17 呼び止められた帰り道
「ハル! 着替えちゃったの?」
教室に戻ると、かすみが待ち構えていた。
「うん。後夜祭の前に帰る」
「え?! 何で?」
「何でも、何も… ホラ」
映有はかすみに包帯の手を見せる。
「ん?」
「キャンプファイヤー、フォークダンスあるし、この手では参加できないから」
かすみは映有の包帯の巻かれた方の手首に手を両手を添える。
「そういう問題じゃない。フォークダンスはメインじゃないから。火を囲んで歌う。そっちがメインだよ」
かすみと一緒にいたい気持ちはある。しかし、映有の精神状態としては、盛り下がった後、盛り上がったフリをして、疲労困憊だった。
「ごめん… 疲れちゃったから、帰るよ 」
かすみを目の前にすると、また社交スイッチが切れてしまう。
がっかりした表情のかすみの肩に手を掛け、精一杯の笑顔を作って、言葉をひねり出す。
「かすみは楽しんで来て!」
「しょうがないな。顔色良くないもんね… ハルはゆっくり休んで」
かすみが納得するのを確かめると、急いで教室を飛び出した。
§
後夜祭へと向かう生徒の波とかち合わないよう、校門へと一目散に向かっていると、呼び止める声がする。
「あ! エーユー!」
校舎脇の倉庫の中から、槙村が顔を出す。
「お疲れ様! また来週!」
話が続かないように、手を振って答える。
「あ、待って待って!」
槙村が慌てて、飛び出して来る。
渡り廊下で、動揺した姿を見せているだけに、今は特に槙村とは話したくない。
「あのさ… えっと… 」
映有を呼び止めておいて、槙村はしどろもどろになる。
「… そうだ、後夜祭は出ないの?」
「うん… 今日は疲れちゃったし、この手だし、帰るよ」
包帯を巻いた手を見せる。免罪符だ。
「そうか… シュウと話さないで帰る?」
槙村は落ち着かない感じで言う。
「何で?」
わざわざ、シュウの話題を持ち出してこないで欲しい。
「… なんか、誤解してるんじゃないかと思ってさ… 」
「そんなことないでしょ」
アオイとシュウの関係を誤解している、と言うのか。誤解だろうが何だろうが、アレに傷ついたり、動揺した自分にショックを受けているのだ。誤解かどうかは、二の次の問題だ。
「そんなこと… あると、俺は思う… 」
「私には関係のないことだよ」
映有は、口に出して思った。何が関係ない、と言ったのだろう。映有の口走った意味に槙村が気づかないといい。
「ごめん。病院、行かなくちゃだし、ちょっと急いでるの」
映有は無理に笑い飛ばす。
「これでも、俺はシュウの親友なんで、アイツがエーユーに優しいのは、特別だって思ってる。それをエーユーに知ってもらいたい」
槙村は道化師である。場の雰囲気を変える天才的な才能がある。一方で、本音のよくわからないところがある。クラスメイトとして、仲良くしていた時でさえ、真面目な話をしたことがない。
だから、槙村のこの発言の異質感は引っかかる。
「… 槙村くんの考察はわかった。でも、"人はいさ 心も知らず" 」
根拠のない期待持たせは迷惑だ。槙村の常套手段を真似て、冗談っぽくまぜっ返した。
親友だからと言ってわかるだろうか。映有のもやもやした気持ちをかすみは気づいているだろうか、映有がシュウを特別視していると。そこまで考えて、確かに、既にかすみが気づいていることに思い当たる。槙村はそこまで勘のいい男だろうか。勘が鈍ければ道化はできないかもしれない。
「あ… そうやって理系に通じないギャグ言う?」
「ギャグじゃないし… 」
ギャグである。道化では槙村には勝てない。
「じゃあ、考察じゃなくて、事実な。あの女の子はフラれて帰って行ったよ。これは信じる?」
槙村は、映有がどう答えようが、言いたいことを最後まで言うつもりのようだ。今、聞きたい話じゃない。また、熱くなる目頭と戦うのは御免だ。
数時間前からの浮き沈みの原因が解消されて、喜んでいいものか。
受験前に恋なんてしたくない。今の感情は見て見ぬフリをしたい。
マイナスをプラスに転じさせてはいけない。ゼロに戻すだけにすべきだ。それが、プラスに転じると、気持ちを伝えたいとか、気持ちを返して欲しいとか、ただ返すだけでなく、もっと、もっとと、際限なく貪欲になるに違いない。
いや、だから、これは恋ではない、と映有は自分に言い聞かせる。
「… 槙村くんは、私と彼をくっつけようとしてる?」
足の裏全部で踏ん張って前に進まないようにしているのに、背中を押されてはたまらない。
「質問に質問で返す?!」
槙村は苦笑いして続ける。
「言いたいのは、アレはアレなりに、誠意を持って、エーユーと接してるから、誤解したりしないで、真摯に向き合って欲しいってこと」
「わかった。ありがとう。私も、誠意は持ってる… 」
とっくに誠意なんかは通り越している。泣きたくなるほど、真摯だ。責められる筋合いはない。
「ご理解ありがとな! で、シュウが後夜祭の誘いに来るのは、待ってくれない?」
百歩譲って、今日の光景が誤解だったとして、シュウが映有を誘いに来るとは思わない。今の彼の優先順位はそれではないはずだ。映有と同じく。
「今来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな じゃあね!」
待ってても来ないでしょ、の意味で百人一首で返す。
「アイツは有明の君かよ!」
踵を返した映有の背中に槙村の言葉が飛んでくる。
思わず、振り返って槙村を見るが、何を言ったかわかっていないようだ。
「… 理系にしては、古文のセンスあるじゃん!」
「古文のセンス?」
狐につままれた顔の槙村を置いて、映有は今度こそ立ち去った。
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SHU: お前、意味わかってない。有明の君=源氏物語の朧月夜・六条御息所。有明の君と光源氏との出会いの歌、「照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の 朧月夜に しくものぞなき」は、晴れでも曇りでもない春の朧月夜は最高、って話。
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マキ: 解説されても、わかんね! はっきりしない態度のお前が最高って意味? エーユーが朧月夜? どっちだよ?!
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SHU: 余計なお世話いろいろ言ってくれてどうもな…
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マキ: エーユー帰ったよ。シュウももう倉庫から出てきていいぞ!
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人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける
紀貫之
今来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな
素性法師
照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の 朧月夜に しくものぞなき
大江千里




