19 Interlude 彼女の方へ
図書室で言葉を交わした彼女の印象と友人らに囲まれて過ごす彼女の印象はかけ離れていた。それが、彼女に興味を持った理由の一つでもあるが、どちらが彼女の素に近いのか興味があった。
一年半以上、彼女を遠巻きに見てきた。槙村に指摘されて以降は、意識的に近づかないようにしていた。バスケットボールと勉強に意識を集中して過ごしたかったからでもある。
三年に進級し、田中映有の名前を同じクラスに見つけた時は複雑な気持ちだった。時折、視界に入ってくる彼女の陽気な一面が日常のささやかな憩いであったのに、毎日のように同じ空間で過ごすとなると、取れていた心の均衡が崩れるのではないかと不安に感じた。
それでも、受験を控えた最終学年の生活は誰もが勉強を優先していて、穏やかに数ヶ月が過ぎて行った。夏休み明けのあの日までは。
§
「エーユー、仕入れでいい?」
文化祭の役割決めのホームルームで、金谷が二度、彼女の名を呼んだ時、彼女は上の空だった。
横目でちらりとそちらを向くと、窓の方をぼんやり眺める彼女の姿が目に入る。名を呼ばれたことに気づいてないと思い、そのまま彼女を見つめ続けると、シュウに焦点が合い、視線を合わせたままぼうっとしている。
ホワイトボードの方に彼女の注意を向けようと、前方に首を傾けるが、意図が伝わる前に彼女は友人に声を掛けられ、慌てて前を向いた。
ホームルームが終わっても、漫然とした様子で帰宅準備をしているのが気に掛かった。楢崎が彼女に話しかけるのを見て、心配する役割は自分ではないと思ったが、二人がシュウのロッカーの前で話し込んでいるため、帰るに帰れない。
楢崎と話し終わるのを見届け、ロッカーに近づく。
この時点で、同じクラスになって四ヶ月経っていたが、ろくに話したことがなかった。すれ違う時、目を伏せたまま微かに彼女の口元が動くのは、挨拶の一つのようにも思えたが、確信を持てるほどではない。
覚悟を決めなければ、話し掛けられないほど、無意識の内に距離を置いていたことを改めて認識する。
しかし、用件があるのだから、と意を決して話し掛ける。
無駄に引き延ばすつもりはなかったが、会話が続く。
「同じクラスなのにね… 今まで喋ったことなかったし… 」
田中映有の言い草に苦笑した。過去に喋ったことについては、すっかり忘れているようだった。
「実力考査、どうだった?」
二人で教室を出る。ぼんやりしていると思っていたが、おそらく熱でもあるのだろう。顔には赤みが差しているし、そっと触れた手のひらは熱かった。
「うーん… 午後は、集中力切れちゃった。日本史と数学ね… 日本史はやっつけだから、しょうがないんだけど… 数学は、頭が回ってないなって… 途中で焦った」
やっぱり、体調が悪いのだ。彼女が歩く速度に合わせているが、どんな恋人同士でももっとマシな速さで歩くだろうとツッコミたくなるほどの遅さである。
「ウチの実力考査の難易度は鬼だしね。下手な自信を打ち砕くために難しくしてるよね」
答えてみても、上の空のようだ。
「あのさ… 具合悪そう。リュック貸して」
「え?」
ぼんやりした目で、見つめ返される。
「貸してみて」
重ねて言うと、素直にリュックを渡してくる。
「自転車で帰る? 自転車はやめな… バスか何かで帰れる?」
「え?」
「多分、熱あるでしょ?」
「そっかな、だるいし、眠い」
彼女は自分の手の甲を額に当てながら、無防備にあくびする。
「バス、何番?」
「遠回りだし、本数少ないの」
考えて答えるというより、シュウの質問に対し、反射的に打ち返しているだけで、頭は回ってなさそうだ。
「で、何番?」
「76番」
「バス停は?」
「桜台3丁目」
自転車置き場に寄るのはやめ、スマートフォンで76番のバス停を探すと、駅よりも手前にある。しかし、確かに三十分近く待たなければ、バスは来ない。ひとまず、ぼんやりしている田中映有を誘導してバス停に辿り着いたが、彼女はすぐさまベンチに座り込んでしまう。
慌てて隣に座り、転がり落ちないように肩で壁を作った。制服越しにも、熱いのがわかる。香ってくる優しいフローラルの香りが、あの時の青いタオルだったのかと思うと、やはり、受け取れば良かったかと思う。
「家に誰かいる?」
その問いかけには返事はなく、規則的に肩が上下するだけだった。




