28 二人が見い出した場所
それから、三ヶ月。映有の受験はつつがなく終わった。
第一志望の合格通知が届いた時は、喜んで飛び跳ねた。
しかし、その日はシュウの試験日でもある。
二月に入ってから、連絡を取るのをやめた。受験の移動日、試験日、合格発表日が互いに入り組んでいて、相手の精神状態がわからない中で連絡をするのは、二人の関係にとってマイナスでしかない、と話し合っていた。
いつになったら連絡するかは決めなかった。
通知を受け取ると、真っ先に両親と祖父母に連絡した。
友人たちも、シュウ同様まだ試験が終わっていないし、不合格で落ち込んでいるかもしれないと思うと、浮かれた連絡はできない。入学の決まっている楢崎が頭を過るが、シュウより先に連絡する気は起きなかった。
タラタンタンタンタンタン
夕方、母と駅前で待ち合わせて、外食に出かけようとした時だった。着信音が鳴る。
画面にはシュウと表示されている。
「もしもし」
シュウは試験が終わったところだろう。自分の浮ついた気持ちを抑えて、落ち着いた声を心がけた。
「もしもし? どうだった?」
数週間ぶりに聞くシュウの声は、弾んでいる。雑踏の騒音と共に息遣いが聞こえる。
「あの… 受かってたよ! 今、試験終わったの?」
嬉しい気持ちを50%ぐらい表現する。
「おめでとう! 受かると思ってたよ。報われたね。こっちは、さっき終わった。混んでるし、隣の駅まで歩いてるとこ。声、聞きたかったし… 」
「ありがとう。どうだった?」
シュウに落ち込んだ様子はない。全力を出し切っただろうと思いながら、訊ねた。
「自分では… 手応えはあった」
「お疲れ様、いい結果出るといいね」
「ありがと。結果出るまでは、後期試験に備える。まだ、気を抜きたくないから… お祝いは、それまで待ってくれる?」
「もちろんだよ」
「良かった…十日後… 連絡する。あ、あと、私大は受かってるから、浪人はなし」
「おめでとう!」
シュウは、東京と神奈川の私大を滑り止めに受けている。都内か神奈川か、どちらを選ぶのかは聞いていない。映有と同じ大学かもしれないし、違うかもしれない。もし、一緒だったら、と考えたことは当然ある。しかし、そもそも第一志望の話でもないし、同じ大学がいいなんて陳腐なことも言いたくない。
「気をつけて帰ってきて。今日は、ゆっくり休んでね」
「ああ。映有も」
「うん、またね」
スマートフォンを耳から離す。
映有も。
耳にこだまする。初めて、普通の会話の中で、普通に名前を呼ばれた。今までは、冗談だったり、母がいるから呼び分けるという理由で呼ばれたことはある。しかし、今のは、そんな文脈ではない。
足が自然と動いて、フローリングの床の上でジタバタする。
「やば、行かないと… 」
ふと我に返り、時間を見ると、約束の15分前だった。
§
その後、シュウは合格発表に合わせて上京し、現地で合格を確認すると、その場で映有に電話をくれた。シュウの父が一緒とのことで、長くは話せなかったが、聞いたことのないほど興奮した声音だった。
それぞれ、アパート探しをしたり、いろいろな手続きや挨拶に追われてあっという間に一週間が過ぎる。
シュウと会う約束ができたのは、卒業式の一週間前だった。
二人の家からバスで落ち合えるターミナル駅を待ち合わせ場所にした。あと、二週、三週すれば、桜並木が満開になり、人出が多くなる街だ。その頃は、引越しの準備に追われているか、もう上京した後かで、桜を眺めることはできない。毎年のように見ていたこの街の桜が見られないと思うとしんみりする。
ブブッ
LANEが着信する。
ーーーーーー
SHU: バス、もうすぐ着く
ーーーーーー
AU: 本屋の前にいるよ
ーーーーーー
ワンピースの裾を整え、買ったばかりの薄手のトレンチコートの前をかき合わせる。まだ寒いのに、どうしても着てきたかった。コートのベルトの捩れを直していると、バスに座ったときについた皺が目につく。トレンチコートの時は座らない方がいい、などとぼんやり考える。
「お待たせ… 」
気づくと目の前にシュウがいた。
「あ… お待たせ」
一ヶ月見ない内に、何だか頬がすっきりし、大人びた雰囲気になっていて、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。
「映有は待たせてないでしょ?」
動揺している映有を見てシュウが笑う。
「ごめん… 何か… えと、久しぶり。それに、改めて、合格おめでとう!」
見惚れてました、とは言えない。顔を見上げると、鷲掴みされた心臓が破裂しそうだった。
「ありがとう。映有も、改めて、おめでとう。晴れて、東京の大学生になるね」
屈託がない笑顔、これ以上の屈託のなさは無いというレベルの笑顔だ。東大生フィルターがかかって、カッコよく見えているのではないかと、目を疑う。
挙動不審な映有に、シュウが不思議そうな顔をして言う。
「とりあえず、ご飯、行こっか… 何食べたい?」
「えーっと、母に聞いたおすすめのカフェ、予約したの。あっち… 」
並木道を二人でぎこちなく歩く。
「アパート、まあまあ近いね。地図で見てみた」
数日前に電話で告げたアパートの話だ。映有は父にシュウの家の近くがいい、などとは口が裂けても言えず、勘繰られない程度にアクセスしやすい駅を選んだ。
先にアパートを決めた映有は、物理的な近さを優先した。シュウが優先したのも、物理的な距離だ。
「でも、自転車でも、地下鉄乗り継ぐにしても、20分は掛かるね… 」
作った八宝菜を温かい内に届けられる距離ではない。
「自転車で20分、毎日通学してたでしょ?」
シュウが突っ込む。
「え? 汗だくで行くの嫌かも」
「僕が汗だくならいい?」
「ハハ、汗かいても、汗臭くないもんね」
シュウはいい香りがする。これはいつも思っていたことだ。
「さすがに、そんなことは… 」
家を行き来する前提で考えてはいたし、その前提で話をしている。
しかし、そのさらに上位の前提については、まだ何も会話していない。棚上げしたままだ。
「えっと… 」
「あ、ちょっと待って。それ、食事の後にしない?」
突然、シュウが遮る。
「え… まだ、何の話か言ってないよ?」
「後がいい」
シュウは頷きながら言う。こういうときは、同意せよ、というメッセージだ。部屋を行き来するということは、友達の範疇を超えるがどう思っているのかを、映有は確かめようとした。それをシュウは察して止めている。
「え? 気になってご飯食べれないじゃん」
前向きな話であるとは思うものの、肩透かしは嫌だ。
「その話したら、多分、食べなくてもお腹いっぱいになるから」
そう言うなら、良い話である。
二人で押し問答した末、予約したお店で食事をテイクアウトに変更し、並木道の外れの川沿いのベンチに腰掛けた。
「じゃ、話すけど、ほんとに、お昼ご飯、食べない気?」
「え、食べるよ」
良い話だったら、食べられない気まずさはないはずだ。
「無理だと思う」
「もう… 」
「…映有、もうずいぶん前から、あなたのことを好きになってる。この半年、一緒に過ごしてきたように、これからも一緒に過ごしていきたいし、映有が僕と一緒にいることを約束してくれたら嬉しい」
シュウはゆっくりと、よどみなく言った。
「… 私も、一緒にいたい。約束する。シュウも約束してくれる?」
付き合うという抽象的な表現より、シュウの言い方はしっくり来た。
「約束する。それで、これは、いわゆる… 」
シュウはあえて俗な言い方を避けたのかと思ったが、意味が通じてるのか不安そうだ。これは珍しい。ちょっと揶揄いたい気持ちになる。しかし、茶化すのも勿体ない。
「うん… 恋人同士… って意味だよね?」
映有が先を続け、手のひらを差し出すと、シュウがそれを握った。もう、わざと触れたのかな、などと考える必要はなく、触れ合いたい気持ちを隠さなくていい。
シュウに視線を合わせると、映有の右頬にシュウの手が添えられる。かすみとお揃いで買ったパールのバックキャッチに指が触れた時、シュウがいい?と囁く。
小さく頷くと、シュウは映有に顔を寄せ、口づけした。
間違えてました。全30話でした汗




