第二十二話
最初の移住組の募集が始まった。茂や詩織、警備のスタッフが巨大な駐車場でプレハブを作って人々が来るのを待っていたが、募集が始まって数日経っても誰も来なかった。詩織はため息をついた。
「やっぱり、地球を離れるのは怖いのかもしれないわね」
茂は頷いた。
「そうだな。『月に行く』っていうのと『月に移住する』っていうのはだいぶ違うからね。ハードルが高いかもしれない。だけど僕達が先に行く訳にはいかないし……」
どうしたものかと途方に暮れていると、自転車をふらふらと漕ぎながら一人の若い女性が現れた。
「あ! 君は前に会った……」
女性は茂達の前に着くと自転車を乗り捨て髪の毛を整えた。
「ふー。ちゃんと来たわよ。細谷渚です」
ボールペンでサラサラッと書くと空白のリストを見て首を傾げた。
「あれ? 私が一番なの?」
「そうよ」
「ふーん、じゃロケットの前でカメラ撮って」
「え? ちょ、ちょっと」
すたすたと渚はロケットの方へ歩いて行く。茂は慌てて追いかけた。
「まだ乗らないよ」
「そんなの分かってる。演出よ演出」
「?」
渚がロケットの前に立つと腰に手をやってカメラの前に立った。
「ほら、中継して」
「ええ?」
言われるがままに茂が世界に中継するチャンネルを繋いだ。
中継が繋がると人々は女子高生がロケットの前に立つ映像を見る事になった。世界中がこれほどポカンとした事は無いだろう。渚は咳払いしてから言った。
「私は細谷渚です。日本人のただの女です。特技はありません。でも私は月に行って今からイケメンの天才科学者の手下になって毎日面白おかしく暮らしていくつもりです。この期に及んで何にびびってるか知りませんが、ここのスタッフも月に行くのに皆を待ってるの。迷惑だから死にたくなかったらさっさと来たら? 来ない奴は勝手に滅べばいいよ。終わり」
「ま、そういう訳で、俺達は現在一万人程で月に住んでるって訳だ」
月面で新しく作られた遠山悟は、若と隆の長い説明を聞き終わった。
「なんか最後の方ひどかったが……そうか。じゃああなたは細谷渚って事なんだな?」
「遠山ね」
「で、俺は引き続きここで暮らしていけばいい訳だな」
「ああ。自分の研究を続けてもいい。しかし若の仕事を引き継いでくれ。君達は今この星で一番大事な仕事をしている人間だ」
「分かった」
悟はふと気付いて顔を上げた。
「一万人? 全人類にしてはずいぶん少ないな」
隆は首を振った。
「そうか。残りは来なかったんだな」
「ああ。残念だが……茂は詩織を弔ってからこっちに来たが、地上にいた者達はおそらく……」
「そうか……。まあいい。じゃあ俺は行くよ。外を見てくる」
悟は立ち去ろうとした。
「ああ。観測班にも顔を出してくれ。何かとてつもなく大きなエネルギー反応を見つけたとかで、君達の力を借りたいそうだ」
「なに? 未知の物質か? ワクワクするね。これからの人生、忙しくなるな」
「ああ。俺達二人は永遠に人類のために働けるぞ」
「俺はごめんだがな」




