第二十話
一年後。
突然、世界中の全てのメディア、全ての動画サイトが一斉に同じ映像を流し始めた。一面アスファルトの景色の中、ロケットが映し出されている。
「え? 何これ?」
人々はそれぞれのスマホの画面や近くのテレビに釘付けになった。
しばらくすると、シャッターが降りた大きな倉庫のような建物の前にカメラが切り替わり、様々な言語の字幕と共に音声が流れ始めた。
「お伝えします。本日、日本の宇宙研究所によって五十年に渡り進められて来た月面移住計画が、ついに実行に移されます。製作したロケットは様々な物資を載せて三十分後に月に向けて飛び立ちます。この様子を全世界同時中継でお伝えします」
シャッターがゆっくりと上がって行くと、新しく作り出された若き佐藤隆、若、そして生き延びる為に必要な様々な職業の三十六人のスタッフが宇宙服を着て、ヘルメットを脇に抱えて姿を現した。
ボロボロのカフェでノーリスクの軽食を食べていた細谷渚は、テレビに映し出された映像を見て口を開けたまま固まった。
「……え? あいつ、マジでいるじゃん」
「佐藤隆とそのスタッフ、合計三十八名は月面に着陸した後、新技術を使って建設を開始し、人類の住居や資源を確保します。その後、状況が安定し次第、移住を受け付けるとの事です」
若は飛び立つ前の事を思い出した。
「じゃ行ってくるぜ」
「僕は地球に残って、母の面倒を見ます」
「俺達も残るよ。もう年だからな」
若は茂、オリジナル、シャドウと握手した。
「俺の生きる意味、ちゃんと見とけよ」
「ああ。向こうにも俺の細胞を持って行け。新生すれば何か手伝える事があるだろう」
「ああ、また働かせて悪いな」
「気にするな。俺は不滅さ」
佐藤隆は、自分の部屋に飾られた写真を見ていた。
「驚いたわ……本当にあの頃のまま。私だけおばあちゃんになっちゃったのね」
部屋の入口で詩織がそう言うと、隆は持っていた写真立てを置いた。
「いや、違うよ」
隆は振り返った。
「あなたと一緒に生きた隆は俺じゃない。あなたと一緒に生きた隆は唯一人だ。あなたとの時間はとても大切だったはずだ。この写真達を見れば分かる。ありがとう。……きっと俺なら、そう言うと思う」
「そうね……ありがとう」
詩織は隆の肩に触れた後、頷いた。
「行ってらっしゃい。皆を、人類を頼むわね」
「ああ、行ってくる」
ロケットを背景に、三十八人が記者団の前に並ぶと、隆はマイクで最後に演説した。
「佐藤隆です。今まで俺を支えてくれたたくさんの人達にこの場を借りて礼を言いたい。本当にありがとう。
人類は追い詰められ、地上に残っている者、そして地上に住める場所はあとわずかです。俺達はずっと人類のために働いて来た。今日、俺達は月へ行き、人類が生き延びていくための施設を作ります。そして皆をそこへ招待する。そして我々が月で暮らしている間に地球を元の美しい姿に戻す。最終的にはいつか地球に帰って来る。それがこの月面移住計画です」
カメラのフラッシュが輝いた。動画サイトには否定的なコメントが溢れた。
「この計画は何度も失敗しています。できる訳が無いと言う者もいます。だが俺達は必ずできる。理由もある」
隆が若を見て、若は頷いた。
「ここにいる俺の友人、遠山悟は数十年前、ガンを克服してノーベル賞を受賞しました。そしてその技術を発展させ、細胞を高速で増殖させ、ついに自分自身を複製する事に成功した」
映像を見ていた者達の頭に言葉が染み込むのにしばらく時間がかかった。動画サイトのコメントは疑問符だらけだ。
「彼は自分自身を複製して引き継ぎながら研究を続けて来た。そして俺も去年肺炎で力尽きたが、彼は月面移住計画のために若い時の俺を複製してくれた。ここにいるのは三人目の遠山悟、俺は二人目の佐藤隆です。俺や悟の顔をインターネットやニュースで見た事がある者なら実年齢と外見が合わないのが分かるはずだ。彼の技術を使えば月に住める施設も作れます。必ずできます。
俺はこの計画を達成するまで何度でも蘇ります。それまで俺は死ねません。何度でも! 必ずやり遂げる! 必ず人類を救う! 俺はこの命を、佐藤隆の全生命を賭けてこの任務に当たる。だから俺達を信じてついて来て欲しい」
しばらくすると、拍手と共に称賛の嵐が巻き起こり、動画サイトのコメントはスクロールが速過ぎて読めない程圧倒的な数で溢れた。不老不死と誤解して隆と悟に嫉妬する少数のコメントを除き、その多くは遠山悟の偉業と天才ぶりを称賛し、佐藤隆を信じるという物だった。
ひとしきり落ち着いてから若はマイクを借りると、静かに言った。
「せっかくだからこの機会に誤解の無いように補足をしておこうと思うんだが……あくまで複製するだけだ。その時の細胞までの記憶しか引き継げない。自分が死ぬのが嫌だからと複製した所で、また同じ年齢の自分がもう一体出来上がるだけだ。それに新しい自分を作ってもそちらには今の人格は引き継がれない。あなた達のその素晴らしい退屈な人生は一回きりと言う事だ。不老不死という訳じゃない。
研究のために俺自身を作ってみたかっただけだ。勘違いして『遠山悟』に迷惑をかけないようにな。もし何かしたら拘束して月で永遠に実験材料になってもらうよ。何回壊れても複製すれば宇宙空間でのデータが取り放題なんだ、とても興味がある」
夕日が輝いている。轟音と煙と共にロケットは宇宙に飛び立って行った。茂や詩織がその光景を見守り、拍手と歓声がいつまでも鳴り止まなかった。
そして若の一世一代の芝居は功を奏し、遠山悟を制御できるのは熱血漢の佐藤隆だけだという強烈なイメージが残り、これ以降『遠山悟』の名を検索すると必ず『マッドサイエンティスト』の称号が付いて回るようになった。




