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一章〈劣化遺伝子の少年〉

 新宿区内にある三階立てのビル。区内の中心にある明日香高等学校が、快の通っている学校である。

 外観は若干色あせているものの、内装はリフォームされており、特に特進クラスは念入りに改修されていた。

 通常クラスに通っている快は、教室に入るなり、担任に職員室に来いと呼び出されて憂鬱になる。

 渋々顔を出せば頭皮が輝く中年の教師が語気を強めた。

「どうしてお前はいつも遅刻ばかりするんだ」

「すんません」

「まったく!」

 ぶつぶつと文句を吐き出しながら、書類を快に手渡してきた。

 ちらりと内容を読んでみるとどうやら進路についてらしい。

 内心で将来についてか、と考えていたら担任が嫌味をぶつけてきた。

「言っておくがあくまでも身の丈にあった希望を考えろよ、お前は頭はよくないし、何より父親が堅気じゃないからなあ、どうせ希望は通らん」

「……それ、どういう意味ですか」

「う」

 威圧感。それは、快からにじみ出るどうしようもない性だ。

 快の父親はいわゆるヤクザであり快が十歳の時に命を落とした。

 ちょうどその年、生活圏制御法が成立し、新しいスーパーコンピューターである京の稼働により個人番号が振られて〝不要人間ガービッジ〟の告知が始まった。

 国民は混乱、治安は悪化。多数のファングが現れて集団で暴れた。

 その事件が発端で、快の父親は広く顔を知られてしまい、当然担任も把握していた。

 堅気でない者がよほど気にくわないのか、こうして度々嫌味を言っては快を苛つかせている。

「もういいっすか」

「あ、ああもういいぞ」

 殺気にも似た感情を向けられて担任はすっかり怒りを引っ込めた。

 その隙をついて快は話を切る。いつものパターン。

 すっかり慣れたが入学早々にこんな話しばかりされて、気が滅入りそうになったものだ。

 物心ついた時から暴力や抗争が身近だった為か、世間一般的な男子高校生とは感覚が違っているのを自覚している。

 バカみたいなことではしゃぐ同級生がたまにうらやましくなる。

 教室に戻るべきか逡巡し、結局昼休みまでさぼる事に決めた。

 ようやく昼休みになって、もたれて寝ていた壁から身を動かす。

「こんにちは椎野君」

 校庭に出る途中で声をかけられる。

「! ああ」

 視線の先に立っているのは優雅な仕草で人目を引く少女――篭原(かごはら)らぶなが軽くお辞儀をしている。

 腰まで伸びた長い黒髪、快を見つめる瞳は藍色。

 学校内でも一番の美少女だと皆、口を揃える令嬢である。

 そんな彼女が何かと快に笑顔で挨拶をして来るので、流石に気にしてしまうのだが、照れもあり結局ぶっきらぼうな態度で接していた。

 困ったように頭を掻いて校庭へと出て行くその背中を、らぶなは目を細めて見送る。

 花壇の前には先客がいた。なにやらしゃがみ込み、ノートパソコンをいじっている。

 快は肩を竦めてつま先でその背中をこづく。

「おい礼治(れいじ)

「あ、おっはよう快君! おっそい登校だねえ」

「退け、そこは俺の場所だ」

「だめだめ〝みーこ〟に花について説明してあげてるんだから」

「どかねえんなら、昼飯おごれ」

「パンだったら買ってあるけどお、なんか食べる?」

「お」

 言われてみれば礼治の足下には膨らんだ袋が置かれている。

 中を覗けば、メロンパンやら焼きそばパンやらサンドウィッチがひきしめあっている。どうやら快の分も用意してくれていたようだ。

「焼きそばパンもらうぞ」

「やっぱりねえ。いいよ。でね、みーこが花について興味を持ってね、学校の花壇にいろんな花が咲いてるって話したら見たいっていうから昼休みになったら高速でパンを買って急いでここに来てみーこに説明してあげてたんだあ、そしたら自分でも育ててみたいってねえ、みーこ」

「ああうるせえ。頭が余計痛くなるから黙れ」

「快君、偏頭痛もちだったっけ」

『かいちゃんこんにちは!』

「……」

 今まさに焼きそばパンにかぶりつこうとしていた快は、甘ったるい声の呼びかけに視線を礼治のノートパソコンの画面へと向ける。

 そこには妖精みたいな少女「みーこ」が満面の笑顔で手を振っていた。

 なんでもこれはAIというものらしい。

 礼治の兄が開発して礼治がこつこつ育てた結果、ナチュラルに会話が可能だと前にテンション高く話されて、いつの間にか自分は寝ていたのを覚えている。

 焼きそばパンにかじり付き食べながら「快さんと呼べ」とだけ答えた。

 ぼんやりと青い空を見上げる。平和だと錯覚しそうな空気。

 今、この日本で不要と認定されて苦しんでいる人達がどれ程いるのか。

 地位を落とされ、粗野な輩に狙われる彼らを守るのがプロテクトである快の仕事だ。

 ふいに自虐的な笑みを浮かべ、視線を地へと戻す。

 そこには初夏を迎えて活発になった蟻や羽虫が盛んに蠢いていた。

 ぼんやりしていたら、チャイムの音で我に返る。

 慌てて校舎に走って戻った礼治を見送った。

 快は持病である偏頭痛が酷くなって来て軽く頭を振ると呟く。。

「なあんか面倒くせえから今日はもう帰るか」

 正確には今日も、だったが。


 教室に戻ろうとノートパソコンを抱えて廊下を走る礼治を、誰かが呼び止めた。

「ねえ新谷(しんたに)君」

 その声に礼治の顔がこわばる。

 声の主である篭原らぶなをちゃんと見れずにいると、らぶなは礼治に微笑んで耳元でそっと囁いた。

「あとで椎野君のお話聞かせてね」

「……う、うん」

「貴方の秘密は誰にもしゃべってないわ」

 礼治から顔を離すとらぶなは今度は礼治の手を取り、廊下を歩き出す。

 礼治はその手を振り払えずに顔を曇らせた。

 憂鬱な気持ちを抱えたまま午後の授業をを終えて、いつも通りに快に連絡を入れる。

 快はほとんど学校にいないのだ。それは入学当初からの悪癖であり、友人が快しかいない礼治にとっては、本当はもっと登校してほしいのだが、今は複雑な心情だ。

「あれ」

 確かに快の電話番号にかけた筈なのに、コール音が始まらない。

 数秒後、スマートフォンの暗い画面がぱっと明るくなって、そこには画像が表示される。

 かわいらしい茶色い小熊のアイコンだ。

 礼治の表情が強ばる。見覚えるのある熊だ。

『やあ、ぼく、ぷっぽぺ。きょうは、きみにたいせつなおしらせをするよ』

「……うそ、だ」

 震える声をあげても熊は明るい声で〝告知〟をやめない。

 大きくて丸い目を爛々と輝かせながら――

『しんたにれいじくん、きみは、ふようにんげん、に、にんていされたよ。まもなくせいふからつうたつがあるから、ゆうびんぶつをかくにんしてね』

「な、なんで僕まで!」

 ぷっぽぺと名乗る小熊は目を瞬くと助言ともとれるが余計な言葉をかけた。

『こうしてじぜんにおしえてあげるいみを、みんなすこしかんがえてほしいなあ、ってボクはおもうよ。たとえばきみだったら、そのこをつかえば、どうとでもなるんじゃない?』

「……みーこは、そんな」

『んじゃあがんばってねえ』

 ぷつり、とぷっぽぺは消えて、コール音が鳴り始める。

 少しの間の後に少年が応答する。

『おまえいつも電話してくんのやめろよ』

「……」

『おい』

 何か様子がおかしい、その証拠に荒い呼吸音が聞こえる。

 もう一度呼びかけても反応がないので語気を強めた。

『礼治!!』

「う」

 やっと返ってきた返事は震えていて、やがて嗚咽に変わる。

『おい』

 もう一度呼びかけると礼治はやっと答えた。

「僕、不要人間に認定されちゃった」

『なに』

「どう、しよう。僕、一人だしどうしたらいいのかわからなくて」

『……』

 礼治が自分を一人だという意図は理解できる。

 実際、礼治の家族は崩壊状態だ。

 高校に入ってから知り合った仲ではあるが、聞いてもいない家庭環境をぺらぺらとしゃべるものだからすっかり把握している。

 確か兄は行方不明で両親は別居。礼治は一人暮らしの筈。

 自分と似ている状況だとは思う。

 快は父とは死別。精神不安定な母とは別居。

 今は暁と都内のマンションで二人暮らしだ。

 しかし礼治の父親は健在だし、母親も社会で暮らせているだろう。

『本当に、父親とも母親とも連絡はとれないのか』

「できない」

『わかった。じゃあ、俺と(あかつき)のとこに来い』

 気がつけばそう口走っていたのだった。

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