第十五話
佐藤茂が大学を卒業し、月面移住計画に参加して数年が過ぎた。ロケットはできていて月に行く事はできるのだが、いざ移住するとなると資源や建設設備が問題になった。
茂は秘密を共有しているためか絆が以前より強くなり、よく悟の家に遊びに来るようになった。今夜も家に来て四人で酒を飲みながら話し合っていた。
「そういう訳でですね、向こうでいざ建設を始める時に問題になるのが設備の修理なんです」
「穴が開いたら大変だもんな」
若が冗談を言うと茂が頷いた。
「いや本当にそうなんです。なにせ宇宙ですから。もし穴が開いたらそこから吸い出されて物が飛んで行ったりしてしまう。例えばドームの天井を修理しようにも人間や重機が近付いたら吹っ飛ばされてしまう可能性がある。それにすぐ直せる訳じゃないでしょう?」
ソファで目を瞑りながらオリジナルが頷いた。
「そりゃ大変だな。大工さんも困っちまう」
「そして水も無い」
「水は、まあ今の俺なら作れるがな」
「今の所は何層か作って別の層で耐えている間に修理しようって話が出てるんですが、それだと莫大なコストがかかってしまう。人類の大多数が住む空間な訳ですからね」
「手詰まりか」
茂はコップを置いてオリジナルに聞いた。
「そこで質問なんですが、物って複製した事はありますか?」
「ん?」
「生き物以外です。パイプとか資材とか」
「いや、無いな。できないよ」
「やっぱり無理ですか。それができれば全て解決だったんですが……」
「俺が発表した技術でできるのは、例えばガン細胞の増殖を止める事だ。そして切除してその部分に生体膜シールを貼り付けて治す。公表していない技術はご覧の通り」
オリジナルがシャドウや若を手で示すと二人が肩をすくめた。
「失敗したら大工さんを複製してはいお終いって訳にはいくまい?」
「それだ!」
「え?」
茂は勢いよく立ち上がった。
「膜ですよ! 火傷や心臓の手術などで生体膜をシールみたいに貼る事があるでしょう? 大きな生体膜みたいな物を作って、それを固くした素材で建物を作るんです!」
「あ、ああそっちね。……そうか!」
「その素材で作れば同じ設計の物なら壊れた部分を分裂させて貼りつければすぐ直せる! 建物を一つ一つ生き物として見るんです!」
「それはいい考えだな……生体として考えれば百年近く保つだろう」
数秒してから茂ははっとして椅子に座り込んだ。
「いや……」
「どうした?」
「悟さんが数十年前に発表した研究は細胞の速度制御です。医療的にはガン細胞を制御したり。この生体複製はまだ僕達しか知らないんだ。これを使うって事はつまり」
「そうだな……」
オリジナルはソファに寝転んだ。
「この技術を一部にしろ誰かに公開しないといけなくなるかもしれない」
「……」
四人は沈黙した。
「それにそんなバカでかい物を作るんだ。家の分裂機じゃとても足りない。何機も必要になる。とても個人では無理な話だな」
「そうですね……」
若は少し考えてから言った。
「いや、それなら俺達の存在は明かさなくても、新しい素材を研究中だからそっちに協力してもらうって言えばごまかせるんじゃないか?」
「そうかもな」
「そうさ」
若は立ち上がって外に出た。
「若?」
若は月を見上げた。
「しかしな……あの月に行く? お前等本気でそんな事できると思ってるのか。あれだぞ?」
「ええ」
「信じられるかシャドウ? こいつらマジなんだぜ。あそこに家を建てる? あそこに住んだら本籍地は何て申請するんだ? フフッ……アハハハハ!」
シャドウも笑った。
「細かく考えたらめちゃくちゃ面白いな」
「言われてみればそうですね」
「月か」
オリジナルがポツリと言った。
「結局俺の記憶を引き継ぐ事はできなかった。俺が死んだ後も遠山悟は続くだろうが……それはもう今の俺にとっては意味は無い。この世界の皆がやがて俺を忘れてしまうだろう。けど……」
オリジナルは自分の掌を見てから月を見上げた。
「想いは引き継ぐ事はできる。そうだな?」
茂は答えた。
「ええ」
「無限に増える素材か。面白そうだな、やってみようじゃないか」
「悟さん……!」
「俺達と、そして若の世代でその膜入りの素材を作る。そしてもし間に合わなかったら次の悟に引き継ぐんだ」
四人は頷き合った。オリジナルは頭をポリポリと掻いた。
「別に人類のためとかじゃないぞ。できるかどうかが気になるし……友人として協力したいってだけだ」




