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幸せな未来など見えないのですが  作者: 開花
八歳の少女
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7. 少女は責を感じる


「それよりデイビッドさん、ウィリアムの素顔を見ての第一声で、そんなこと言ったのは貴方が初めてですよ。」

「ん? あぁ〜、黒髪だからってか? まぁこの国では暮らしにくいかも知んねえがね、俺は別に気にならねえよ。」

 

 私たちの暮らすドルク王国では、黒髪は忌避されがちだ。それは近隣諸国との関係に由来する。北の大国でありかつてこのドルク王国をも攻め落とそうとした、敵国カルデン帝国が、黒髪の民族だからだ。

 私たちが暮らすドルク王国は、北はカルデン帝国、南はフィオル王国という二つの大国に挟まれた小さな国だ。そして昔から、北のカルデンとは恐ろしく折り合いが悪い。

 カルデン帝国は広大な土地を有するけれど、その殆どが乾燥した荒れた大地で、これと言った資源もない。そんなカルデンは、古くから侵略と支配を繰り返して周辺諸国を植民地とすることで、その資源を搾取し強大な力を得て来た。

 昔は、カルデン帝国とドルク王国の間に、他にも小国がいくつか存在していたらしい。しかしそれらはすべてカルデンに飲み込まれ、今では植民地としての支配を受けている。

 ドルク王国も、つい数十年前にはカルデン帝国からしょっちゅう侵略を受け、滅亡の危機に瀕していたと聞く。ドルク単体であったなら、長くは持たなかっただろうとさえ言われている。にも拘らず、現在までドルク王国が国として存在しているのは、ドルクの南にある大国・フィオルと同盟を結び、何とか難を逃れたためだ。そしてカルデン帝国とは、現代に至るまで、未だ休戦中という扱いとなっている。

 そんなわけで、ドルクではカルデン帝国を連想させるものは嫌がられる傾向にある。ウィルの黒髪は、そんなカルデン帝国の象徴の色なのだ。

 

「そんな風に言ってくれるなんてな。」

 

 ウィルはちょっと意外そうに言った。黒髪がちらりと見えただけで、嫌そうな顔をする人の方が多いのだから。

 

「まぁ、うちに来てる時くらいその分厚いフード外しとけよ。外出てる間中それじゃ、夏場とか暑いだろ?」

 

 ウィルはその言葉に左眉をピクリさせ、目を伏せて「ありがとう、助かります」と小さく呟いた。

 

 ――――――――

 

 デイビッドさんとはすっかり仲良くなって、随分と長居させてもらったけれど、お昼の時間が迫って来たので帰ることにした。おじいちゃんは店に商品として置いてあったペンケースが気に入ったと言って、一つ購入していた。

 

「また来るわね!」

「おう、またいつでも来な。」

「ありがとうございました、……色々と。」

「あぁ、気にすんなよ!」

 

 私とウィルもそれぞれ手を振って、デイビッドさんに別れを告げる。本当に良いおじさんだった。

 私たちにくれた石は、もともとあの屑石屋さんから引き取って、デイビッドさんのところで革紐をつけ、ペンダントの形にしてお店で出すつもりだったのだと言う。この前私たちが選ばなかった石たちが、ペンダントの形になってそれなりのお値段で売られているのを見て、私はすごくびっくりした。

 ちなみにデイビッドさん、熊っぽい見た目とは裏腹に、可愛らしいものがお好きらしい。革小物を扱う店内には、ペンダントのほか女性物の小物入れとかも置いてあった。まあ一番の衝撃は、水色のフリルのついたエプロンだったけど。

 お店のことをつらつらと話しながら、おじいちゃんとウィルと帰り道を歩く。

 行きに私が予知をした辺りに、差し掛かった時だった。

 

 

 ドンッ!!

 

 

 大きな爆発音が聞こえた。


「え」

 

 驚いて音のした方に振り返れば、まさに先ほど煙管を咥えながら店主が出て来たパン屋から、黒い煙が上がっていた。予知で視たのと同じ光景だ。

 

「ひっ」

 

 口元を押さえるけれど、悲鳴は出て来なかった。人間、本当に恐ろしい時は声なんか上げられないらしい。

 私が動けなくなっている間に、店の前にわらわらと人も集まって来た。すると、店の扉がバンッと大きな音を立てて開き、中から店主が出て来た。服が所々焦げ、髪もチリチリに焼けているところがあるみたいだ。寧ろあれだけ大きな爆発の音をさせておいて、大きな怪我をしてなさそうなのは、幸運なのかもしれない。

 店主は何かを探すように辺りを見回す。そして私たちに気が付くと、鬼のような形相で向かって来た。

 

「おい、そこのジジイ! てめえだろ! 俺の店に何かしやがったのは!!」

 

 パン屋の店主がおじいちゃんに絡む。

 

「煙管がうんたらとか吐かしやがって!! 店で火ィ点けただけで爆発したんだぞ!! てめぇ何か仕込みやがったな!!!」

「いえ、そうなると困るから、煙管はお止めになった方がと注意したんです。」

 

 野次馬たちが、何だ何だと余計に集まって来た。私はおじいちゃんの背中にしがみついて、震えていることしかできない。

 

「粉塵爆発と言いましてね、小麦粉などの可燃性の粉末が勢い良く宙を舞っている状態で、火なんて点けようものなら、勢い良く燃え上がって、爆発のような現象を起こすのです。お宅はパン屋だが整理整頓がされていないし、店の中には小麦粉が舞っていた。そんな状態で煙管に火なんか点けたら火事の元だとご忠告申し上げたはずだが。そもそも店の中で煙管とは非常識かと。それを何故、私たちが火事の元凶だとばかりに言われねばならないのかね?」

「あん? 何だとてめえこのクソジジイ! しらばっくれて理屈っぽいことばっかグダグダ言いやがって。ちったぁ痛い目見ねえと分かんねえのか?」

 

 聞いていた野次馬の方たちも、おじいちゃんの言い分に納得している。でもそれが余計に気に食わなかったのだろう、店主の男は、いきなりおじいちゃんの顔を殴り、更には胸元に掴みかかった。

 

「きゃあ!」

「やめろ!」

「何だてめえは。」

 

 私は怖くて動けなかったけど、ウィルはおじいちゃんを庇おうと前に出た。すると店主は訝しげにギロリと彼を睨む。そして、空いている方の手でウィルの着るマントをぐいっと引っ張った。フードが外れ、ウィルの黒髪が溢れる。

 

「なっ……!」

「おいおい、黒髪だとぉ? クソみてぇな奴がいるもんだな!!」

 

 そのまま店主はドンッと力を込めてウィルのことを突き飛ばした。ウィルはそのままドサリと後ろへ尻餅をつく。

 

「ウィル!」

 

 私はおじいちゃんの後ろから飛び出し、ウィルに駆け寄る。「大丈夫?」と手を貸すと、彼は「大丈夫だからさっさと、さっさと後ろに下がれ!」と慌てたように言った。

 

「あん? ガキがまだいたのかよ。」

 

 店主はウィルの側で跪く私の方へ目線を向ける。そして思い出したように叫んだ。

 

「あ、おいてめえだな! 火事だ何だと俺の店の前で最初に騒ぎ出した奴は。てめえが縁起でもねえこと言うから俺はこんな目に……!」

 

 店主の男は、おじいちゃんの胸ぐらを掴んだまま、今度は私の方へ向かって来た。私は恐怖でピシリと身体が固まる。

 

「い、や……!」

 

 殴られる! そう思った私は思わず目をきつく閉じて衝撃を待った。

 しかし、その衝撃は訪れることなく。

 

「く、ぎぃぃ、あぐぅ……!」

「……?」

 

 動物の悲鳴のような音が聞こえ、私は恐る恐る目を開けた。するとそこには、

 

「悪いのは自分だということを、良い加減認めたらどうだ……?」

「あ、ぐぅ、いてぇ! いてぇ、離せぇ!!」

 

 何故か、あの店主の男の腕を掴んだおじいちゃんと、地面に膝をついた男の姿。おじいちゃんは向こうを向いていて顔が見えないけれど、なんとなく全身から覇気のようなものまで感じられる気がする。

 おじいちゃんのあんな姿、見たことが無い。たぶん、猛烈に怒っているのだ。家族が傷付けられそうになって。

 

「……え。え、何、どういう事??」

「じいちゃんが体術で男に投げ飛ばしたんだよ。あっという間だった。」

 

 流石だな、と呟いたウィルは、おじいちゃんから目を離さない。

 え、ちょっと待って。おじいちゃん、そんな特技あるの? 聞いてないわ。嘘でしょ。だっていつも、ほんわか私たちの話を聞いてくれる、あのおじいちゃんなのに。

 わたしが混乱して頭の中をぐちゃぐちゃにしている間に、町の自衛団が到着した。

 おじいちゃんは店主の男の腕を掴んだまま、自衛団の所へ文字通り引き摺っていく。男は「離せ」とか「てめぇ覚えてろよ」とか暫くぶつぶつ言っていたけれど、おじいちゃんの掴む腕が痛むからだろう、そのうち大人しくなった。おじいちゃんは事情を話して、自衛団に男を引き渡した。

 爆発したのはパン屋だけで、隣り合う建物には被害が無かったのは幸いだったと言える。けど、私たち一家への暴力という罪状を持って、店主の男は自衛団に連れて行かれた。

 

「さて、帰ろうかね。」

 

 男を自衛団に引き渡したおじいちゃんが、未だに座り込んだままの私たちに手を差し伸べながら言う。

 元々は尻餅をついたウィルに私が駆け寄ったのだけど、今は、立ち上がれない私にウィルが付き添っていると言う構図になっていた。

 

「大丈夫か?」

「ごめんなさいウィル、腰が……抜けちゃった、みたいで……。」

 

 怖かった。人からあんな悪意を向けられて。おじいちゃんが絡まれて。ウィルが突き飛ばされて。自分よりもずっと大きな大人に殴られそうになって。


 そしてそれらはすべて、元を辿れば私の予知が原因だ。

 

「ごめん、ごめんなさい……!」

 

 思い出してしまえば、わたしの目からは涙が溢れ出す。怖かったから、そして、大事な家族を巻き込んでしまった罪の意識から。

 

「いや別に立てないからってそんな泣かなくても、おい、大丈夫だから、な? 落ち着いてくれよ。」

 

 ウィルの優しい声が、困ったように私を慰めてくれる。けれど私は泣き止むことができなかった。

 

「怖い思いをしたね。さあ、家に帰ろう。」

 

 そうおじいちゃんの声がして、ぽんぽんと頭を撫でられた後、私はふわりと抱き抱えられる。

 ここから家までは二十分くらい歩かないといけない。おじいちゃん、私自分で歩くわ。私なんか抱えてたら、おじいちゃん大変じゃない。私もう八歳なのよ、重いでしょ。そう言いたいけれど、この場所が居心地良くて、声が出ない。実際、腰が抜けてまだ歩けない状態なのは確かだ。

 止まらない涙を拭い、おじいちゃんの腕に運ばれながら、人一人を簡単に投げ飛ばしてしまったこの人は何者なんだろうと、私はふと頭の片隅で思った。

読んでくださっている方々、いつもありがとうございます。

明日、更新の時間を朝の8:00頃にさせていただく予定です。

ご迷惑おかけし申し訳ありません。

よろしくお願いいたします。

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