16 さすらいの道
翌日の文化祭の一般公開は、多くの客で賑わった。在校生の家族、幅広い年代の卒業生、進学希望の中学生、そして他校生。
開始時刻からひっきりなしに楢崎の元へ訪れる女子高生の群れ。どこからどこまでが同じ群れかの判別もできないほどやって来る。おかげで、初日を上回るペースでわらび餅も飲み物も売れていく。
「楢崎パワー、すげー」
呼び込みをするまでもない、とばかりにかすみはサボっている。
映有と共に満員御礼の教室の前で群れを眺める。
「おっと! 浴衣のお嬢さんたち、写真を撮りませんか?」
調子良く声を掛けて来たのは、やっさんだった。
「あんたか… 」
同じ中学同士の気安さでかすみが答える。
「俺も、今日は浴衣!」
やっさんはお父さんの浴衣らしき渋い柄の浴衣を着ている。
「ちょっと、だらしないよ。これじゃ、温泉上がりのおじさんじゃん」
かすみが、浴衣の襟を引っ張り、やっさんの着崩れた浴衣を直す。
「いやん! かすみ、どこに手入れるんだよッ」
「アホなこと、言わない。あんたのばあさんの手と思え」
「かすみばあちゃん、こえぇ!」
「誰がばあちゃんよッ!」
かすみとやっさんの掛け合いは一年の時から変わらない。
「おッ! やっさ〜ん!」
三人で笑い転げているところに、槙村がやって来た。槙村はカッターシャツに蝶ネクタイだ。模擬店は執事カフェだったか。髪はワックスでテカテカに艶出しされ、縁無しメガネまで掛けている。普段隠れている額が出ると、意外と整った顔立ちだったのか、と見直す。
「マッキー、聞いてよ、かすみ婆が遣り手でよッ! イテッ」
戯けたやっさんに、かすみの鉄拳が下る。
「写真撮ろうよ、せっかくみんな浴衣なんだから」
槙村がスマートフォンを取り出す。
「そのつもりで、コイツの着崩れ直してたんだよ」
かすみがやっさんの浴衣を直し終えると、四人でぎゅうぎゅうになりながら、画角に入る。
パシャ
「せっかくだから、全身入れようよ」
自撮りでは限界がある。せっかくの浴衣はほとんど映らない。
「おーい、シュウ! 撮って!」
離れた場所にいるシュウを槙村が呼ぶと、人混みを縫うようにやって来る。今日はシュウも浴衣だった。
「はーい。もう少し寄って」
往来する人々に押されながら、シュウがシャッターを何度か切る。
「あ、私のでも撮ってくれる?」
映有は浴衣の帯に挟んでいたスマートフォンを取り出した。LANEを友達に公開していないだけに、写真のやり取りは避けていた。自分のスマートフォンで撮るのが一番だ。
シュウにスマートフォンを差し出すと、差し出した映有の指にシュウが触れる。かすみが二人の手元を凝視しているのに気づき、慌てて手を引っ込めた。
「じゃあ、シュウ、入んなよ」
槙村とシュウが場所を入れ替わり、映有のスマートフォンは槙村の手に渡る。
「じゃ、撮るよ〜」
槙村が声を掛けると、隣にいたはずのやっさんがふらふらと居なくなる。
「エーユー、こっち見て!」
槙村に言われてカメラを見ると、何となしに左側に引き寄せられた。
パシャ パシャ
「もう一枚!」
パシャ
手元に戻って来たスマートフォンには、居なくなったやっさんの後ろ姿、不自然に見切れているかすみ。そして、真ん中に寄り添うシュウと映有の姿が写っていた。
§
楢崎パワーにより初日より早く完売し、模擬店は店仕舞いした。
相変わらず、楢崎の周りには女子が集まり、撮影大会が続いている。
後片付けが今日中に終わらなければ、日曜も登校する羽目になる。三年生はみな、手際よく片付けに徹していた。間もなく、一般客は退出の時間だ。
夕方からは在校生だけで後夜祭だ。
負傷者の映有は何もしなくていい、と皆が言うが、それも手持ち無沙汰で、拭き掃除をしているが、それももう殆どやり終えた。
かすみは吹奏楽部の仲間とどこかに行ってしまったし、教室のクラスメイトたちは忙しなく働いている。
ふらりと教室を出ると、渡り廊下に出る。風が気持ちよいし、学校の風景をのんびりと目に焼き付けておく機会はそうそうないかもしれない。
文化祭は三年生にとって、高校最後のイベントで、あとは勉強しかない。かすみは、文化祭は恋人たちのターニングポイントだと言ったが、ターニングポイントは恋人たちだけの話じゃない。やっさんにしろ、槙村にしろ、シュウにしろ、皆が楽しい思い出を形に残そうとしている。これが最後だと感じているからだ。
中庭では一年生たちが馬鹿騒ぎしている。階下の二年生たちは、中庭に向けてクラッカーや花吹雪、シャボン玉を舞わせている。儚くも美しく、喜びに満ちた青春の景色だった。三年間なんてあっという間だ。最後の三ヶ月など、ほとんど登校すらしないかもしれない。クラス全員が顔を合わせるのは、年内ぐらいだろう。
もっとたくさんの同級生と仲良くなっていたら、また違う高校生活だったかもしれない。例えば… シュウともっと早く仲良くなっていたら?
「なんとなくセンチメンタル?」
不意に話しかけられ、声の方を振り返ると槙村が立っていた。
昔のベストセラーのタイトルを文字っている。
「先行き不透明なセンチメンタル… 高校生活あっという間だったなあ、って」
「三年生も折り返したしね… あとは受験が待つばかり、ってか」
槙村が戯ける。
「エーユーは、東京?」
「そのつもり。槙村くんは?」
「俺は… 共通テスト次第だな〜 今のところ、第一志望は難しそう。国立の工学部縛りで、これからの成績の伸び次第で柔軟に考える」
「そっか… 伸びるよ! ぐんぐん伸ばそ!」
「エーユーのそうゆうとこ、好きだわ。エーユーについて行けば、何でもできそ。励ますの上手いよ」
槙村が声を上げて笑う。
階下では一般客がぞろぞろと校門に向かい始めた。そろそろ公開終了の時間だ。
「あ、やっべ。妹が来てたのに、ほったらかしてた。アレ、うちの妹」
槙村が指差す方向に中学生らしき女の子が数人いる。
「ウチの高校に入りたいんだと。ちょっとバカだからな、危ない。やる気出させようと思って呼んだんだよな」
槙村が呟く。
「兄の背中を見て、頑張るでしょ?」
「だといいけど… 」
槙村の妹が、渡り廊下の兄に気付き、大きく手を振る。槙村もまんざらでもなさそうに、妹に手のひらを見せて応える。仲の良さそうな兄妹だ。
「あ… 」
槙村の妹のすぐ傍にシュウがいる。シュウが一瞬、渡り廊下を見上げた時、映有は槙村兄妹のやり取りを真似て、手のひらを見せた。しかし、シュウは気づかない。
他校の制服を着た女子に先導され、シュウは中庭の片隅で立ち止まる。
女は、アオイだ。二人が距離を縮めて話している姿が目に飛び込んできた。急に内臓が締め付けられる感覚に襲われる。
やっぱり、似合いだ。
髪が茶色く二重のはっきりした映有は、黒髪で色白で涼しげな目元のアオイのような顔に憧れる。今の流行りの顔だ。完全な敗北だ。勝ち目など一欠片も感じない。
勝ち目… 何の、だ。
「… エーユー?」
槙村はシュウに気づいたのか、映有の様子に気づいたのか。
「気がつかなかったね。この手の遣り場に困るなあ〜」
小さく上げていた手で握り拳を作ると、映有は槙村にパンチを繰り出す。
「わッ」
槙村が手のひらでパンチを受け止めようとするが、映有は手のひらに当たる直前で拳を止める。
「妹ちゃん、受かるといいね!」
じゃあね、と槙村に告げ、教室に足を向けた。目頭が熱い。熱くてたまらなかった。
§
槙村と別れた後、結局教室には戻らなかった。
気持ちと目頭は連動している。トイレに掛け込み、暫くすると、熱が引いていった。涙が流れたら負けだと、食いしばった。
気持ちを立て直すと、"エーユーについて行けば、何でもできそう"なエーユーを全開にして、片っ端から教室を訪ねた。今まで、仲良くしてきた友達と写真を撮りまくった。暫く話をしてなかった友人とも喋りまくった。
皆が知っているエーユー、社交スイッチを入れた映有を大盤振る舞いした。
受験勉強は映有の交友関係をどんどん狭めて行った。そして、狭めた先でシュウに出会って、心が不安定になった。シュウに対して気を許し過ぎて、自分の弱いところが前面に出て、無防備になっているのだ。社交スイッチの入れ方さえ、忘れてしまうところだった。
自分が気を許した相手が、自分に気を許していないことに傷ついた。気を許す、なんて真似をしたから、傷ついたのだ。
映有のスマートフォンはたくさんの写真で埋まった。シュウとの不自然なツーショットをたくさんの写真で埋もれさせて、やっと心の平穏が訪れた。




