第十二話
「俺は反対だね」
若は何かを振り払うように手を振った。
「どう考えても危険過ぎる。複製は俺達だけにすべきだろ」
「俺も反対だ。茂に喋られたらどうなるか分かったもんじゃない」
オリジナルも茂の亡骸の前で首を横に振った。
「やはり駄目か」
茂の死体の細胞から新しい茂を複製する。シャドウは当然反対されるのは分かっていた。
「しかし茂を救うにはこれしか無い」
若はシャドウのスマホを取って差し出した。
「仕方無いだろ。彼が引き起こした事態なんだ。気の毒だが諦めて隆と警察に連絡しようぜ」
「しかし……」
オリジナルはシャドウの肩に手を置いた。
「若の言う通りだ。君に責任なんて無いよ。それに……」
オリジナルは気まずそうに行った。
「彼はしょせん赤の他人だ。世界中で溢れている不幸な事件の一つに過ぎない。友人の息子ってだけで特別扱いする訳には行かないよ」
沈黙が流れた。茂の亡骸を三人で囲んでいる。
茂の前に一人だけ座り込んでいるシャドウが下を向いたまま言った。
「何が悪いんだ?」
「え?」
「友人の息子を特別扱いして何が悪い? 俺はずっと佐藤一家と付き合って来た。茂が産まれてからは特にな。隆の代わりに面倒を見た事だって一度や二度じゃない。休日には公園で茂と一緒にサッカーして、隆や詩織さんが笑ってそれで……それで……」
「シャドウ……」
「俺達は確かに特別だ。それは分かってるさ。オリジナルのお前が俺を作ってくれた事には感謝してるくらいだし、若も俺が初めてオリジナルと協力して作り出した存在だ。特別に決まってる! ここでこいつを見捨てれば俺達の事を知る者はいない。これからも遠山悟は不滅だ。だけど……」
シャドウは二人を見た。
「ただ複製を繰り返して何になるんだ? これから先、何百年もただ繰り返し死んでいくだけなのか? 人類が絶滅するまでそれを続けるのか? それに意味なんかあるのかよッ!」
若は言われてハッとした。オリジナルはシャドウを見てため息をついた。
「落ち着けよシャドウ」
「俺は俺と同じくらい隆や茂も特別なんだ! 俺達だったらこいつを救えるのに何もしないで諦めるなんて出来ない! オリジナルは複製を成し遂げた。若はこれから長い人生が待ってる。だが俺には何も無い。俺にも生まれて来た意味が欲しいんだ!」
「生まれて来た、意味……」
「だから俺は茂を生き返らせたい。俺が今まで研究して来たのはきっとこのためだったんだ。こいつには口外しないようにもちろん言い聞かせる。茂さえ黙ってればそれでお終いなんだ。だから頼む、協力してくれ!」
シャドウが言い終わると若は茂を見たまま何か考え込んでいる。オリジナルはしばらく部屋の中をウロウロと歩き回った。
「やれやれ」
やがてオリジナルは歩みを止めた。
「他人を助けるために複製する、か。シャドウ、お前まるで別人だな。俺はそんな事考えた事も無かったよ」
「……」
オリジナルは茂の前にしゃがみ込んで言った。
「死んだ奴を複製したら死ぬ時の記憶もある。そうなると茂は本当に生き返る訳だ。さてどうなるかな」
「それじゃ……!」
「ああ、協力しよう」
それを聞いて窓際に立っていた若は天を仰いで言った。
「俺達はノーリスクで行くんじゃなかったのかよ、まったく」
「若」
「冗談だよ。俺はお前が言った生きる意味っていうのが気になってな。茂を助けたらどうなるかはもちろん分からないけど……次の悟の繋ぎとしてただ生きるのはつまらないかなって思ってさ」
「二人共、ありがとう」
三人は頷き合った。
「早速取りかかるとしよう。若、タンクを取り替えるから手伝ってくれ。俺の細胞が混ざったらそれこそまずいからな」
「ああ」
シャドウは茂の髪の毛を一房切ると立ち上がった。
機械を調整し、モニターには既に茂の設計図が映し出されている。タンクの中に液体が溜まり、時折静かに泡が立っている。後はスイッチを押すだけだ。
「お前が押せシャドウ。何があっても後悔だけはするなよ」
「……ああ、分かった」
三人は頷き合うと、シャドウはスイッチの前に立った。
「行くぞ」
シャドウは意を決して分裂機のスイッチを押した。




