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幸せな未来など見えないのですが  作者: 開花
八歳の少女
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9. 少女、絵本を読む


 朝食の後、私たちは引っ越しまでの段取りを決めた。

 ウィルと私は家の中を片付けて、不用品を捨てる。ついでに、しばらく使う予定の無いものは、もう荷造りしてしまっておいても構わないと言われた。

 おじいちゃんは、引越し先の新たな家を探しに、さっそく動き始めるとのこと。家が決まり次第、ご近所に挨拶をして荷物を纏め、出て行く。今すぐ急を要しているわけではないので、予定もふんわりだ。

 ちなみに、引っ越すまでの短い間でも、部屋に扉が無いのは不便だろうと言って、出掛けていく前におじいちゃんは私の部屋の扉を直してくれた。今更だけど、私の部屋の鍵って合鍵とか無かったんだろうか。壊さなくても良かったんじゃないかと思う。

 

 

 ――――――――

 

 

 そんなわけで私は今、部屋の片付けをしている。しばらく使う予定の無いものは、大きめの麻袋に放り込む。もともと持ち物が多い方ではないので、片付けも楽に済みそうだ。

 順調に荷造りも進んで、この調子であれば自分の荷物だけならあっという間ではと思った。

 ふと本棚に、二冊の絵本が置かれているが目に留まる。自分でそこに置いたはずなのに、目にするのは随分久しぶりだった。

 

「懐かしい……!」 

 

 それは二冊とも、小さい頃大好きだった絵本だ。どちらも美しい挿絵で、私をドキドキさせた。

 お気に入りだったのだ。久しぶりに見つけて、興奮するのも仕方ないことだと思う。

 

 

 ―――昔々、ある所に仲の良い兄妹がいました。自分たちの村に旅人がやって来た事をきっかけに、二人は村の外の世界に興味を持ちます。二人は一緒に旅へ出ることにしました。野を越え山を越え、谷を下り崖を下り、川を渡り海を渡り、時には危険な動物や怖い人とも遭遇し、その度に何とか切り抜けて、それでも冒険を続けました。彼らの冒険は終わることがありません。今日も彼らは冒険を続けているのです。まだ見ぬ世界を求めて……。

 

 ぱたん。

 私は本を閉じた。お気に入りだった本。もっと読んでと寝る前におじいちゃんにねだり、困らせたものだ。

 二人の冒険譚には胸が高鳴ったし、何より、仲良し兄妹のテンポ良いやり取りが好きだった。私もウィルとお喋りしながら旅できたら楽しいだろうと憧れたのを覚えている。

 私は今開いていた方を横へやって、もう一方の本を自分の方へ引き寄せた。そちらはおじいちゃんに読んでもらうのではなく、自分一人で読んでいた。おじいちゃんは、なぜかそちらの本は自分で読みなさいと言って、あまり読んでくれなかったからだ。今思えば、うっとりするような恋物語だったから、おじいちゃんも読み聞かせるのが恥ずかしかったのかもしれない。

 

 ―――昔々ある所に、一人の心優しい王女がおりました。王女はとても美しく、明るい性格をしていたので、みんなから愛されていました。しかしある時、それに嫉妬した悪い魔法使いに王女は攫われてしまいました。みんなが悲しみましたが、王女がどこに囚われているのか誰も分かりません。途方に暮れていた所、一人の騎士が立ち上がりました。「私が必ずや王女を助け出してみせましょう。」そして本当に、騎士は王女を探し出し、悪い魔法使いとの戦いにも勝利し、無事に王女を助け出しました。そうして王女と騎士は、愛し合うようになり、いつまでも幸せに暮らしました。

 

「ジェイダ、何を読んでいるんだ?」

「ひゃうっ」

 

 背後から声を掛けられて、びくりと肩が上がる。振り返ればウィルが、私の手元に目を向けていた。さっきまで自分の部屋の片付けをしていたのに、いつの間に私の部屋のへ入ってきたんだろう。

 

「あー、悪い。驚かせたか。ノックはしたんだが、返事が無かったから覗かせてもらった。」

 

 それで? 何の本だ? と再び尋ねてくるウィルに、私は二冊の本の表紙を見せる。すると彼は、納得したように頷いた。

 

「その本、お前のお気に入りだったよな。ほとんど毎日読んでた。」

「そうなの。片付けしてたら出てきて、思わず読み始めちゃった。」


 ふふふっと笑うと、ウィルは呆れた顔をして私を見た。

 

「荷造り用の麻紐、余ってたら分けてくれ。んで、お前な、片付けはどうした。」

「ちゃんとやってるわよ。今は少しだけ休憩。」


 はい、と麻紐を渡してから、二冊の本をとんとんと示す。

 

「この絵本、今読んでも面白いのよ。王女様と騎士様のお話とか、憧れちゃう。魔女と戦う騎士様の挿絵が格好良くてね……!」

「騎士……。」

 

 ウィルは何か引っかかったように首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「いや、何でもない。」

「ウィルなんて、王国の騎士団とか入れちゃいそうよね! 身体も大きいし、強いし!」

「馬鹿なこと言うなよ。」

 

 私がちょっと興奮気味に言うと、ウィルは苦笑いした。

 

「オレが騎士に? 無理に決まってるだろ、この国の騎士団が黒髪の入団を許すわけない。オレなんか、入団試験さえ受けられずに追い払われるよ。」

「ウィル……。」

 

 そんなことないよ、とは言えない。それほど、この国の黒髪嫌いは根深い。

 ごめん、と謝れば、「別に、お前が気負うことじゃない」と頭を振った。

 

「まぁ、良くて傭兵だろうな。傭兵としてなら、他国の人間だって受け入れられるって聞いたことあるし。」

「でも別に、ウィルって喧嘩は強いけど戦いが好きなわけじゃないものね?」

「ああ。だから、騎士も傭兵も目指さない。」

「うん、なんか、勢いで言っちゃってごめんなさい。」

 

 ウィルは何ともなさそうに「別に良いって」と笑った。

 

「ねぇウィル、私たちって何でこんなに似てないんだろうね? 髪の色も瞳の色も、背格好も何もかも。せめて髪の色はお揃いが良かったね。」

「さぁ……、な。お前は母親似、オレは父親似なんだろ。じゃあオレはもう行くから。」

 

 ちゃんと片付けやれよ、と言い残して、ウィルは自分の部屋へ戻って行った。

 私は彼の後ろ姿を見送りながら、出していた二冊の本を重ねて机に置く。後で読み直すのを楽しみに。

 

 

 ――――――――

 

 

 おじいちゃんはしばらくの期間、新しい家を探していた。朝ご飯を食べたら出かけて行って、夕方に差し掛かる頃帰って来る。おじいちゃんがいない間、外への買い物はウィル、家での炊事家事は私が担当して(今までとあまり変わらないけど)、私はなるべく家から出ないように努めた。

 ひと月半ほど経った頃、帰ってきたおじいちゃんが言った。

 

「今日、見てきた所が良さげでね。その家に決めようと思うんだよ。」

 

 町から歩いて三時間ほど西へ行った村。そこからさらに森の中を三十分ほど歩いた所にある、煉瓦造りの家が、今日見てきた家なのだそうだ。

 

「少し不便に感じられるかもしれないが、一応そこからだったら、たまに買い物でこの町まで出て来ることもできる。」

「それは良いな。」

 

 ウィルが相槌を打つのに合わせて、私も頷いた。田舎の村ではどうしても手に入らないものはあるだろうから。町へ来れば、時々なら友達とも会えるかもしれないし、せっかく仲良くなったデイビッドさんのお店を訪ねることもできる。

 

「それと、今の居住者が引っ越したくて家を手放すんだが、庭の家庭菜園をどうしようと悩んでいるらしくてね。私たちが越して来るのであれば、菜園に植えてある野菜や果物の苗はそのままにしておいてくれると言ってくれた。」

「わぁ、凄い。大変だろうけど、食べ物を育てられるって良いわね。」

 

 自分たちで食べるくらいの野菜や果物は、栽培できるかもしれない。そうすればしょっちゅう買い物へ行く必要もないし、旬の物をいつでも食べられる。

 

「じゃあ、そこで良いかな。お前たちも引っ越す前に一度見に行きたくはないかい? その後で決めたって別に良いんだが。」

「私は見に行かなくても……、もうそこに決まりで大丈夫よ?」

「オレも別に。さっさと荷造りして引っ越したい。」

 

 あっさり話が纏まる。おじいちゃんも、私たちがそう言うならもうそこに決めてしまおうと言った。

 

「じゃあ、そろそろご近所に引っ越しの挨拶しないといけないわね。」

「家の荷物も本格的に纏めないとだな。」

「三人いるとそれなりに荷物も嵩張るから、人手も必要だね。私の知り合いにお願いしてみよう。」


 こうして私たちの新たな家は決まり、私たちは翌日から引っ越しの準備を開始した。

ジェイダとウィリアムは外で遊ぶのが好きですが、友達は多くありません。

引越しにあたって彼らが寂しく思うのは、ベネット先生とデイビッドに会えなくなる事くらいです。

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