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幸せな未来など見えないのですが  作者: 開花
八歳の少女
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5. 少女、熊と知り合う


「危ない!」

 

 鈍色のナイフに、思わず悲鳴のような声を上げて立ち上がった。駆け出そうとするけれど、このままじゃ絶対に間に合わない。

 その時だった。


「待ってろ。」

 

 隣でウィルが呟いたかと思うと、次の瞬間、彼は飛び出して行った。

 彼は俊足だ。走り出したら、ナイフ男の背まで追いつくのはすぐだった。

 駆け寄ったそのスピードのまま、足を振り上げてナイフを蹴り落とす。

 

「ぎゃあ!」

 

 蹴られた男が、痛みに手を抑えた。

 その騒動に気付いた革小物店の店員が振り返ったので、私は声を張り上げる。

 

「気を付けて!! その人、強盗です!」

 

 店員ははっと顔を険しくし、通りがかりのお客さん数人と一緒に男を捕まえた。男は少し抵抗したけれど、武器を奪われた状態で、数人で押さえつけられれば勝ち目は無いと諦めたらしい。早々に大人しくなった。

 その時になって、おじいちゃんが青い顔をして戻って来た。

 

「ジェイダ! 一体何が……!?」

「襲われかけていた俺を、助けてくれたんですよ。」

 

 おじいちゃんの声に応えたのは、さっき襲われそうになっていた皮革店の店員さんだ。さっきは強盗の方に気を取られてちゃんと見ていなかったけれど、こうして向き合ってみると、かなりがっしりした体型のおじさんだった。少し伸ばして切り揃えた顎髭と、角ばった顎のせいか、なんとなく熊を連想させる。こんな感じの人なら、あの強盗に襲われても、一人で何とかしちゃったかもしれない。余計なことをしただろうか。

 いつの間にか強盗の方は縛られている。町の自衛団に引き渡されることになりそうだ。

 

「そちらのお嬢さんが声を上げてくれましてね。お陰であの男が私を襲おうとしているのが分かったんです。本当に助かった。ありがとうございます。」

「あ、いえ、あの人からナイフを奪ったのは、兄なんです。」

 

 だから別に私は何も……、と言って、私の横に戻ってきたウィルを見上げる。少しも息を荒らげていないウィルは、私をちらりと見た後ゆっくりと首を振った。

 

「いえ、あなたが襲われそうになっていることに最初に気付いたのは妹です。」

「でも、あの男のナイフを蹴飛ばして奪ったのはウィルじゃない。私じゃ間に合いもしなかったわ!」

「何言ってるんだ、お前にそんなことさせるわけないだろう。危な過ぎる。とにかくオレは特に、」

「二人とも。一度、口を、閉じなさい。」

 

 どちらが人助けしたかを相手に押し付け合うという、意味の分からない言い争いを始めそうになった私たちを、おじいちゃんが嗜める。黙った私たちそれぞれの頭に手をやりながら、おじいちゃんは熊みたいな皮革店の店員さんの方を向いた。

 

「事情は、分かりました。私の孫たちの行動が、あなたの助けとなったのなら良かったです。まあ祖父としては、二人を叱りたいのは山々ですが。」

「あまりお二人を叱らないであげてくださいよ。少なくとも俺はそれで救われたんでね。けどまあそりゃあ、お孫さんを危ない目に遭わせたくはないですよなぁ。申し訳なかった、俺の至らなさのせいで。」

「いや、貴方のせいではありません。悪いのはすべて、ナイフを振り回そうとした男の方なんでね。」

「はは、まぁそれは違いない。」

 

 皮革店の店員さん改め熊のおじさんは、豪快に笑った。

 

「そうだ、お前さんたち二人には、何かお礼をさせてもらいてえな。」

「えっ? いや、そんなの必要ありません!」

 

 私なんか本当に何もしていないんだから、そんなものを受け取る資格は無い。

 首を横に振るけれど、熊のおじさんは自分の荷物をがさごそし始めた。

 

「そんなこと言わずに。ちょうど、良いものを持ってるんだ。あそこに屑石屋の出店があんだろう? 俺はそこの店主と仲良くてね、……ほらあった。」

 

 そう言いながら、鞄から革製の袋を取り出す。

 その袋の口を開いて見せてくれたのは、きらきらと輝く幾つもの宝石だった。

 

「あの石屋、普段はちゃんとした宝石を加工する、加工屋の職人をしてんのさ。んで、使わなかった屑石をああやって市で売って処分してる。この石は、練習用にあの加工屋が削った石なんだ。店には卸さないが、屑石ってほど質は悪くない。練習用だから大した値にゃあならねえし、一級品でなくて申し訳ないが、良かったら一つずつ選んで貰ってくれ。」

 

 そう言って、幾つもの宝石をを私たちの鼻先に突き付けてくる。私は思わず「わあ!」と感嘆の声を上げた。

 赤、紫、緑、白、黒、水色などなど、色とりどりの石。透き通っていたり、ミルクを垂らして混ぜたように白っぽかったり。どれも雫の形に削っただけのシンプルな作りだけど、どれもツヤツヤしていて美しい。

 普段こういった宝石なんて身に付けないから、見ているだけでどきどきしてしまう。私だって女の子だもの。綺麗なものにはやっぱり心が弾む。

 お礼なんて受け取るわけにはいかないと頭では分かっているのに、ついつい見入ってしまった。私は自分でそれに気が付いて、頭をぶんぶんと振る。

 

「大丈夫です、いりません。」

「遠慮すんなよ。本当は気になってるって顔に書いてあるぜ?」

「ゔっ」

 

 図星なので辛い。

 すると、おじいちゃんがぽんぽんと私の頭を叩いた。

 

「そういうことなら、一つずつ選ばせてもらったらどうだい?」 

「ほんと? わあ、嬉しい!」

「オレも良いのか?」

「あぁ、もちろん。二人とも選んでくれ。」

 

 私は熊のおじさんが手に広げた石をじっくり見せてもらう。

 どれも綺麗だったけれど、一つ、見た瞬間に気に入ったものがあった。透き通ったワインレッドの石だ。

 深みのあるその石の色に、一目で惹かれた。元より、これは私の好きな色なのだ。

 

「これにするわ!」

 

 私が悩むことなくそれを選ぶと、ウィルは「早いな」と少し意外そうに言った。

 

「普段だったらたもっと悩むのに、今日はどうした?」

「だって見て、こんな綺麗な色があったのよ!」

 

 ウィルの目の前に選んだ石を突き出せば、彼は切れ長の目を僅かに見開いた。

 

「……それ、は……。」

「ウィルの目の色とおんなじでしょ!」

 

 ふふふ、と笑みが溢れる。ウィルはちょっと固まった後、ふいっと私から顔を逸らした。

 

「ほら、ウィルも選ばせてもらえば?」

「……なら、オレはこれにする。」

 

 ウィルは熊おじさんの手から石を一つ受け取る。透明度の高い濃い緑の石だった。

 

「良いのを選んだじゃねえか。お前さんの石は、お嬢ちゃんの瞳の色みてえだな。」

「……妹がオレの瞳の色を選んだなら、オレは妹の瞳の色を持ってれば釣り合いが取れるかと思って。」

 

 ウィルがボソボソと呟く。私は嬉しくなって「そうね!」と元気に言った。

 

「おじさん、本当に良いの?」

「あぁ、お前らは命の恩人だからな、こんなもんで申し訳ねえけどよ。」

「ううん、とっても良いのをいただいちゃったわ! 宝物にする! ありがとう!」

「こっちこそありがとうな。」

 

 熊おじさんはニカッと笑う。おじいちゃんが私の後ろから「そろそろ行こうか」と言った。

 

「素敵なものをいただいて、ありがとうございました。今度そちらの出店にも伺いましょう。素敵な革製品を扱ってらっしゃるようだ。」

「おぉ、そいつぁありがたいね。そういや自己紹介がまだだったな。俺はデイビッド・バーンズ。今日は試しにここで出店やってみたけどよ、普段は西の外れで店やってんだ。これ、その地図だから、暇があったらそっちにも来てくれると嬉しい。もし来てくれたら、二人が選んだ石に、俺が革紐を付けてやるよ。」

「レオン・ブライトです。こちらは孫のウィリアムとジェイダ。お店の方にも顔を出しましょう。」

「ペンダントにしてくれるの!? 嬉しい、絶対行きます!」

 

 革小物屋の店員さん改め熊おじさん改めデイビッドさんは、「そんじゃ俺は自衛団とまだ話があるから!」と手を振って去って行った。

 見た目はゴツい人だったけど、気の良いおじさんだった。また会ったら色々お喋りしたら面白いんじゃないかとも思う。

 一件落着、と息を吐いたその時だった。

 

「さて、」

 

 後ろから低い声が響く。振り返ればおじいちゃんが、にこやかな怖い顔で立っていた。高揚していた気持ちが一気に氷点下にまで下がる。実際、この辺りの気温まで下がっているのではとさえ思う。おじいちゃん、口元は笑っているけれど、目はまったく笑っていない。怖い。

 

「危険な真似をして。お前たちは帰ったら説教だ。」

 

 恐怖で思わずひぃっと声が出た。おじいちゃんのお説教は長いし怖い。

 近所の子は「うちの親父は怒ると殴ってくるから怖えんだ」とぼやいていたことがあるけど、うちのおじいちゃんはそういうのとは違う怖さがある。手を上げられたことは一度も無くても、「こんなことはもう二度としません」と決意を固めるには十分な怖さが。

 横目でウィルをチラリと見れば、彼は諦めた顔をしていた。ウィルは私のせいで巻き込まれただけなのに。本当にごめん。

 おじいちゃんに手を引かれ、私は『売られて行く子牛ってこんな気分なのかな』と思いながら家までの道を歩いた。

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