表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

序章


 弧を描き、スマートフォンは落下した。

 アスファルトに叩きつけられて粉々になってしまう。

 それを拾おうとしていた女は何かに引っ張られ、その身体を引きずられるようにして駆け出す。

「諦めるんだ!」

「で、でも」

「いまはそれどころ、じゃ、ない……!」

 若い男は同年齢の女を必死に説得しつつ走った。

 カップルである彼らは、早朝の新宿の町を駆け回り、何かから逃げていた。

 とにかくどこかに隠れなければならない。

 しかし体力は女が限界を迎える。つまづいた彼女が男の手を掴んだまま地面に倒れ込んだ。

 足がもつれた男も同様に身体を地に打ち付ける。

「う、うう」

 呻く男女に数名の人影が近寄ってきた。

 いかつい顔つきの男達が息も切らさず男女を見据えている。

「なあ」

「おいこら」

 一人の男が倒れた彼に声をかけるが、返事はない。

 ただ恐怖にふるえる目を向ける弱々しい存在に、奇声を発する。

「いいいい~から! 大人しくっやられろ!」

「劣化ども!」

 瞬間、動けないはずの彼が彼女をかばうように、その身を呈して守ろうと起きあがった――が、無惨にその手は思い切り踏みつぶされた。

 指が曲がる焼けた痛みに悲鳴を上げる事も叶わない。

 あまりの光景に彼女は気絶していた。

 男達はつまらなそうにその淀んだ目を男女に向けて、リーダーらしい男が顎で示す。

「とりあえず証拠写真はとっとけ」

「はい」

 背の小さい男がスマートフォンを取り出し、動かなくなった二人を写真に納めようとそれを翳した時――。

 鈍い音を立てて男の手ごとスマートフォンが何かに串刺しになった。

「――ひいっあがあっっ」

 声にならない悲鳴を上げて、串刺しになった手の方の手首を掴む。

「お、おまえ、なんだ」

「い、いつのまに」

「邪魔だ。退け」

 いつの間にか、少年が男達の間に悠然と立っており、その手には真剣が握られている。その刃先は男の手のひらとスマートフォンを貫いており、未だにその力を緩めようとはしない。

 あまりの痛みに白目を剥く男を見つめて、少年はようやく引き抜く。

 が、当然血が吹き出した。

「う、わああああ」

「に、にげろ!」

「お」

 少年の驚異的な力を目の当たりにした男達は、我先にと逃げ出す。

 しばしその行方を目で追っていた少年だったが、やがて倒れ込んでいた男女と手から血を流す男を見比べると、何かを思いついたのかズボンのポケットからスマートフォンを取り出し何者かに連絡を入れる。

「あ、暁か。俺だけど。ああ、頼む。新宿の……」

 少年は相手に三人について軽く説明した。

「カップルは手当と保護な、痛めつけた野郎は手当してファングに戻れないようにしてくれ。ああ」

 相手が了承の返答をするのを聞くと通話を切る。

 少年は面倒そうに「死なれるとやっかいだからな」とつぶやき、男の手の平に頑丈な絆創膏と上からハンカチで止血を施す。

 少年はふと町の空を仰ぎ見た。

 雲一つない空が広がっている。春の空気が少年の頬を撫でて、鼻腔に人のニオイを運ぶ。

 腕を組んだ時、高層ビルに取り付けられた巨大なパネルの映像がCMから切り替わり、若い男性キャスターが神妙な面持ちで『告知』を始めた。

少年はそれを睨めつける。

『これより生活圏制御法の対象者の発表についてご案内致します。今週の土曜日に各家庭に告知を郵送致しますので、お手元に届いた方はご確認をお願い致します。また、認定試験を受けられたい場合は速やかに――』

 少年はその声を途中で聞き流し舌打ちを一つする。

 5年前、日本はある法律を定めた。

 生活圏制御法。増えすぎた人口の制御。対象者は十六歳以上の国民。

 劣化遺伝子とされガービッジと認定を受けた人間は、社会的な地位を落とされ、国からの保証を著しく減らされる――事実上、早死にを促す法律である。

 周囲の人間達は騒ぎに気づいていたが、関わらないように距離を置く。こんな事でいちいち警察に通報しないのだ。

 ガービッジを狩るファング(狩人)と、それを守るプロテクト(防護者)の小競り合いなど、珍しくもない。

 大通りに出た所で、出勤途中のサラリーマンやら登校途中の学生の姿が無いことに気づく。

「そういや学校。い、ってて」

 大遅刻だ。それは分かってはいたが、特に焦る事もない。偏頭痛に襲われる前に片づいて助かった。スマートフォンを取り出し、頭を押さえつつ大通りを歩いていく。

 ――頭痛がすると声が聞こえた。

 〝お前は要らない〟

〝お前は不要だ〟

 声は強い拒絶の意志を示すと自然と聞こえなくなる。

 ――また、聞こえるようになった。

 昔誘拐されて、気がついたら頭痛がするようになって声が聞こえてきた。

 まだ十歳くらいの時の話だ。

 その声は自分を拒絶し、自ら死ねと執拗に促してきた。

 母親は頼りにならず父もいないただの子供には、孤独の檻に閉じこめられたようなものだ。

 それでも言ううことを聞かなかったのは、快の我の強さによるもの。

 快はなかなか消えない痛みにうめきながら歩を進める。


 ――現在、日本は京というスーパーコンピューターに携わる研究者達により、AI技術を発展させ、国民は個人番号により管理されていた。

 生活圏制御法は、まだまだ国民に受け入れられず、不穏分子を誕生させてしまう。

 ガービッジを狩る者の中には、自らもガービッジなのに、同類を狩って金銭を得る者がいる。

 そんな危険因子から彼らを守る存在、防護者が現れる。

 お互いに組織に属するもの、フリーである者に分かれており、その手段は多義にわたり、その武器を制作販売する輩も乱立していた。

 椎野快(しいのかい)は十五歳という若さでありながら、フリーのプロテクトである。

 現在確認できる中では最年少だ。

 ふと視界に焼けた建物を捕らえ、足を止める。それはつい先日話題になった火災現場だった。

 五階建ての雑居ビルは無惨な姿を晒し通行人の足を止めている。

 目撃者が流した噂では、空から何かが降ってきて破壊されて燃え始めたというが……。

「危ないよなあ」

 快はぼそりとそう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ