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幸せな未来など見えないのですが  作者: 開花
八歳の少女
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1. 少女は覚醒する


「良いかい、ジェイダ。」

 

 おじいちゃんが私の肩を掴んでゆっくりと言う。琥珀色の瞳が私をじっと覗き込んでいた。

 

「お前のその力は、決して人には言ってはいけないよ。私たち家族の中だけに留めておくように。」

 

 私はその真剣な声に頷いた。

 

「本当ならその力は、讃えられるべきものだろう。だが周りの人間はそう考えないかもしれない。その力を恐れてお前を迫害したり、もしくは利用してやろうと企んで近付いて来たりするかもしれない。」

 

 あるいはまた別の目的で……、とおじいちゃんは暗い顔で呟いた。

 

「とにかく、絶対に知られてはいけないよ。」

 

 そうだ、絶対に知られてはいけない。

 未来を予知する、この力のことは。

 

 

 ―――――――

 

 ジェイダ・ブライト。それが私の名前だ。

 長く伸ばした波打つ髪は真紅。瞳は深い緑色。薄茶の髪と瞳の人間が多いこの国では、かなり珍しい風貌と言えるだろう。

 そんな私は、八歳になったばかりのある日、足を滑らせ家の階段から転がり落ちた。

 

「ウィル……!」

「おい、ジェイダ!」


 ズダダッダダダダダダダダンッ

 

「ジェイダ!!」

 

 兄のウィルと、それからおじいちゃんの声がぼんやりと頭の中で聞こえた。体のあちこちが痛んで、起きあがろうとしてもうまく動けない。

 

「何があった!?」

「階段から足を踏み外して……!」

「どこから落ちた?」

「ほぼ一番上だ!」

「あんな高さから……!」

 

 二人の会話は聞こえるけれど、頭の痛みで目が霞んでいく。おじいちゃんのすっかり白くなった髪とウィルの黒髪がぼんやりと見えるのがやっとで、それも目を瞑れば見えなくなった。ガンガンと響く痛みに意識が薄れていく。

 

―――あれ、私、すごく昔にも階段から落ちたことあった、ような……?

 

 痛みの中でふとそんなどうでも良い事を思いつつ、痛みに耐えられなかった私は、あっさりと意識を手放した。

 

 

 

 そのまま暫く眠っていたらしい。目を覚ますと、兄のワインレッドの瞳が私を覗き込んでいた。

 

「じいちゃん!! ジェイダが目を覚ました!!」

「なんだと!? ウィル、確かか!?」

 

 普段あまり大きな声を出さない兄と、いつも落ち着いているおじいちゃんが揃って慌ててドタバタしているので、私は眠気がすっかり飛んでしまった。欠伸をしながら起き上がる。

 

「もう、二人ともそんなに騒がなくったって良いじゃない。どうしたの。」

「お前な、なんでそんな呑気なんだ。三日も目を覚まさなかったんだぞ!」

「え? 三日?」

 

 憤るウィルの言葉に私は言葉を無くす。見上げればおじいちゃんが、心配そうな顔で私を覗き込んでいた。

 

「そう、三日だ。ジェイダ、覚えているかい? お前は階段から転がり落ちて、三日間も寝込んでいたんだよ。私たちがどんなに心配したことか。」

「ごめんなさい……。」

 

 おじいちゃんの暗い声に、私は素直に謝る。まさか本当に三日も寝ていたとは。確かに、そう言われてみれば体の中が空っぽな気もする。

 

「なるほど。だからかぁ。お腹空いたなぁ……。」

「お前なぁ、オレの心配を返してくれよ……。」

 

 ウィルの呆れた声に、おじいちゃんがははは、と笑い声を返す。

 

「いや、腹が減るのは良いことだ。せっかく起きても、物が食えなきゃ弱るだけだ。今パン粥を作ってあげるから、胃袋に負担をかけないようゆっくり食べなさい。それからウィル、お前は走ってベネット先生を呼んできておくれ。」

「分かった、すぐ連れて来る。」

「えー、お医者さん嫌だなぁ。」

「駄目だ、ちゃんと診てもらいなさい。」

 

 おじいちゃんにそう言われて私は口を尖らせた。そんなやり取りをしている間にも、ウィルは扉を開けて駆けて行ってしまう。

 ベネット先生の家までは、私が歩けば二十分ほどの距離だけど、ウィルが走ればあっという間だろう。帰りはベネット先生の馬車に乗って来ると思えば、三十分もしないうちに戻ってきてしまうかも。

 案の定、おじいちゃんが作ってくれたパン粥をゆっくり食べている最中に、ウィルは先生を連れて帰って来た。

 

「ジェイダ! 目が覚めたと聞いて安心したよ。随分心配したんだからな。」

 

 走り込んで来たベネット先生は私を見るなり涙を浮かべて笑顔を向けてくれた。

 先生は町のお医者さんで、ウィルや私が小さい頃からお世話になっている。ふわふわの薄茶の髪、ひょろっとした体型の、丸メガネをかけた優しそうなおじさんだ。人としては大好きだけど、苦いお薬とか痛い注射とかが嫌だから、診てもらうのは好きじゃない。

 私がゆっくり食事を終えるのを待ってから、先生は診察を始めた。

 痛いところは無いか、立ったり歩いたりできるか、ぶつけて傷や痣になっていたところの治り具合はどうか等々、時間を掛けてじっくり診てくれた。

 発声や記憶の確認もされた。階段から落ちた時に頭をぶつけたからだ。起きてすぐは気付かなかったけれど、私は頭にぐるぐると包帯を巻かれていた。強く頭を打つと、ちゃんと喋れなくなったり、記憶が無くなったりすることがあるんだそうだ。

 

「階段から落ちたことは覚えていますか。」

「なんとなく……?」

「では、お名前は言えますか。」

「ジェイダ・ブライトです。」

「何歳ですか。」

「八歳です。」

「家族の名前は言えますか。」

「おじいちゃんがレオン、お兄ちゃんがウィリアムです。」

 

 こんな感じでとても簡単な質問が続き、最後にベネット先生は安心した様子で頷いた。

 

「取り敢えず、生活に支障が出るような記憶や発話の障害は無さそうだ。体のあちこちに打身や痣などの傷があるから、暫くは安静に。あぁ、それからレオンさん、……」

 

 先生がおじいちゃんに向かって痛み止めや化膿止めの薬の説明を始める。ウィルはそんな二人を横目に、ベッドに腰掛ける私の横へ椅子を持ってきて、話し掛けてきた。

 

「本当に大丈夫なのか。」

「もう平気。たぶん、先生からお薬もらって使っていればすぐに良くなると思うの。だから、お外へ遊びに行っても良い?」

「良いわけないだろ。」

 

 ウィルはじとりとした目を私に向けてきた。ただでさえ彼は無表情なので、彼の切長な瞳を向けられて「睨んでいる」と勘違いする人は多い。けれど、ウィルを見慣れている私には全然怖くなかった。

 

「だって体がむずむずするんだもの。ずっと寝てたからだと思うの。」

「暫く安静だって今言われたばっかりだろ。」

 

 ウィルが私の手を取って握りながら言う。

 

「頼むから、もうオレを、オレ達を心配させないでくれ。お前が二度と起きなかったらと考えたら、生きた心地もしなかった。」

 

 それは大袈裟なような。まぁ、家族が三日も目を覚まさなかったら、そんな風にも考えるのかな。

 ウィルの声はさっきまで私に小言を言っていたのと違って何だか心細そうで、私のことを本当にすごく心配してくれていたんだなってことが伝わってきた。

 

「ごめんね、ウィル。もう我儘言わない。心配してくれてありがとう。」

 

 ここは素直に言われたことに従うことにする。彼の目を見てお礼を伝えると、彼はふいっと顔を逸らして、「……分かったなら良い」と私の手を離した。

 

「あぁそうだ、ねぇウィル。私って前にも階段から落ちたことある?」

「あんなことが何度もあってたまるか。これが初めてだよ。」

 

 話を変えようと、気になっていたことを尋ねると、ウィルがぶっきらぼうに答えた。

 

「そっかぁ。なんか前にもあんな風に転がり落ちたことかあるような気がしたんだけどなぁ。」

「そんなことがあったなら絶対覚えてるはずだ。けどオレにそんな記憶は無い。だからお前の気のせいだ。」

「うん、ウィルって私については過保護だし何でも覚えてるもんね。ウィルが言うなら間違いないね。」

 

 私が茶化してそう言うと、ウィルは「お前がそんなにお転婆でなければ、ここまで心配する必要はないんだけどな」と返して来た。

 と、その時、おじいちゃんとベネット先生との会話が聞こえてくる。

 

「二日前にうちのテオが足を挫きましてね……、」

 

 ベネット先生のお宅の子、テオ君の話だった。彼は私より一つしたの腕白な男の子だ。つい数日前、ボールで遊んでいて足を挫いたのだとか。

 お気の毒にと思いながら聞いていると、そんな私にウィルが怪訝そうな目を向けてきた。けれど先生たちがすぐ会話を終わらせて戻って来たので、ウィルは私の横に腰掛けていた椅子をどかして場所を空けた。

 

「じゃあジェイダ、私はそろそろ帰るから。また三日後に診に来るからね、それまで絶対に安静にしているんだよ。くれぐれも、外に遊びに行くなんて真似はしないように。」

「そういうことだ、ジェイダ。先生のおっしゃる通り、ちゃんと安静にしてベッドで寝ているんだよ。大人しく過ごすんだよ。」

「ねえちょっと! みんな、私ってそんなに信用無い!? そんなに言われなくてもちゃんと寝てるわ!!」

 

 今ウィルにも言われたばっかりなんだから! と私がむくれると、三人は「そりゃあまぁ……」と呆れ顔になった。

 

「もう、そんなこと言って! テオ君だってこの間ボールで足挫いちゃったんでしょ? 私のこと言えないじゃないの。さっきおじいちゃんと話してるの、聞こえてたんだからね!」

 

 私のことをお転婆だって言うなら、テオ君だって大分やんちゃだと思う。

 けどベネット先生は不思議そうな顔をした。

 

「テオが? まぁ確かにしょっちゅう怪我はしているが、今は足なんか挫いてないぞ。そもそもジェイダ、私はテオの話なんてレオンさんとはしていないんだが……。」

「え? だって確かにそう話しているのがさっき聞こえて……?」

「ジェイダお前、夢かなんか見てたのと勘違いしてるんだろ。」

 

 ウィルの言葉に「寝惚けてたって言いたいの?」と言い返す。テオ君の怪我については今しがた聞いたばかりの話だ。私が寝ていた間に見た夢、な訳がない。それなのに。

 

「長い間寝込んでいたから、夢で見たことと現実の境が曖昧になっているのかもしれないね。」

 

 そう言って去って行くベネット先生の後ろ姿を、私は納得がいかないまま見送った。

 

初めまして。

ゆるゆるっと3000字〜4000字程度の投稿をしていこうと思っています。


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