001 干し肉と魔晶石
ー≪辺境の町 作業小屋≫ー
「おっ、出来てるじゃねーか、これとこれ、もーらい!」
「あ、それは今日の分の魔晶石で…」
「うるせえ!いいからよこせ!!」
「狡いぞ、お前ばっかり楽して」
「文句言うならお前も、すり替えればいいだろ」
「じゃあ、こいつとこいつを…これで今日の分は終わりっと」
少女が魔晶石に魔力を込めた端から、作業小屋で働く男達に奪われていく。
この小屋で作られるほぼ全ての魔晶石に少女が1人で魔力を込めていた。
「しかし今日はやけに蒸すなぁ。おい、あの前に見た涼しくする魔晶石は無いのか?」
「…これ?」
「そうそう、これを近くに置いておくと涼しいんだよなぁ。これは貰っておくから、いいな」
きぃ…
仕事の見張り役の男が作業小屋に入って来て、仕事の進み具合を確認した。
「どうだ、今日の分はそろそろ終わったか?」
「へっへい、皆んな終わってます。コイツ以外は…」
男が少女を指差して説明をした。
「またお前か、さっさと仕事をしねーか、こののろまが!魔晶石の精錬なんて誰でもできる仕事で飯が食えるんだ。感謝しろ!」
「でっでも、今日の分はちゃんとやって…」
「ああっ?ならなんでお前の魔晶石には魔力が空なんだ??」
「まあまあ、まだ子供ですから俺たちと同じに仕事しろってのが無理ですよ」
「ちっ、??なんだお前の所だけやけに涼しいな」
「あ、こっこれは…そのザックさんに差し上げようと思って」
ザックと呼ばれた見張り役の男は、氷の魔晶石を差し出され詳しく調べると
「ほお、属性が付与された魔晶石か、お前こんなモノまで精錬出来るんだな」
「そりゃもう、ザックさんに喜んでもらえるならと頑張ってます」
「これはいいな、コキンメ様もお喜びになるぞ」
日も傾き一日の仕事もそろそろ終わろうかという時間に、魔法具屋の店主が作業小屋に入って来た。
それを見たザックが店主に近づいて行った。
「コキンメ様、わざわざこんなところに来るとは、なにかご用でしょうか」
「ザックか、最近ウチの魔晶石は品質がすごく高いと評判がいいぞ」
「それはよかったですね、毎日厳しく指導している結果が出始めているのかもしれません」
「そこでそろそろ今日の仕事が終わるころだと思ってな、プレゼントを持ってきた」
「プレゼントですか?」
ガシャ
店主はにやりと笑い、机の上に魔晶石が入った布袋を置いた。
「仕事の追加だ、明日の朝までにこの魔晶石にも魔力を満たしておけ!」
そう言ってコキンメは机の上に置いた布袋を指した。
「むっ無理です!もう全員今日の仕事で魔力がほとんど残っていないんですよ、これ以上はやばいです」
「うるさい!すでに前金は頂いてるんだ。それにさっき評判がいいと言っただろう、これは(魔術)協会を通さずに、直接頼まれた依頼だ」
「え? 直接頼まれた依頼って、もしかしてホーラン子爵かボルジア男爵ですか?」
「ホーラン子爵だ、うちで作っている魔晶石を是非にと言われてな。しかも急ぎだったらしく協会に卸している3倍の金額を提示して来おった」
このような直接の依頼は特定の貴族との間に繋がりが出来るメリットがあり、上手くその貴族の御用商人にでもなれば利益は何倍にもなった。
さらにコキンメが周りに聞こえないようにザックに近づき、そっと耳打ちをする。
「今回の仕事がうまく行ってホーラン様の御用商人になれれば、お前の給金も2倍いや3倍に上げてやるぞ」
「さっ3倍ですか!」
給金3倍の言葉にザックの目が変わった。そして彼の目はとある一人の少女のところで止まった。
「ガキ一人が使い物にならなくなりますがよろしいですか?」
「構わん、そうなったら適当に捨ててこい、ガキ一人などいくらでも替えがきく。それよりホーラン様の依頼のほうが大切だからな」
話が終わると、ここにはもう用はないとばかりに、コキンメは部屋から出て行った。
ザックが少女の前に立ち魔晶石の入った布袋を置いた。
「追加だ!この袋に入っている魔晶石全部、魔力を込めておけ、明日までにだ」
目の前に置かれた布袋を少女が見つめる。
少女は腰まで延びた深い青色の髪にぼろぼろの服、歳はまだ10歳くらい、一か月ほど前にダンジョン崩壊に巻き込まれた戦災孤児だ。
その時のショックで”アース”という名前以外の記憶を無くしていた。
「何を見てやがる。いいか明日までに出来ていなかったらどうなるか分かっているのか!」
ぐぅううう~~~
そのときアースのお腹が盛大に鳴った。
「お腹すいた…」
「一丁前に飯が食いたい? 食いたかったらその分魔晶石を精錬しろ!それになんだこりゃ、薄っすらと光ってるじゃないか。魔晶石は真っ黒なんだよ、異物が入ってるじゃねーか!」
「あ、それは魔力を目いっぱい込めると光って…」
しかしザックは”やり直せ”の一点張りで聞く耳を一切持たなかった。
「おい、倉庫に廃棄する干し肉が置いてあっただろ、全部持ってこい!」
「干し肉!!!」
干し肉という言葉にアースが目を輝かせた。
それからすぐアースの目の前には、山盛りの干し肉が倉庫から運ばれてきた。
「いいか、褒美に食わせてやるから(魔晶石に魔力を)満たしておくんだぞ」
「うん、しっかり(お腹に干し肉を)満たしておく」
「いい返事だ。明日の朝までに必ず(仕事を)終わらせておけよ」
「朝までなんて時間いらない。これくらい(完食するのに)すぐ終わる。」
やっぱりガキは扱いやすいな、目の前に餌をぶら下げただけでこれだ。まぁ明日の朝には魔力がすっからかんだろうから、そしたら適当に捨ててお払い箱だな。
夜更けの作業小屋ではアースが一人で魔晶石に魔力を込めながら干し肉を齧っていた。いや、干し肉を齧りながら魔晶石に魔力を込めていた。
アースにとっては干し肉を齧る方が重要で、魔力を込める作業はついでにやっている程度である。
しばらくすると干し肉を齧るアースの口が止まった。
「……ずっと同じ味で飽きた」
そう、カレー好きでもたまにはハンバーグやから揚げが食べたくなる。アースにもその危機が訪れていた。
「このピンチを乗り越えるには味変が必要……そうだ!」
干し肉が入っている籠に向けてアースが両手をかざし、魔力を集中し始める。自身の周りを火の粉が舞い踊る。それがチリチリと音を立てて、渦巻きながら収束していく。
すると火の粉を纏った炎蜥蜴が現れた。
【炎蜥蜴 】ランク:2 タイプ:蜥蜴 創造魔力:28
アースが干し肉を指し示すと炎蜥蜴が干し肉を炙り始める。
「うわ~~いい匂い!」
ジュ~という音やパチパチという火が爆ぜる音が聞こえ、乾燥させるときに擦り込ませた香辛料の香ばしい香りが部屋中に広がり、アースの食欲を刺激する。
辛抱たまらんと、炙った干し肉に齧りつく。
「!!美味っ!」
口に入れた瞬間、その美味さに体の中の魔力が暴走した。部屋には喜びの黄色の魔力がキラキラと振り注ぐ。
その魔力は部屋にあった魔晶石の中に吸収されていった。しかしアース本人はそのことには気づいていなかった。
「ふぁ~~~~~~~~~、食べた、食べた、もう入らない~~」
お腹いっぱいになり机の上で深い眠りに落ちたアースの横には薄っすらと黄色く光る魔晶石があった。
超ブラックな職場でも、美味しいお肉があれば幸せ!なアースです。
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