30 二人の新しい季節
「お待たせ!」
映有がアルバイトを終え、マンションに戻ると、
シュウが駐輪場で待っていた。
「おかえり」
シュウの手には、大ぶりのトートバッグがあり、ネギが飛び出している。
「八宝菜は作ってきた。麻婆豆腐食べたくて、材料買ってきたんだけど、一緒に作る?」
映有がバッグを覗き込むと、八宝菜の入ったタッパーと、麻婆豆腐の材料、それと共に、ノートパソコンと本が入っている。
「いいよ、私、作る。レポートあるんでしょ?」
映有がシュウを見上げると、ありがと、と言いながら映有の肩に腕が回される。
映有もレポート三昧ではあるが、シュウのこなす量の比ではない。その量に訝しんで、聞いたところ、履修登録した科目の数がかなり多かった。理由を訊ねたら、サブスクなんだから、取れるだけ履修しないと損だと言う。シュウがアルバイトをしないで、学生生活に専念できるのは、シュウの父の財力の賜物ではあるが、自炊しているせいでもある。
映有も興味のある領域は、必修でないもの、他学部のものも含めて登録しているが、シュウの貪欲さには負ける。映有は大学以外の人とも繋がりが欲しく、アルバイトも始めた。近所の惣菜屋は、オーナー夫妻がいい人そうだという理由で、募集もしてないところに押しかけて、アルバイトに雇ってもらった。始めて数ヶ月で、夫妻の娘の家庭教師も頼まれるようになり、近くに住む親戚のような関係を築きつつある。
映有のアルバイトは、賄いもお土産もあり、家計にもかなり優しい。とても恵まれている。父の単身赴任先から一時間程度ということもあり、アルバイトを始めてすぐ、父が夫妻の元に菓子折りを持って挨拶に来た。
そして、父は不定期にやってきては、アルバイト先に顔を出し、シュウと映有を食事に連れ出すようになった。母のシュウに対する評価が高かったために、シュウに対して信用はしているようだったが、それとは別の対抗心のようなものは未だ消えていない。
材料工学の研究や学会の話は、文系の映有には全くついていけないし、同じようにシュウにとっても専門外だが、根気強く対応してくれている。
「あ、バスケの試合、次は見に行ける」
「ありがと。頑張るわ」
シュウは、バスケ部には入らなかった。代わりに練習の頻度の少ないサークルに入った。しかし、それはそれで映有の嫉妬の種でもある。インカレのサークルで他の女子大生たちも多く、シュウがちやほやされるのがわかっているからだ。
「たまには行ってシュウの彼女です、ってアピールしないと…」
「それ、気にしてるよね… 」
シュウは先にエレベーターに乗り込むと、ドアを手で押さえる。
「気にする」
「映有がタオル渡してくれるの、男どもにかなり羨ましがられてるよ」
一番効果的と思う対策をしているだけだ。
「そういう演出しとかないと」
「昔、一度、受け取り損ねてるからね… 」
「え… 覚えてたの?」
二年の球技大会の時、タオルがなくて困ってそうなシュウに出くわした。上半身裸で、髪から水が滴る男を見て見ぬフリは出来ず、持っていたタオルを差し出した。差し出したタオルは目に入っただろうが、それを映有だと認識したとは思っていなかった。それに、持ち合わせのタオルではなく、シュウに使ってもらうためのタオルを用意している女子が居ることに気づいて、映有はすぐさま引っ込めたのだ。
今、思えば、その光景は今、映有がやっているタオルの差し入れの原型である。
「映有こそ、覚えてないと思ってた… 」
見上げると、シュウは繁々と映有を見ていた。
「二年の時だよね… タオル持ってなさそうだし、思わずね… 」
「そういう優しさで、男は勘違いするよ?」
部屋の前で鍵を取り出していると、耳元でシュウが囁く。
「… いや… 突然、シャツ脱ぐのも… アレだと思う」
「それいい意味? 悪い意味?」
狭い玄関で靴を脱ぎ、ワンルームの部屋に入ると、テーブルの上に持ち帰ってきた惣菜を置く。
「耐性なくて、びっくりした… けど、筋肉は意外で、かっこよかった。ガリ勉って聞いてたのに」
シュウには初めて話す、同じクラスになる前の話だ。
ガリ勉とは、かすみの表現を借用した。その言葉に、シュウはムッとするだろうかと、顔色をうかがう。
「あの頃から… 知ってた?」
ムッとするどころか、少し口元が緩んでいる。
「顔と名前は… やっさんと仲良くしてたでしょ?」
シュウは一年の頃から映有のことを知っていたという。図書室で会話したという話もされたが、映有の記憶にはなかった。だから、いつ頃から、シュウのことを知っていたかという話題は分が悪い。
「ああ… もっと早く話しかけてたら… もっと早く仲良くなれた?」
「… かもしれないけど… 」
たらればの話はよくわからない。初めから、大勢の友だちの一人だったら、ずっとその一人だったかもしれない。
「けど?」
こういう時のシュウは察しがいい。言葉尻から、言わなかったことを探り出そうとする。
「やっさん扱いだったかも… 」
やっさんには独特の距離感がある。誰とでもすぐに距離を縮められるのだ。そういう意味では、槙村ぐらいか。いや、槙村も人懐こい性格だ。シュウが初めから映有を特別視していなかったなら、親しくはなれなかっただろう。
シュウを見上げると、やけに納得している。
「だよな… やっさんにすらなれる気がしない。槙村レベル…?」
映有がこっそり考えていたことを、シュウも考えていたようだ。
顔を見合わせて二人で笑う。
今があるから、いいよね?
映有が口にしないその言葉をシュウは受け取ると、微笑みで返される。二人で頷き合うと、映有はシュウの腕にくるまれた。
完
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