第二十一話
月にロケットが辿り着くと、ロケットの側面から出てきた脚が月面をしっかりと捉えて着地した。
「着いたぞ悟」
悟は隆に起こされた。
「ん?」
「着きましたよお客さん」
「分かってるよ、電車じゃないんだから。どれどれ」
悟は窓から外を見ようとしたが隆に止められた。
「待て待て。感動が薄れるだろ、せっかくだから扉から出て外を見ようじゃないか」
「どっちでもいいんだけどな別に」
「マイクも付けろよ。宇宙で喋っても何にも聞こえないからな」
悟は『分かってるよ』と口パクで返事した。二人は笑って立ち上がった。出口前の空間でその場にいたスタッフ数名と共に宇宙服をしっかりと確認し、頷き合うと扉を開けた。扉はまるで映画のようにガシューっと音を立てて階段を作りながら月面に着地した。よく見ると壁のスピーカーから音が出ていた。
「この音にこだわったんだぜ。大気が無くて音が出なかったらつまんないからな」
「子供かよ」
隆が先に月面に降り、次に悟がゆっくりと階段を降りて月面に立った。
「意外と固いな。地盤は問題無さそうだ」
「ああ。俺達は月を踏んでいるんだ」
悟は前を向いた。視界を遮る物は何も無い。鳥の声も、虫の声も聞こえない。
「ほら、あれを見ろよ悟!」
悟は隆が指差した方を見た。見渡す限りの月面、暗黒の宇宙。そしてそこに地球がくっきりと浮かんでいるのが見えた。隆は目を輝かせて叫んだ。
「美しいなッ! 地球は!」
悟は気持ちが昂るのを感じた。
「本当だ……本当に美しい」
スタッフが次々と降りて来た。隆は両腕を開いて叫んだ。
「皆! やったぞ! 俺達は月に来たぞーッ!」
「やったァーッ! うおおおおおおーッ!」
全員がガッツポーズをして雄叫びを上げた。
「おおっと! 思いっきりジャンプしないように気を付けろよ! 飛んでっちゃったらかなわんからな!」
月面ジョークに皆が笑った。
「さて、分裂機の出番だぞ悟。よろしく頼む」
「ああ。すぐにドーム、水、空気、鶏を用意してやる」
「……ニワトリ?」
「卵の分裂機だぞ。すごいだろ」
分裂機に接続されたワイヤーからフレーム状の光がキラキラと飛び出し、フレームの間を埋めるように巨大なドームが高速で組み上がっていく。二十機の分裂機から野球ができそうなドームが二十基作られると、悟は植物の分裂に取り掛かり、二日もすると広大な植物園のような光景が出来上がった。
隆は感動してため息をもらした。
「お、おお。すごいな。楽園が出来たな」
「これで光合成もしていけば俺達の酸素も不足する事は無くなるはずだ」
「順調だな、よしこれから忙しくなるぞ。家具や部屋もガンガン付けてもらおう」
「ああ……そうか! しまったな」
悟は残念がった。
「どうした? 何か問題か?」
「いや……ドームを組み立てる時に、俺も何か神秘的な音を再生する機能を付けるべきだった」
「子供かよ」
忙しく三か月が過ぎた。
隆はスタッフの手を借りて地球と通信を繋いだ。
「佐藤隆です。こちらは無事着陸し、居住空間の作成に成功しました」
ドーム内部をカメラで見せ、その映像は地球で繰り返し報道された。
「私達は問題無く生活できています。これから食料や資源が尽きないように調整しながら規模を大きくしていきます。問題が無ければ来年から移住組を受け入れていきますので、希望者のリストの作成に取り掛かってください」
通信を切ると、隆は外に出た。既にドーム内は重力や空気が安定し、宇宙服を着なくても生活できるようになっていた。そこに悟がいる。二人は頷いて地球を見た。
「ひと段落したな」
「とうとうやったんだな、俺達」
「ああ。夢が叶った気分はどうだ?」
隆の頬を涙が一筋流れた。
「最高に嬉しくて……最高に寂しいよ。あの星は俺達の物だと勝手に思ってた。でもそうじゃなかったんだな……。地球をこんなに愛おしく感じたのは初めてだ」




