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13 Interlude 乙女の光 1


 

 泰から聞いた話を思い出し、気に病む必要はない、と田中映有を励ましたい気持ちもなくはなかったが、他人の色恋沙汰に介入する性分でもない。そもそも、女たちの噂話や評判などはシュウの耳に入ることはなかった。それに、時折、見かける彼女は友人に囲まれて、元気溌剌そのもので、いつしかその話さえ記憶から薄れていった。


 二年に進級し、大谷泰と同じクラスになる。彼の幼馴染と田中映有が仲良くしており、二人が泰を訪ねてくる機会があった。その時、真っ先に思ったのは、プルーストの進捗だった。しかし、当の田中映有はシュウと会話したことも覚えていないのか、視線が合うこともなかった。


 彼女が訪ねてきた折に、いずれ話す機会もあるだろうと思っていたが、そんな機会は来なかった。何故なら、泰と彼女らのパワーバランスとして、馳せ参じるのは泰の方で、彼女らが来たのは冷やかしの最初の一度だけだった。それに気づいたのは数ヶ月してからだった。



「シュウ、何にするの?」

 初夏のクラス対抗の球技大会の話だった。バレーボール、バスケットボール、サッカー、卓球の四種目でそれぞれ男子、女子、混合があり、それぞれ四つの部活動に所属する生徒は種目ごとに出場人数に制限がある。


「何でもいいかな… 」

 勝ちを狙いに行くクラスはバスケ部はバスケに、などの要請があり、部員にはほとんど選択権はない。


「相変わらず、冷めてるよな… 」

 泰がツッコミを入れる。


「バスケもバレーも制限人数越えるほどいないし」

 各部活の主力メンバーが偏っていれば、勝ちに行く場合もあるが、基本は交流目的のレクリエーションである。教室を見渡しても、楽しくやるという方向性のクラスだった。


「何で球技大会に野球はねえんだろうなあ、俺様の見せ場がない」

 泰が愚痴る。


「やっさん、野球があったとしても、キャッチャーじゃ見せ場らしい見せ場はないから… 」

 近くで二人の会話を聞いていた石田らんが泰を諭す。


「野球をわかってねぇなぁ… 」

 短髪をガシガシしながら、泰が答える。


「やっさんは去年、何に出たの?」

「俺、運動神経のないかすみと混合卓球。罰ゲームみたいなヤツ」

 石田が泰の話相手を引き受けたため、シュウは手元の本に視線を落とす。


「去年の三組、猛者揃いの組じゃなかった?」

「そうそう。楢崎とかてっしーとかじゅんとか、テニス部連中がバレー部とかサッカー部並みの働きしたからなあ… 」


「女子も、バスケ部とかバレー部だらけだったじゃん?」

「そそ。帰宅部のエーユーが実は中学ん時、バレーのアタッカーだったし」


 突然、「エーユー」の名前が出て、聞くつもりのなかった話に耳をそば立てる。シュウは去年はサッカーに出ていたし、体育館の種目には応援すらしに行かなかった。


「あ、思い出した!混合バレーで優勝してたじゃん!」

「楢崎、じゅん、エーユー、あと、男バレの坂井、女バレの木口と山辺、バレーは主力を混合に固める作戦だった」


「楢崎、何やらせても卒なくこなすよね… 今年は下級生から写真撮らせてくださいの行列できるね」

「ツラがいいからな、アイツ」


「楢崎とエーユー、むっちゃ仲いいよね? アレってやっぱり?」

「いやいや、あいつら、中学同じだから距離感アレだけど、男女の仲じゃない。それは間違いない」

 楢崎とは親しくないが、テニス部の人気者であることは知っている。よく女子に囲まれているのを見かける。それとは別に、田中映有とも連れ立って歩いているのを見たことがある。しかし、シュウの目には、楢崎と彼女はそういう関係には見えなかった。


「男女の仲、って、おっさんクサッ」

「ちなみに、俺とかすみも同中。ほとんど親戚扱い、な」


「それ、聞かなくてもわかるわ… あ、白鳥くんは同じ中学の子いるの?」

 ぼんやりしていると、シュウにも話題が振られる。


「…いない」

「あ、附属だったっけ」

 市内にいくつか附属中はあるが、シュウの通っていた中学は内部進学できる高校はない。全員が外部進学するが、シュウの住んでいるエリアに同級生は少なく、同じ高校に進学する生徒はいなかった。


「で、どうする球技大会?」

 泰が話を戻す。


「俺、バスケにするわ」

「お? 男前を見せつけに行く?」

 泰が茶化す。

 楢崎の話が少々気になったせいか、少しばかりの存在感を誇示したいというエゴが先に立った。口に出した矢先に後悔した。


「やっさんは?」

「きゃあきゃあ言う感じの混合にする。バレーか卓球? バスケとかサッカー出ると、野球部走りって馬鹿にされっから」


 泰の発言に石田が爆笑している内に本鈴がなり、会話はそこで終わった。



   §




 球技大会当日、プログラムが配られると、読みが大きく外れていたことに気付かされる。


 田中映有は混合卓球、彼女の組は勝ち点を稼ぐため、卓球に主力メンバーを揃える作戦だった。対してシュウの組は主力をサッカーに据えた。


「うーん、今年は一組の戦法がエグいな〜 花形種目を捨ててんのかな… 」

 泰が呟く。


「捨ててないよ。サッカー見てみ。キーパーはサッカー部じゃん。多分、一組、運動神経レベルが元々高いんだと思う。名前見る限り、文化部とか帰宅部少ないもん」

 石田が答える。


「そか。あ、エーユー、混合卓球だ… マッキーとペアか。勝ちに来てるわ… らんちゃん、俺ら、二回戦で当たっちゃうし… 」

「一回戦、勝てればね… 卓球部ペアだもん。絶対無理ゲーだよ。さ、一回戦始まるし、行くよ」

「全然、きゃあきゃあ言えねぇ卓球じゃーん!俺、温泉卓球がやりたかったのにな… 」

 二人に促され、シュウも立ち上がった。

 






 泰と石田のペアは善戦していた。相手は卓球部ペアと言えども一年生で、泰の反射神経と石田の頭脳プレイでかろうじて一ゲーム取れた。とは言え、今のこのゲームを取られるとゲームセットだ。


「お、シュウ」

 槙村が泰たちの観戦にやって来た。


「次、ここの勝者と当たるから下見」

「1-2だから、次取られると終わり」

 戦況を説明する。


「5ゲームだと、進行めっちゃ早いよな」

 槙村と一緒に来たであろう田中映有は最前列で誰かと話しながら見ている。


「お前は?バスケ?」

 シュウのバスケットシューズを見ながら槙村が呟く。

「そ」


「珍し。一戦目は?」

「隣のコート、次の次。いきなり三年と」


「ほう。メンバーは?」

「バスケ部が二人。あとはどうかな… 相手は三人バスケ部。結構キツい対戦」

 槙村は自分で訊ねたくせに、さほど興味なさそうに頷いた。


「俺のペア、紹介する?」

 槙村が頷く。

「え?」


「前の方にいる、茶色い髪、黒い髪飾りついてる子、エーユー」

 槙村が彼女の後ろ姿を説明しながら言う。


 唐突な話に眉を顰める。

「俺の目は節穴じゃないんだな、これが。目で追ってんの知ってるぞ」

「… え?」

 ちらりと槙村を見下ろすと、ニヤついている。


「人見知りなんかな… クラスメイトには打ち解けるけど、そうでない人には興味ないのか、紹介しないと友達にはなれんタイプ」

 小声で槙村が言う。


 確かに今までに二度、話してはいるが、廊下ですれ違っても、完全に他人扱いだった。


「そういうんじゃないけど?」

「いやいや。お前、女子の顔と名前一致しないタイプじゃん。人混みで人を見分けようとしないし。今、黒い髪飾りっつったら、エーユーの後ろ姿見分けたじゃん」

 嫌な汗が額に滲む。そんなにあからさまだっただろうか。相手は旧知の槙村だ。ちょっとしたことでも気づいて当然かもしれない。


「紹介しなくていい」

「ほんとに?」

 槙村が脇を小突いてくる。

「二年になってから、何人かに紹介しろって頼まれるぐらいには人気あるぜ?」

「で、どうなった?」

「… やあ友?」

 槙村が聞き慣れない単語を使うが、言い直せと目で訴える。


「会えば、やあ、って挨拶する仲だよ」

「意味ない」

 話してみたいという気がないわけではないが、やあ友(・・・)になりたいわけではない。


「やあ、から始まる交友関係も悪くないと思うけど?」

「意味ない」


 二度も言うか、と肩を竦めながら槙村は田中映有の元へ移動していった。



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