12 陽だまりの散歩道
ブブッ
文化祭用のSleckが受信を知らせる。
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SHU: あと10分で着く。何階の自習室?
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AU: 304 後ろから2列目の右端
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放課後、文化祭の準備のあるシュウより先に図書館で勉強を始めた。文化祭前日ではあるが、負傷者の映有は全ての作業を免除され、準備の場に居る方が皆の気を遣わせると思ったため、一人そそくさと学校を出たのだ。皆の楽しそうな雰囲気には、後ろ髪を引かれたが、どうせ映有にできることはなく、皆に気を遣わせるよりは帰った方が良かった。
シュウの担当している外装の進捗は順調で、早めに終わったようだ。到着する前にお手洗いを済ませておこう、と席を立つ。
映有が個室を出ようとすると、洗面所に人が入って来る気配がした。
「ねえ、レナがA高の楢崎くんに、告ったの聞いた?」
「聞いた! ダメだったんだってね」
「そうそう。顔よし、頭よし、性格よし、の楢崎くんに無謀!」
楢崎の名が出て、怯んでしまい、個室から出にくい。
「まあね〜、モテ男感ハンパないよね、女癖悪そうじゃない?」
「そう? A高の子に聞いたけど、変な噂は聞かないよ。仲いい子はいるみたいだけど… 」
「私は、A高なら、断然、白鳥派かな!」
シュウの名前まで出て来て、益々、個室から動けない。
「白鳥派かあ… 硬派でかっこいいよね! アオイ、塾の東大英語、一緒じゃない?」
「うん。結構頑張って話しかけてるんだけど、つれないね〜」
「ぐいぐい行けば、アオイなら仲良くなれるんじゃない?」
「いやぁ… 電車、同じ方向なのに、一緒に帰ってくれないの。めげずに誘い続けるけどね!」
「いいじゃーん! ぐいぐい行っとけ〜」
アオイ… 何となく聞き覚えのある名前だ。夏期講習の世界史講座にいた女子高の生徒がアオイと呼ばれていた。艶やかな黒髪の美人だった。彼女が、シュウに"頑張って話しかけてる"のか。同じく艶のある黒髪のシュウと、とても似合いだ。そう考えると、心の底がざらざらとする。
二人の笑い声が途切れ、扉の閉まる音が聞こえると、映有は大急ぎで個室から飛び出した。
自習室に戻るため、廊下を歩いていると、シュウが廊下の先から歩いてくる。西陽の逆光で、輪郭しか見えないが、間違いない。
「!」
静かな廊下で、声を出したら響いてしまいそうで、小さく手を上げて合図する。
背の高いシュウが大股で歩いてくると、あっという間に距離が縮まった。
「遅くなってごめん、この部屋?」
シュウも声が響くのを気にして、屈んで映有に顔を寄せて話す。
「うん、右側の手前の方。隣の席、取ってるよ」
「ありがと」
シュウは重い自習室の扉を開けると、映有を先に通してくれた。
学校では、楢崎の他、目立つ男子が何人かいるため、シュウはモテ男なんていう扱いではない。むしろ、静かで穏やかな男子生徒の一人である。いや、そう思っているのは映有だけなのだろうか。かすみは、塩対応で女を振る男だと言っていた。
席に着いて、しげしげとその顔を見ていると、シュウは眉毛を上げる。
「また、きな粉付いてる?」
「付いてない… きな粉食べたの?」
笑いを噛み殺しながら、尋ね返す。
「食べた。楢崎が差し入れだって言って持ってきた」
「いいな… 小腹減った」
「これ、食べる?」
シュウが差し出したのは、ミントのタブレットだった。
「ありがと。眠気覚まし、ね… 」
笑いながら、手のひらを出すと、シュウが二振りしてタブレットを転がし出した。
§
「遠回りしてる時があるのはわかってるし、処理速度でカバーするしかない…っていうか… 」
シュウに細かなところを指摘されて、少しムッとして答える。
「その処理速度で、もっとシンプルに解いていけば、時間はもっと余るようになるし、見直しの時間も増えるよ。速さは強み」
全くごもっともである。
「結構、おっちょこちょいだよね?」
自習室前の廊下のベンチで、映有の書いた数式をチェックしながら、シュウが呟く。
「… 見かけによらず?」
不甲斐ないところは散々見せてきた。だから、開き直って聞いてみる。
「見かけって言うか… 割とはっきりした物言いをする人だと思ってたから、何となく、しっかり者に見えてた。最近は、はっきりしてそうに見えて、内心をそのまま喋る人じゃないことも、わかってきたかな… 」
間違っては汚い字で書き直す数式の話ではなかった。
「… ずいぶんと、分析してるね?」
「ほら、そういうとこ。切り返しははっきり言うけど、それは、分析されて、まごついてるのを隠すためだとわかってきてる。わかりやすそうに見せてるだけで、わかりにくい」
虚勢を張る時もあるが、それを他人に解説されるのは初めてである。
シュウは持っていた映有のノートを閉じると、壁に背中をつけて上を見る。
「… それは… 悪いこと?」
言い返そうかとも思ったが、言い返すその言葉が、そのまま指摘されたことに当てはまりそうで、語調を和らげた。
「良い時も悪い時もあるんじゃない?」
顔はそのままに、ちらりとシュウがこちらを見る。
「うん… 」
この話が、映有を否定するのか肯定するのか、どちらに向いているのかと、彼の真意を探る。
「僕は、そういうのに敏感な方。わかりやすそうに見せてる田中さんのその戦法は、結構うまく機能してると思うよ」
内面に踏み込まれる痛みと、内面を理解される安堵感が映有の中で天秤に掛けられる。
「バレてるなら、わかりやすそうに見せるのはかっこわるいね… 」
「そうかもね… あ、強がってるな、ってわかるし」
「はっきり言うね!!」
「… 気をラクにして、付き合えば? っていう提案かな… 」
否定とも肯定ともつかない答え方だった。
「誰とでも… なんて、ことを強いるつもりで言ったわけじゃなく… 」
シュウが自分に対しては肩肘張らなくていい、と言っているのがわかる。
「… 変な意味じゃないよ… 」
「うん、それはわかる… それって、とても良い関係だと思う」
前にかすみに表現した、相互信頼に基づいた友人関係、だ。
「けど、何だか、一方的に世話を焼いて貰ってる感じがして、申し訳ない」
「僕は… 僕も、言いたいことを言わせて貰えてるから。そういう意味で、気をラクに付き合わせて貰ってる。だから、お構いなく」
「そういうもん?」
「そういうもん」
シュウが手を差し出す。
その手の意味が握手だと思った時、二人のスマートフォンが同時に振動する。
ブブッ
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Kanaya: @all 無事に、内装、衣装チーム作業完了。明日、明後日の文化祭本番、仕入れチーム、当日の当番チームは気合い入れていこう!また明日!
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続いて、金谷の投稿への"いいね"の振動が止まらない。
「あ、終わったね」
「そろそろ、閉館だし、帰る?」
シュウは先に立ち上がると、伸びをする。先ほど握手のために差し出された手はもうどこかへ行ってしまった。
「そうしよっか。明日、朝早いし」
映有も立ち上がった。




