第六話
ある日、片方が研究所から帰って来るともう一人が郵便物を持って立っていた。
「なんだそれ?」
「見てみろ」
宛名を見ると佐藤隆からだった。封は開いているので中身を引き出すと、結婚式の招待状だった。
「なんと」
「電話してみようぜ」
悟は隆に電話をかけた。
「届いたかな?」
「ああ。びっくりしたよ。結婚するのか」
「ああ。ここ数年辛い時期を支えてくれた人がいてな。結婚する事にしたんだ」
「そうか。おめでとう」
隆は今時珍しいタイプだ。金の事より周りの事を気にする。世間では強いリーダーシップで引っ張っていく今時のリーダーではないため資質を問う声も多いが、スタッフには慕われているようだ。悟との友情を大切にし、こうやって結婚もする。この社会では結婚する者など二割程度だ。一割が子供ができたのを機会にたまたま経済的余裕があって一緒になる者、あとはこういう珍しい奴だ。
もちろん今は何百万円もかけて教会で挙式する人間などいない。会場は小さいレストランのようだ。
通話を切ると最初の悟がしばらく考えた後、二人目の悟に言った。
「お前が外出する日だし、お前が行って来いよ」
二人目の悟は目を見開いた。
「ええ? お前の友人だろ。お前が行くのが筋じゃないのか?」
「お前の友人でもあるだろ。お前は俺なんだから」
「まあ……分かったよ」
スーツを着て式場に行くと、あちこちのテーブルで悟を見た者から驚きの声があがった。
「うわすげえ! 遠山悟だ!」
「マジだ! 隆、知り合いだったのかよ! ヤバッ!」
「一緒に写真いいですか!?」
有名な悟は歓迎され、ガンを克服した知り合いがいた者などから感謝の声ももらった。
新郎、新婦の両親がにこやかに悟に挨拶して来て悟もそれに応えた。新郎、新婦の両親が共に揃っているのはかなり珍しい。それぞれに挨拶して隆と新婦に声をかけた。ウェディングドレスを着た新婦は四十歳と聞いていたが綺麗な女性だった。新婦は有名人の悟を見て仰天した。
「ご結婚おめでとうございます。遠山悟です」
「は、初めまして。詩織です。来てくれてありがとうございます」
「ありがとう。来てくれて嬉しいよ」
悟は両親にちらと目をやると隆は察した。
「珍しいだろ。俺と詩織の性格は親譲りって訳だ」
「なるほどな」
アットホームな結婚式だった。月面移住計画のスタッフが友人代表として挨拶した。職場で隆がどんなに熱い男かを力説し、隆が役員相手に回りながら宇宙の素晴らしさを演説したエピソードで会場は笑いに包まれた。悟も美味しい料理をたっぷり食べ、周囲の者と歓談して特別な一日を楽しんだ。
少し酒が入りいい気分で家に帰ると、親指を口元に当てながら有機モデルをいじっていたオリジナルの悟が顔を上げた。
「どうだった?」
「ああ。こういうのも悪くはないな、と思った一日だったよ。新しい悟に記憶を引き継げないのが残念だ」
「そうか。四百年前はそういうのが多かったらしいが。まあ今の俺には興味無いな」
分身の悟は自分だけ特別な体験をした事を悪いと思った。
翌年には無事佐藤家は男の子を授かり、それからは時々子供の写真付きのメールも送られてくるようになり、分身の悟と隆の友情は続いた。オリジナルの悟は興味を示さなかったが、分身の悟は隆とたまに食事をするのが楽しみになり、オリジナルの悟が外出する日でも食事の予定の日だったら替わってもらうようになった。