第八話
悟が街に出ると、聞いていた通り、一人で楽しめる物の充実っぷりは確かにすごかった。アニメ、ゲーム、ポルノショップ、カジノ……しかし空飛ぶ車や飛び出す派手な広告、走り回るロボットのような、想像していたような物は未来には無かった。むしろどちらかというと退廃的で、ギラギラしたネオンが光る店の合間にはさびれた建物もずいぶんと増えている。
(未来はもっとピカピカした物だと思ってたけど)
東京のド真ん中だというのに、派手な店の間には随分とシャッターが降りていて何年も店が入っていないビルが多かった。路地には壁に寄りかかって一心不乱にスマホをいじる者や、ビルの間に座り込んで何やら遠い目をしている者達がたむろしている。その者達の近くには注射器などが転がっていた。
(俺の時代より荒んでしまったな)
ひとしきり街を見ながら歩き、小腹が空いたので喫茶店に入った。席に座り、サンドイッチでも食べようか……そう思ってメニューを開いた途端、悟はぞっとした。
軽食セット(ノーリスク)
軽食セット(ミドル)
周囲をこっそり見ると、食べながらヘラヘラ笑っている者やよだれを垂らして椅子にもたれかかって放心している者が多かった。
(嘘だろ? こんな大通りの飲食店でも薬物混じりの物を出してるってのか)
悟は気分が悪くなり、コーヒーだけ飲むとさっさと店を出た。
明らかに以前の街とは違う。
(何なんだこれは? たった四十年くらいでこんなに荒れちまうもんなのか? 警察は、政治家は何やってるんだ?)
バーチャル空間で肉食動物になって狩りを楽しむという店を見つけた。が、これも成人向けの建物のようだ。外から覗くと店内のモニターには血がほとばしるようなどぎつい描写が映っていて悟は目を背けた。
(もう帰ろう)
すっかり白けてしまった悟が駅に着いた時、突然ある重大な違和感に気付いた。
(あれ?)
悟は周囲を見回して、駅の地図のプレートを見つけると走り寄って確認した。
(な、無いぞ)
悟は歩いて来た街の建物を次々と思い出した。自分の記憶に間違いは無い。この駅周辺には無かった。
(この駅には無いだけか)
悟は急いでスマホで検索すると、ヒットする店は無かった。
「え……?」
悟はスマホの画面を見て固まってしまった。
未来には、本を売る店が無くなっていた。