3. 少女は確認する
「掘り下げて、知る……?」
おじいちゃんの言葉に私はまたもや首を傾げた。
「そう、お前の力でどんなことができるのか、詳細に知るんだ。そうすれば、その使い方も自ずと分かってくる筈だからね。」
おじいちゃんは私とウィルをテーブルに促して座らせる。その後、家の戸の鍵が掛かっているかを確認してから戻ってきて、紙とペンを持って自分も椅子に腰掛けた。
「さて、では一つずつ確認していこう。ジェイダには未来が視える力がある。それは確かだね?」
「うん。そうだと思う。」
「それは、勝手に視えるのかい? それとも、ジェイダが視たいと思った時に視えるのかい?」
「うーんと、勝手に、かな。自分で視たいなんて、思った事ないわ。」
「じゃあ、どのくらい先の未来まで予知できる? この間、翌日の天気を教えてくれたね。一日以上先の未来を予知したことはあったかい?」
こんな感じで、おじいちゃんは私に幾つも質問をしては、答えを書きつけていった。どんどんと目が文字で埋まっていく。
「大体こんなものかな。」
紙がメモ書きだらけになってもう書けない状態にまでなったところで、ようやくおじいちゃんがペンを置いた。
「纏めると、予知の頻度は一日に一回から多い時で三回。三日ほど後のことまで予知できる。予知する対象は様々で、来客や天気、人の会話などなど、……。」
「いっぱい考えたから、疲れちゃった。」
おじいちゃんの質問が多いので、私はもうヘトヘトだ。
「必要なことだからね。これからも度々こういう確認をしていかないといけないよ。力の大きさを測る為にね。自分の力と向き合うためには必要なことだ。」
おじいちゃんは苦笑いして私を宥めた。
「さて、ここからが重要だ。ジェイダ、お前はその力をコントロールできるようにならないといけない。お前はその予知能力を自在に操れるようになりなさい。今は勝手に『見えている』未来を、自分の意思で『視たり』『視なかったり』のコントロールができるようになるまで練習するんだよ。」
「え?『視ない』ためにコントロールするのは分かるけど、どうして『視る』ための練習も必要なの?」
人からおかしいと思われないためには、予知をしないようになることが一番良さそうなのに。
そう続ければ、おじいちゃんは白く蓄えた髭に触れて考えながら首を横に振った。
「いや、恐らくその力は、ある程度使って発散させることが必要だ。それでなくとも体の成長に伴ってその力―――魔力とでも言おうか、それは増大していくはずなんだ。力を閉じ込めて、使わずにいるのは危険だよ。溜まりに溜まっていつか暴発してしまう。」
「ふうん。」
私はおじいちゃんの言葉に納得する。でも、それと同時に気になることもあって。
「おじいちゃん、なんで魔力についてそんなに詳しいの? 他にもこういう力を持ってる人を知ってるの? もしそんな人がいるなら会ってみたいんだけど。」
私が知らないだけで、私みたいな魔力を持った人って他にもいるんだろうか。おじいちゃんの指導があまりにもしっかりしているので私は疑問に思った。
おじいちゃんは私の質問に、ぴくっと僅かに眉を動かした。
「……いや、詳しいわけではない。」
おじいちゃんはゆっくりと私を正面から見つめながらゆっくりと言った。
「ただ、そう予想しただけだよ。例えば、犬小屋に子熊を繋いだとしよう。最初は小さな小屋でも事足りるかもしれないが、子熊が大きくなるにつれて小屋は手狭になっていくだろう。最後には、暴れた熊に小屋を壊されてしまう。そうならない為には、熊の成長に合わせて小屋を大きく建て直し、熊が起きている間にはある程度自由にさせて体力を発散させなければ。」
「つまり、ジェイダの魔力を適度に発散させつつ、大きくなっていく魔力に身体を順応させる必要があるってことか。」
ここまで沈黙を守っていたウィルが、おじいちゃんの話を引き継いで纏めた。
そしてそうか、私の力は熊なのか。せめて人の役に立つ馬とかが良かった。馬なら格好良いし。熊……。
「具体的な方法は? じいちゃんのことだから、どうしたらジェイダの魔力をコントロールができるようになるのか、考えてはあるんだろ?」
「ああ。」
分かりやすく纏めてくれたウィルの言葉におじいちゃんが頷く。流石おじいちゃん。
「だからこそ、さっき言った通り、お前は、敢えて自分で予知をするようになれば良い。『勝手に見える』ではなく、『自ら視る』ようにしてみよう。お前の今のレベルだと、そうだな。明日の今頃、ちょうど一日後のことを予知してみよう。それを一日三回。できるかい?」
「自分で予知を、一日三回……。」
おじいちゃんの言ったことを復唱する。つまり、朝昼晩で一度ずつ力を発散させると。
私は明日の今頃のことを考えてみる。明日の今頃、お昼過ぎ、明日、あした……?
しばらくうんうんと唸ってみるけれど、何も起こらない。
「むううぅ! できない!」
無理だ、自分でやってみようとすると上手くいかない。いつも勝手に見えるくせに!
そのまま数十分、自分で予知してみようと頑張ってみたけれど、何にも視えなかった。
「一日でできるとは思っていないから気にしなくて良いよ。何度も練習していれば、そのうちコツを掴めるはずだ。もし気が散ってしまうなら、私とウィルは席を外そうか?」
「ううん、私が自分の部屋に行くわ。一人でじっくりこの力と向き合ってみる。二人はこのままお茶でもしてて。」
私は立ち上がって階段へ向かう。
「また階段から落ちるなよ。」
「ウィルったら。気を付けるから大丈夫よ。」
階段を登り、自分の部屋の扉に手を掛ける。部屋に入ると、椅子に座って深呼吸した。
せっかくおじいちゃんがやり方を教えてくれたのだから、早く力を制御できるようになりたい。さぁ、もう少し頑張ってみよう。
――――――――
ウィリアムはジェイダが登って行った階段を見つめる。彼女が自分の部屋に入り、パタンとドアを閉める音を聞いていた。そして、しばらく戻って来ることがないことを確信してから口を開く。
「レオンさん、さっきのあれは、どういうことですか」
先程までとは明らかに異なる口調。二人きりの時にだけ使うウィリアムの堅苦しく落ち着いた言葉遣いも、レオンはもう聞き慣れてしまっている。しかし今の質問には、レオンもさすがにぴくりと眉を動かした。
「ジェイダが、魔力持ちが他にいるのか、いるなら会ってみたいと言った時。かなり動揺していましたよね。」
「……あぁ、そうだったね。さっきはお前が助け舟を出してくれたから助かったよ。」
レオンは困ったような笑みを僅かに口元に浮かべた。
「そんなに困る質問だったのですか? つまり、他にも魔力持ちはいると? そしてジェイダと会わせるには都合が悪いと、そういうことでしょうか。」
「お前は本当に聡い子だね、ウィル。」
レオンはふうっとゆっくり息を吐き出した。
「……いや、魔力を持つ『人間』はいない。大陸中探したって見付からないだろうよ。だが。」
レオンは厳しい顔をしてウィリアムに向き合った。
「不思議な力を持つ存在が生まれる例なら、稀有ではあるが、知ってはいる。」
ウィリアムはじっとレオンを見つめ返す。レオンの言葉を待つ時間が、異様に長く感じられた。
「その存在は、人間とは異なると言われているよ。」
途端、ウィリアムは目が眩むような感覚を覚えた。
「人間ではない、と? ジェイダが?」
「いや、ジェイダの場合は、ありえないんだよ。色々な要素がね。あの子は人間だろう。だが、それと同一視された場合は、かなり厄介だ。」
「……」
黙り込んだウィリアムの背を、レオンはとん、と軽く押した。
「ウィリアム、そうなった時は、そうならないのが一番だが、……ジェイダを守れるな?」
「最初からそのつもりです。そのために、オレがいるのですから。」
ウィリアムはその切長の瞳に決意を燃やして頷いた。