ペットショップの仔猫
雷鳴轟く雨の中、道路沿いのとあるペットショップの駐車場に、
高級外車二台が相次いで、滑り込んできた。
先に入ってきた車からは、
いかにもやくざの親分風の厳つい体躯の大男が降りてきた。
後の車からは、背の高い紳士が降りてきた。
どちらも運転手を従えてペットショップに入っていった。
入口からの通路の左右には目の高さに猫の陳列ケースが並べてあった。
紳士は三毛猫の前まで来て、ふと立ち止まった。
その仔猫をしばらく見ていたら、店主らしき男が傍に来て、
「お客さん、この子がお気に入りでしょうか?」と云う。
「いや、何となく目線があっちゃいましてね」と紳士は照れくさそうに破顔した。
「そうでしょうとも、はい、わかりますよ。この子達も生き物でして、
人の心を見抜く力はあるんです。どの人間に買い取られたら、
自分は仕合せになれるかと。だからそのような人が前に立つと、
品を作って甘えて見せるんですよ」「ほう、で、このわしが、その人間だと
見込まれたってわけかい?」「そのようですねお客さん。いまケースから出しますから、
お抱きになりませんか?心配はご無用です。
当店のペットが、もしお客さんに粗相するようなことがありましたら、
如何様に処分されてもかまいません」と、店主が妙に強調する。
「ま、いいだろう。出して見せてくれ」
背の高い紳士には子がなかっが、大切な赤子を抱くように両の手で
胸の辺りまで抱き上げた。「こんな可愛いものを今まで見たことも
触ったこともない」
「はいこの子の精一杯の愛嬌でして、健気なもんじゃありませんか。
この子の運命が、いま、あなたさまの手にあるのですから」
と店主は大仰に言う。
「よし、決めた。この三毛を貰おう」
「はい、ありがとうございます。
この子の嬉しそうな顔を見てやってくださいな」
そこにさっきの親分が子分を従えてやってきて
「おやじその三毛をちょくら見せてくれんか」
「はい、見ていただくのはようござんすが、
この子は、たった今このお方に買われたとこなんで」
「いや、ちょとでいい、おれにも抱かせてくれんか」と言う。
店主から預かると胸元に引き寄せた。あまりに強く引き寄せられたので、
仔猫はお漏らしをしてしまった。親分もそれに気がついて
「おい、おやじ、何をしてくれるんだ。こやつの値段よりも、
わしの背広のほうが高いんだぞ」と凄んだ。
「あれあれ、こんなことは滅多にないのですが、誠に申し訳ありません」
と店主が謝る。「えい、おやじ。さきほどこちらさんに、何て言うた?」
「はい、店内のペットが、お客様に粗相をした場合は、
猫であろうが如何なるお仕置きをされても結構ですと申しました」
「おやじ、間違いないな。ではこの三毛は殺処分にしても、
よいのだな?わしに害を加えた者は、何であれ、いままでもそうしてきた。
それがわしの流儀だ。たとえ可愛い仔猫であってもな」
親分は怖い顔で店主を睨みつけた。
「はい、如何ようにされても構いません」と、店主が仔猫の方をちらと見た。
それを見てた紳士が「亭主、三毛の代金は、わたしが払おう。
三毛の処分はこの方にまかせてもよいか」「はい、お好きなように」
と店主は無表情で応える。親分は「よし」と言って、子分の運転手に
「必ず処分しろ」と言って三毛を投げるように渡した。
雨も小止みになり親分たちが帰ったあと、紳士は「これで良い」と声にした。
店主は軽く頷いた。そして紳士も社員の運転手とともに店から出て行った。
それから数年経ったある日、かの親分は病床にあって、
あと幾日か分らぬ容態であった。朦朧とした意識の中で
「おい、あの三毛は大きくなったか?」と子分に問うた。
「エッ親分、あの三毛はお言いつけ通り処分しやした」という。
「あは、まあいい、あの三毛をあの時の御仁に返してやってはくれんか」
「親分、ご存知だったんで?」「わしは伊達に親分はしてねぇ~」
「こりゃ参りました。ご命令に背いて申し訳ござんせん。」
「いいってことよ。だからお前に処分させたんだ。あはは」
それから数日して親分は死んだ。子分は件の紳士を捜すべく、
あのペットショップへ行った。「おやじ」「はい、お待ち申しておりました。
あの時のお客さんも、いまここに」「えっ、驚いたなあ」
「はい、親分さんが亡くなったと聞いてお待ちしてたんです。」
紳士と店主はくすりと笑いながら「わかってましたよ、貴方も親
分さんも、殺したりはしないってことを」そして、
紳士に渡された三毛は、ほんとに嬉しそうに、
生涯で一番の愛嬌ある顔をして見せた。「にゃーん、みんなありがとう」
不図紳士は思う。今までに親分に処分されたとされる者も、いまもどこかで、
いきてるのではないかと。(了)