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23 交差点



 結局、赤提灯の系列店で、赤提灯のすぐ近くのDingng bar レッドランタンで母と待ち合わせた。

 赤提灯からレッドランタンに変更になったことを、Ppayのメッセージでシュウに送った。気づいてくれるか、落ち着かない気持ちでいると、時間ぴったりに、シュウが現れた。

 

 個室で母と向かい合って座っていた映有だが、シュウに促されて母の隣に座り直した。男女の仲を疑われて、誤った情報を学校に通報されたことは母に伝えていた。母も、映有の生活を知っているだけに、誤情報で学校側の誤解も解けているなら、問題ないと言っていた。

 とは言え、シュウに対してどんな反応を示すかは、心配である。

 

「白鳥くん、いつも映有を助けてくれてありがとうね」

 挨拶と注文を済ませ、飲み物が運ばれてくると、母が切り出した。

 

「いえ、今回の件は、僕のせいで映有さんにご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」

 シュウは頭を深く下げる。

 

「事情は、実は、ここに来る前に担任の先生から電話を貰って聞いているわ。イタズラなのか、嫌がらせなのか、誤報だとね」

 映有も初耳だった。母を見るが、母はシュウから目を逸らさなかった。

 

「そうでしたか… だとしても、巻き込んだ僕に責任があります。それを、お詫びしたくて、今日、お時間を頂きました」

 

 シュウは続けて、アオイの話を始めた。映有が見た文化祭での出来事は、ほんの一部で、映有の知らない話もたくさんあった。

 

「僕の視点では、誠意を持って断っていたつもりですが、結果的に逆恨みのような形で、映有さんにご迷惑をお掛けしたので、僕に非があります。本当に申し訳ありませんでした」

 

 経緯の説明を聞いた母はため息を吐く。

 

「わかりました… まあ… 白鳥くんも、災難だったわね…… 相手の女の子にも言い分はあるでしょうけど… 」

 母がお茶に口をつけ、話を区切る。

 

「それでね、私の心配は、この悪戯や嫌がらせはエスカレートしないかということなんだけれど、それはどう思う?」

 母がシュウを責めているようで、二人と目を合わせらず、映有は視線を落とす。

「はい。今日、こちらに来る前に、父と一緒に先方のご両親にお会いしました。嫌がらせの件というよりは、僕としてはお付き合いするつもりはないので、これ以上の接触はお断りしたい、と」

 シュウに視線を戻すと、映有を見つめ返し、頷いて見せた。

 

「そう… それで?」

「困惑されていましたが… ご理解頂いて、娘さんにお伝え頂ける、と。続報は、父からお伝えできると思います」

 

「なるほど… 」

 母は慎重に答えながら、まだ考えている。


「映有さん、少しは安心してもらえる?」

 黙って聞いていた映有にシュウが訊ねる。映有もシュウの目を見て頷く。

 

「SNSとかで、変な噂をばら撒かれたりとかは?」

 母が続けた。

 

「今、僕の知る限りでは、特にありません。しかし、この先がどうかは、わかりません。学校も内密にしてくれていますが… 」

「そう… 」

 

「学校生活の中で、映有さんが困るような事態になった時は、僕が全力で対処します。申し訳ありません。今はそうとしか、申し上げられないです」

 今までも、それこそ誰と誰がラブホテルに行ったとかそんな噂話は立っては消えた。付き合っているなら、別段騒ぎ立てる話でもない。周りの友人たちも、そういう意味で大人な対応をしてきた。この話で何か騒がれるとしても、あの二人付き合ってたのか、という程度ではないかと思う。


「… ありがとう… 二人とも、これから大事な時期だしね。心穏やかに勉強に専念して欲しいわ… 」

 母は最後は呟くように言った。

 

「映有、心配ごとはある?」

 母が映有を見る。

 

「大丈夫。何かあっても、仲のいい友だちも、助けてくれるし、やましいことはないから… 」

 母に言うと、母も安心したように頷く。

 

「そう…… じゃあ、この話はおしまいにして、ご飯、注文しようか? 二人とも今日は疲れたでしょ。楽しい話をしながらご飯食べましょう」

 母がそう言うと、シュウもぎこちないながらも笑顔になった。

 

 男子高校生はとてつもなくご飯を食べるものだ、と考えた母が次々と注文したおかげで、テーブルはあっという間に料理で埋めつくされる。

 

「お母さん、さすがに多くない?」

「ウチ、男の子いないしね、よくわからないじゃない。無理しないでいいわよ」

 

「すみません、いっぱい食べます」

 シュウは、学校での映有の様子を面白おかしく、かつ、映有がクラスメイトに頼りにされていることを散りばめながら母に話した。そのおかげで、最初の堅苦しい雰囲気は吹き飛ばされ、緊張感はなくなっていった。

 

 ブブッ

 シュウのスマートフォンが振動する。

 

「あ、父が、駅に着きました。これから、タクシーでこちらに向かいます」

「はーい」

 母はそう答えると、席を立った。





 

「はあ〜」

 母が個室を出ると、映有は声を出した。

 

「緊張した… いろいろありがとう… 」

 シュウを見ると、まあね、という顔だ。

 

「次、ウチの父が来るから… もう一回緊張するでしょ? 今のうちにご飯食べておきなよ」

 シュウはそう言いながら、牛フィレのナントカソース掛けをつまむ。

 

「そうだよね。お父さんこわい人?」

「普通… と思う。普通に厳しい」

 

「え?」

 映有が驚くと、シュウが苦笑いする。

 

「うちの息子を誑かして、って私怒られない?」

「ないない」

 ほら、食べなよと言って、肉の皿を映有の前に置く。

 シュウも映有の母が席を外して、気を緩めたのか、背もたれに体を預け、頭の後ろで手を組んだ。


「僕は怒られたけどね… 映有を巻き込む前に別の対処があっただろう、って」

 牛フィレを口に入れそびれた。映有(はる)と呼ばれた。それは、シュウの父の台詞の引用なのだろうか。それとも、シュウは人知れず、映有と名前呼びしているのだろうか。

 疑問符が頭の中を飛び回っている中、天井を仰ぎながら伸びをしているシュウの足が映有の足の方まで伸びてきた。


「ソース、垂れるよ」

「あ、うん」

 慌てて、フィレを口に運ぶ。


「あのさ、月曜、塾でしょ? 一緒に行こうか?」

「へ?」


「嫌がらせ、されないか心配」

「一緒に居る方が、嫌がらせされそう。私は大丈夫。相手にしないし」

 二次災害に繋がりそうだ。


「もし… 何かあったら、僕が言うから、教えて」

 シュウがそう言い終わると、個室の戸が開く。母、そして、背後にスーツ姿の男性が見える。

 慌てて立ち上がる。


「初めまして。田中映有です… この度は… 」

 映有が言い掛けたところで、シュウの父が口を開いた。

「初めまして、秀の父です。秀がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。不快な思いをさせてしまったこと、お詫び申し上げます」

 愛想のないシュウとは違い、柔和で物腰の落ち着いた男性だ。親の世代の男性に頭を下げられることなど、初めてで映有は戸惑いながら、頭を下げ、大丈夫だと伝えるのが精一杯だった。

 シュウも背が高いが、シュウの父も背が高い。さして広くもない個室で立って挨拶するのは、窮屈で圧迫感がある。


「白鳥さん、座りましょうか… 」

 母の様子を見ると、既に親同士の会話は済んでいるようだった。

 シュウの父はシュウの隣に腰掛けた。

 程なく、店員がビールを持って来て、母とシュウの父の前に置いた。


「映有さん、もしよければ、来週から塾の迎えは私に任せて頂けないですか?車で迎えに行きます」

「え?」

 シュウと二人の時に話していた話と同じだった。


 映有は母の顔を見る。

 母は事前に聞いていたのだろう。驚きもせず、見つめ返してくる。承諾せよとも、断るべきとも、母の表情からは読み取れない。

 続いてシュウの顔を見ると、頷いている。


「いえ、申し訳ないです。そんな大事になさらなくて、大丈夫です… 」


 そこまでして貰う必要はないという点と、シュウの父と片道30分近くを共にするのは気が重いという点の両方で、断る方に天秤が傾く。


「念の為です。年末まででもいかがですか。私たちもその方が安心です」

「僕も一緒に乗るから」

 シュウも口添える。


「電車とバスを乗り継ぐより早いし、ラクだし、安全」

 更にシュウに畳みかけられる。


「それだと、シュウには遠回りだし、時間が勿体ない」

 白鳥父子に負けそうになり、勢いに任せて反論した。

 シュウ、呼び捨てにしてしまったと気づくと、顔が火照る。


「映有… 映有に損はない。僕と父はそうしたい。風有さんにも安心してもらいたいから」

 対角線でシュウに詰め寄られ、頷くしかなかった。彼に口で勝つのは無理な話だった。




   §





「ただいま〜」

 誰もいない部屋に向かって、先に入った母が言う。

 レッドランタンから四人でタクシーに乗り、マンションの前で下ろして貰ったのだ。


「疲れたわ。映有は?」

 母がジャケットを脱ぎながら言う。


「猛烈に疲れた。塾の迎えの話… あれで良かったの?」

 一番気になっていたことだ。


「その方が私も安心よ」

 パタパタと台所と居間を行き来しながら、母が答える。


「それに、断ったら断ったで、余計に気を遣わせそうだとも思った。白鳥くんのお父さん、弁護士でしょ? 口で敵うわけないなと思ったわ」

「え? そうなの?」


「個室に入る前に名刺貰ったから。それより、白鳥くん… イケメン過ぎてびっくりしたわ。本当に、彼氏じゃないの?」

 母の顔を見なくとも、想像がつく。長身で爽やかな顔は、母の好きそうなタイプだ。


「… 付き合ってないし… 」

 冷蔵庫から麦茶ポットを出しながら答える。


「ほお。シュウとか、映有とか呼び合ってて?」

 思わず、手元が狂って、グラスから逸れて麦茶が溢れる。

「普段は、田中さん、白鳥くん、って呼んでる。今日は田中さんも白鳥くんも二人ずつだから、呼び変えただけ」

 ちょっと違った。白鳥くんとは呼んでない。


「ふうん? まあ、彼が真面目な子だとわかって、お母さんは安心しましたよ〜?」

 真面目な(・・・・)

 チャラチャラしたタイプなら、お説教するつもりだったに違いない。


「あ、ちょっと待って。この話、お父さんには… する?」

「したわよ」

 洗濯物を畳みながら、母が怖いことを言う。


「もう? お父さん… 何て?」

「週末帰ってきたら、白鳥くんちに殴り込みに行くって」

「え! お母さん、どういう説明したの?!」

 この話をどう受け取るとそうなるのだろう。早とちりにも程がある。


「殴り込みに、は冗談よ。ひとまず、父親が顔を出すことに意味があるのよ… 」

 もやしっ子のような研究者の父を思い浮かべると頼りない。母の方がよほど、世間慣れしているし、はっきり物を言うタイプだ。


「お父さんの話はともかく… 真面目な話をすると… あなたが、学校とか塾とかで嫌な思いをしないかを心配してる。当事者間の問題じゃなく、噂とか、いろいろあるでしょ。もし、嫌なことがあったら、学校も休んでいいから。先生とも話をしたの。卒業まで休んでも、出席日数は何とでもなるって」

 レッドランタンでも、母はそれを気にしていた。嫌な思いをしたことはないが、映有がSNSをやらない理由はこういうところもある。他人の噂話も揶揄いも、現実のコミュニケーションよりも大きく作用する。


「…うん」

 授業をサボった後、教室に戻ったが、誰からも何も言われていない。変な噂が立ったら、かすみがすぐに連絡をくれるだろう。不安になって何時間か触っていなかったスマートフォンを取り出すが、かすみからのLANEは来ていない。


「嫌な目に合うぐらいなら、塾も辞めてもいいわ」

「辞めたいなって思ったら言うよ」

 この時期に塾を辞めてペースを崩すのは避けたい。そう考えると、白鳥親子の申し出は映有を守るためには必要なことだったのかもしれない。


「我慢しないでよ?」

 念を押す母に頷いて見せる。


「じゃ、遅いから、早くお風呂入んなさい」

 肝が据わっている母の対応はありがたい。過剰な詮索も介入もない。


 ありがと… 照れ隠しに小さめに呟いた。




 

 脱衣所で一人になると、スマートフォンを取り出す。無意識にPpayアプリを開く。


ーーーーーー

SHU: 今日はいろいろごめん、ありがとう

ーーーーーー

 五分前にSHUからメッセージが届いていた。



ーーーーーー

AU: こちらこそ、ありがとう、いろいろごめん(sweat droplets)

ーーーーーー

 親の前では話せなかったことも含めて、話し足りないが、テキストで打ち合うようなことでもない。

 しかし、メッセージの着信通知が出ない不便さは、そろそろ解消してもよいような気がする。


"これだと、メッセージの着信通知出ないから、LANE交換しよ"

 打ち込んでみるが、送信ボタンが押せない。


ーーーーーー

SHU: ゆっくり休んで。おやすみ

ーーーーーー

 先にシュウから返事が来てしまう。


 打ち込んだ文字を消す。

ーーーーーー

AU: おやすみ(zzz) また明日ね!

ーーーーーー

SHU: (saluting face)

ーーーーーー



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