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第8話 【3分で読める1389文字】

カクヨムにも掲載中

 ある時、彼が乗り合わせた飛行艇カフチェークが針路を誤って、雲に届くほど高くそびえ立っていた樹に衝突してしまい、さらに突風に煽られて本隊から離れてしまった結果―― 敵陣の中央に不時着したことがあったのだという。


 搭乗していたのは操縦士一名、傭兵七名、冒険者五名、そして彼を含む王国兵一八名。


 彼らは、敵軍のただ中に孤立する形になったが、しかし、彼らが怖めず臆せず、最後の一人になるまで戦い抜く覚悟があったのは言うまでもない。


 事実、最後まで残った彼と冒険者、傭兵、操縦士たち四名がそれぞれ背中あわせに身構え、その周囲に帝国兵の屍を大量に生み出していった。



「まあ死体を生み出すというのも可笑しな表現だよな」

「…………」



「こんなに人を殺した俺がそれでも結ばれたいと思えた女性は俺のせいで死んだ。だから怖いんだ…… 望めば吹いて消えそうな予感がする。ならいっそこのまま独りで居たら良いのかもって、ね」



 そうして、数秒、数十秒。長い。永い。沈黙の間を置いて、「ごめんな。こんな話して――」と空気を変えるために元軍人がそう口にしようとした、その時。




 牙獣族の彼女が何の前触れもなく元軍人にキスをしたのだ。




 いきなりの事で眺めていたジャンブも元軍人も理解が追い付かなかい。

 二人はそのまま言葉を交わすことなく店をあとにした。



 そして、それから二週間後に彼女たちは結婚したのだという。



 周囲は亜人と人間の結婚に懐疑的であり、おそらくあまり長くは続かないだろうという声も多い。やはり種族の壁が否が応でも二人を阻むのだろう。


 そこでジャンブは店で客同士が語っていた『野豚と灰狼』という話を思い出した。


 元軍人の彼が仮に懲りない野豚であったとしよう。


 話の中で悲劇などというモノも知らない野豚は、どうかすると平和な森で得た未熟な経験と付け焼き刃の価値を過信した挙句、本能に逆らわずに灰狼と恋に落ちた。


 その結果、腹の空いた灰狼に野豚は最後に食べれてしまうというものだ。そんな獣にすら笑われそうな判断をしてそれでも得意になって、過去に大怪我をしてもまだ悟らずにいる元軍人の彼はきっとこの寓話の中では野豚を演じる羽目になるのだろう。


 彼はまだまだ、というよりはむしろ永遠に悲劇から教えを受けなければならないのかもしれない。


 だが、しかし。それでも。


 野豚と灰狼は自由に生きたのだ。たとえ食われようと。死のうと。悲劇であろうと。


 ならば自由の下で最期を迎えた野豚はきっと本望であっただろう。


 ジャンブはその後もずっとその店に居続けた。何年も。何年も。



(今となっては前の記憶ももう思い出せない…… 覚えているのは車輪の感覚だけ)



 今日も彼は『トリア』で静かに客のことを待っている。

 明日も、明後日も、その次の日も。ずっと。


 そしてある歌を口ずさみ始めた。どこで聞いたのかも覚えていないが、何故だかずっと頭の中に残っている歌。



「さあ おけいこを始めましょう やさしいところから

 みなさん一緒に歌いましょう


 どんなときにも 手を繋いで

 みんな楽しく ファイトを持って

 空を仰いで ランラ ランランランラン

 再会の歌 さあ歌いましょう


 どんなときにも 列を組んで

 みんな楽しく ファイトを持って

 天を仰いで ランラ ランランランラン

 幸せの歌 さあ歌いましょう」


 歌い終わった彼は不意に「あっ……」とあることを思いついた。



「そうだ…… これを『車輪の歌』と名付けよう」



 コーヒーの匂いだ。開店の時間が近い。

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