18 修正された軌道
週末を挟んで、気持ちを切り替えたものの、シュウと顔を合わせるのは気まずい。勝手にそう思っている。
この数ヶ月、人間関係に振り回されすぎている。大きくなりすぎた感情を抑えて、適切な距離に戻したい。だから、シュウのことは、頭から追い出したい。邪心、雑念、下心に打ち克て、受験生。
散々、シミュレーションした。
文化祭では、二人で写真展に行った。翌日、浴衣で写真を撮った。何となくいい雰囲気が出来上がっていたものの、その後は、シュウと顔を合わせておらず、アオイともっといい雰囲気なシュウを見つけて、一人で自暴自棄になってパニックになった。いい雰囲気は、映有の勘違い、独りよがりだと思ったからだ。
しかし、その後、槙村からシュウを信じろというようなことを言われた。シュウから言われたわけではない。あくまで、槙村の主観であり予想だ。
単なるクラスメイトぐらいの立ち位置が客観的な評価だろう。槙村に乗せられて、少しばかり仲の良いクラスメイト、と考えるのは甘い評価だ。
シュウと最後に話した時の、単なるクラスメイトの距離感を保てばよい。やっさんや、楢崎のような、顔を合わせた時に他愛のない会話をするクラスメイト。そう定義してみると、今までのシュウとの関係だって、それと変わらない気がする。何の気なく手に触れてくる無頓着野郎なのだ。それに踊らされてはいけない。とんだ一人芝居だ。
ふう…
小さく息を吐き出して、地下鉄を降りた。
シュウは最近はいつも時間ギリギリに教室に入ってくる。だから、早めに家を出た。登校のピーク前なら、出くわす可能性は低い。
怪我以降、電車通学が続いているため、イヤホンをして地下鉄に乗るようにしている。そうすれば、英語を聞いているのかな、と気を遣って話しかけてくる友人はいない、と電車通学のエキスパートであるかすみに言われたからだ。
しかし、英語のリスニングにも集中できず、気分転換のために音楽に切り替えて歩き始めた。
冬服に衣替えしたばかりの頃は暑いと思っていたが、いつの間に涼しい秋の風が吹き始めた。今はまだ緑のイチョウの葉が落ちる頃には、受験の本番がやって来ると考えると、腹の底までひやりとする。
まだ人が疎らなイチョウ並木をぼんやりと歩いていると、不意に肩に何かが触れた。
触れられた肩の先に、映有を覗き込むシュウの顔があった。慌てて、イヤホンを外して答える。
「おはよう」
シュウを避けるために早く出たのに、である。
「イヤホンしてるの見えなかった。邪魔してごめん」
「あ、大丈夫。音楽聴いてただけ… 」
いつも使っていた白い安物のイヤホンには、シュウから貰ったイヤホンカバーが付いている。何となく、シュウに貰ったものを避け、今朝は母のワイヤレスイヤホンを急遽拝借してきたのだ。これでは、英語勉強中のアピールになっていなかった、と改めて気づく。
「何聴いてるの?」
再生を停止したいが、使い慣れないワイヤレスイヤホンの本体側での止め方がわからない。慌てて取り出したスマートフォンをシュウが覗き込む。
「いや… 内緒…」
思わず画面を隠す。
「Spiritify?」
「うん」
シュウをやっさんだと思って喋ればよい。他愛ない会話だ。
「邦楽?」
「最近は洋楽が多いかな… リスニングがてら。ポッドキャストとかも聞くよ」
「へえ。おすすめシェアしてよ。僕も使ってる」
スマートフォンを取り出すシュウを眺めると、どこを切り取ってもやっさんには見えなかった。調子が狂う。これは、やっさんだと脳みそに叩き込む。
「シェア? やったことない… 」
「こんな感じ… 」
シュウがスマートフォンの画面を差し出す。映有も聴くアーティストの名前が並んでいる。
「あ、連絡先… がないと送れなかった… 」
画面を操作しながら、シュウが笑う。
文化祭用のアプリは週末に削除済みだ。本当に連絡先が一つもない。
「この前、ジュース代払ってもらったとき、P-payで送金したから、P-payのメッセージなら使えるか… 」
シュウが呟きながらリンクを送信しようとする。
映有がモタモタしているうちに、P-payでリンクが送信される。
「受信してるか見てみて」
シュウが言う。
「着信の通知ないけど… 待って… 届いてる。リンクはアクティブじゃないから、コピペして… 」
映有がスマートフォンを操作しているのを繁々と見ている。
「めんどくさそうだね、LANE… 交換する?」
シュウが言う。見上げると、こともなげに言っているではないか。受験のカタがつくまで、LANEは本当に親しい友人としかやらないことにした、とシュウに話したことがあるのにである。当然、やっさんともLANEはやってない。
親しい友人?
やっさんにも教えていない。いや、シュウはやっさんではない、いや、やっさんだ、と頭の中でもたついて、返事がすぐに出て来ない。そうこうするうちに、ブラウザに貼り付けたURLが読み込まれ、表示されたのは、"Really really like you" という数年前に流行った曲だった。
その曲の歌詞を思い浮かべて、頭と手が止まる。
これを選んだ意味?
ザッザッザッ
「おはよ!」
足音と共に現れたのは、やっさんだった。
二つの処理しきれない問題を考えるには、時間稼ぎが必要である。やっさんは救世主だった。
「おはよう!」
「うす」
微妙に開いていた二人の間に割り込むようにやっさんが並ぶ。
「なあなあ、聞いて! なんとっ!」
合流するなりやっさんのペースに巻き込まれた。
「先月の模試、B判定だった!!」
それは、おめでとう、なのか、残念、なのか微妙なところだ。話ぶりから、おめでとうのようだが、リアクションを取る前に、念のため、やっさんの向こう側にいるシュウの顔色を窺う。すると、目が頷いた。
「良かったな!C脱出じゃん!」
シュウが、先におめでとう路線を示す。映有にわかるような言い方をして、ちらりと映有にも目配せする。
「良かったね!」
便乗して褒め称えた。
「だろ? 願掛けした甲斐があったよ」
「願掛け?」
粗野なやっさんにしてはずいぶん可愛らしいことをしている。
「人の役に立つことをすれば、俺にもいいコトあるだろって」
「ほお… 例えば?」
やっさんにしては、まともな話が始まりそうだ。先ほどのシュウとの会話を頭から追い払うにはちょうどいい。
「購買でかすみにパン買ってきてやったり? シュウのために席変わってやったり? あとは… 」
やっさんは顎に手を当て、思い出しながら答える。
「おい!」
「ちっちゃ!」
シュウと映有は同時にツッコミを入れる。
「ま、そんな願掛けのおかげではなく、俺様の実力かな〜。謙遜してる場合じゃないな」
ツッコミにも動じず、悦に入った様子でやっさんは話し続ける。
「実力も運の内、って言うしね」
ニヤニヤしているやっさんに水を掛ける。
「おい、エーユー! 逆じゃね?」
「胡座かいて、成績落ちないように、ピシッと言ってくれる友達、大事でしょ?」
「まあな〜 エーユーには敵わん」
やっさんが大口を開けて笑う。その先のシュウの笑い顔も見える。
まだ手に握りしめていたスマートフォンをそっとポケットにしまう。やっさん越しにシュウを見ると、彼のスマートフォンも既に内ポケットにしまわれている。
やっさんのおかげでうやむやになった話題は、うやむやにして良かったのだ。結果的に和ませてくれたやっさんに感謝した。




