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帰郷

作者: 雪音鈴

 子供の頃、学校から帰る時に使っていた田園広がる慣れ親しんだ道を車で通っていく。子供の頃とは違いグングンと流れていく景色ーー久しぶりの帰郷なので、本来であれば車をゆっくり走らせて過去に思いを馳せても良いところなのだが、今は懐かしさを感じている心の余裕はない。


(じいちゃん、大丈夫かな……)


 持病で心臓を患っていた祖父の容態が悪く、危ない状態だとついさっき電話で聞いたばかりだ。祖父たっての願いで、最期は自宅が良いということで今は自宅で過ごしているらしい。就職先が市内に決まってからほとんど実家に帰っていなかったが、こんなことならもう少し頻繁に帰省するべきだったと後悔が押し寄せる。


 山の近くの道路が近づいて来た時、ふと今が10月だったことを思い出す。山側の道路が実家への最短コースなのだが、子供の頃、祖父から何度も脅されてきた言葉が頭をよぎる。


『秋の暮れ頃ーーとりわけ10月はいかん。あの山はな、昔戦場だったんよ。その時期は絶対に近づいちゃならん。合戦はまだ続いとる……』


 子供が遊ぶ場所としては、あの山が危険なことは今の自分だと分かる。崖が多いし、所々大きな穴があるのに雑草が生い茂っていて分からなくなっているのも危ない。秋の暮れは日が短くなってきている頃だし、遊びに夢中になって気付いた時には足元が更に見えなくなっている可能性だってある。


(子供を危険から遠ざけるための脅し文句ーーだよな……)


 そうは思うが、鬱蒼とした山が近づいてくると自然と恐怖心が出てきてしまう。


(子供の頃の恐怖心が早々に克服できるものじゃないのは分かってるけど、良い大人が情けないなあ)


 手に嫌な汗を感じながらも呼吸を整えようと息を深く吸い込んだ時、突然大音量の着信が鳴り響く。


「うっわあぁぁぁ、ビックリしたなあ、もう!!!」


 驚きのあまり路肩に停めてしまった。車でスマホの曲を聞くためにBluetoothで繋いでいたのだが、それで急に車内に着信音が響いたようだ。


 よく見ると実家からの電話だったので、ハンドルに付いている通話ボタンを押して出た。


「もしもし、今向かってるけどーー」


「おう、マサキ」


「え、じいちゃん? 大丈夫なの!?」


 電話の相手は危ない状態だと聞いた祖父だった。全然元気そうな声に、あまりにも帰ってこない自分を見かねて騙されたかと思ってしまうほどだ。


「今のところは全然苦しくねーなあ。まあ、俺の方は大丈夫だ。それよりもマサキ、忘れてねぇな。今の山は特にいかん」


 ちょうど考えていたばかりのことだったので、思わず苦笑してしまう。


「じいちゃんってば、もう俺は子供じゃないってば」


「ああ、マサキはもう立派な大人だ。俺の自慢じゃ」


「はいはい、ありがとう」


(じいちゃん、また子供扱いしてるなあ)


 路肩に停めたまま話していたので、後ろから来た黒いワゴンがサッと避けて先に進んでいく。二股に別れた道の山側へと入っていく車を見て、少し薄暗くなっていてもあの車について行けば安全そうだなあと考えて車を動かした時、電話から小さな砂嵐のような音が聞こえた。


「あ、もうちょっとで着くから続きは後で話すね。なんか電波が悪くーー」


「マサキ!!!!!!!!」


「ッッッッーー」


 祖父のあまりの声の大きさに耳がキーンとなった。

 運転を誤りそうになりながらも山側の道の方へとハンドルを切る。


(なんか電波悪いもんな……)


 そう思ってもう一度同じ内容を話そうとした時、ドンッッッと車を揺らすほどの大きな衝撃を受け、急停止する。


「ッッッッッッッッ!?!?!?」


 障害物もなく道路の舗装状態も良好な場所で、俺はしっかりと前を見て運転していた。だから、その現象が本当に突然起きたことだということもしっかり見ていた。フロントガラスには強い衝撃を与えた犯人であろう赤い手形がクッキリと残っている。両のてのひら分のその手形からは赤い液体がツウッと生々しく滴り落ちている。


 人間を轢いていないのは明らかだった。こんな手形を残すにはボンネットに飛び乗ってフロントガラスを外から叩くしかない。


 あまりの恐ろしさに半狂乱になりながらも車をバックさせ、俺は山とは反対側の道を走行して実家へと帰宅した……





 帰宅した俺を迎えたのは葬儀屋の車だった。息を切らしながら実家の玄関を開けると、涙を流している家族の姿があった。さっきまで電話で話していたはずの祖父はーー数時間前に亡くなっていた。


 母の話では、祖父は昨日から生死の境を彷徨っており、うわ言のように「マサキを呼んじゃあ、いかん。今は時期が悪い」と呻いていたそうだ。そんな経緯から俺への連絡を躊躇い、結局は死に目には会わせたいと思った母が一報を入れたとのことだった。


 着信履歴を確認したが、実家からあったはずの電話履歴はどこにもなく、母のスマホからの着信履歴しかなかった……





 祖父の葬儀が滞りなく終わり、なんとなく家族には話せないでいたあの日の恐怖体験を友人達に話した。すると、ドライブレコーダーの映像が残っているのではないかという話になった。宅飲みで皆アルコールも入っていたこともあり、ノリでドライブレコーダーの映像を見に車へと行った。衝撃があったこともあり、ドライブレコーダーにはシッカリとあの日の記録が残っていた。


 再生すると、そこには……黒い人影のようなものが映っていた。友人達が戦々恐々として「マジモンじゃん!?」「お祓い行けー」とか叫んでいる中、俺だけは泣いていた。


 その人影の背格好を俺は見間違える訳がなかった。


「じい、ちゃんだ……じいちゃんが俺んとこ来てたんだーー」


 後で分かった話なのだが、あの日、あの道では事故があったらしい。

 黒いワゴンが横転し、運転手は亡くなったとのことだ。

 何かから逃れるようにスピードを出しすぎて横転した車……





 もし、俺があの日引き返さなかったらーー





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