日本を支配していたんだ」

 虚ろな目で礼治の周りを歩き続ける。

「あの頃は、生活圏制御法について議会で慎重に話し合いを繰り返していた。なのに、あの京が最悪のパターンで成立させた」

 鬼気迫る迫力に圧倒される礼治。

「奴は、自分のシステムを使って壊れた機械を直したり、知能を与える事が可能だ。例えば、日本が打ち上げた衛星ならば自在に操れるんだ、さらにプログラムを使って知能を与え、自分に都合が悪い存在は衛星を武器に代えて攻撃をしかける事ができる」

「そ、それは」

 飲み込めない礼治の両肩を掴んで揺さぶる。

「分からないか! 我々はなあ! 常に! あの狂ったシステムに命を狙われているんだ! 空からも地上でも常に! 一体なにが襲ってくるのか分からないんだぞ! あいつは都合が悪いと判断した時点で、人間の命を奪うんだ!!」

 怒り、苦しみ、それらがないまぜになったその激情が礼治を襲う。

 一言も発せず、ただ男のわめきを聞くことしかできない。

「いいか君の兄さんは、異端者だ! 責任を取るのは当たり前だろう!」

 兄が一方的に責められていると感じる礼治は、勇気を振り絞り思いをどうにか吐き出す。

「兄さんは、きっと今でも、京をとめるために研究してると思います、でも、捕まったらできないから、だから逃げてるんだ。だから、兄さんを保護して兄さんの研究を手伝えば……」

「そんな事をしてみろ、我々は一瞬で京に殺される!」

「!」

「幸いなことに、京はまだ進化途中だ。そのコントロールは世界のシステムにまでは及んでいない。一部の国の研究者達が力を貸してくれている」

 だから、兄は不要だという。だが、礼治は諦めきれない。

「だったら、兄を海外に逃がしてその人達と研究をすれば」

「君は頭が悪いのか! まだ分からないか、君の兄さんそのものが危険だと言っているんだ!」

「……っ」

 決定的な拒絶をされて礼治は押し黙る。

「さあ。どうする」

「……僕は」

 礼治はとうとう答えを導き出す。

「……執行人になります……」

 そうしなければ、礼治は今後身動きができなくなるだろう。

 寺内は満足そうに頷きふいに独り言を呟いた。

「そういえば、先日衛星が誤作動を起こしてねえ、まいったよ」

 礼治は不安の滲んだ目を寺内に向けた。


 礼治が連れて行かれたあの日、部屋は引き払い、快の父が属していた「東郷(とうごう)組」にかくまってもらっていた。

「おう快、暁、久しぶりだな」

 白髪交じりの髪をきっちり固め、着物を着込み、その目は鋭く知的な雰囲気が漂う。

 その纏う雰囲気の為か、もう還暦を迎える年齢なのに、見目はもう少し若く見える。

 組長を囲むようにして並ぶ幹部達は、皆、快の事情を知っていた。

 ガービッジを守るプロテクトという存在は、政府からしてみれば、目障りな存在なのだ。

 それに、プロテクトというのはファングと同じく非公認であり、自らそうであると世間に認知されるしか存在できない。

 当時はまだ二桁もいなかったプロテクトをまとめている組織『EKA』に、快は顔を出す事にした。

 リーダーの女は「東雲(しののめ)エカ」と名乗った。

 瞳はするどく燃えるような髪が印象的だった。

 快は剣道が得意だったので、組織を介してエカから特殊な真剣=瞬牙(しが)をもらい受ける。

 フリーになりたいと申し出ると、しばらく組織で働いて鍛えればフリーにしてやると言われ、仕事に性を出した。

 ファング殲滅マシン=アーマーを相手に戦うケースも多かったが、人間相手だと殺しそうになる事が多かった。

 見かねた暁がナックルを用意してくれて人間相手にはできる限り拳を使うようになる。

「そういやな、おい」

「はい」

 組長の指示により差し出された手紙。

 差出人不明の手紙の内容は快にあてられたもの。

「これは」

 暁の問いかけに「今朝方新聞と一緒にな」と簡単に答えられた。

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