『寝転んでじゃれあう』 ―2
翌日、医師の言う通りすっかり元気になったディルは、けれどエルダーに大事を取るよう言われてもう一日家でのんびり過ごす事にしたようだ。
昨晩は寝室を分けられて久しぶりに一人で眠ったので、エルダーとアンゼリカから接近禁止令が解除されてすぐに、私はディルのいる寝室へと向かった。
「具合はどうですか?」
「あぁ、もうすっかり良い」
おいで、と言われて、私は少し早足でディルへと向かって、そしてその胸に飛び込む。
「何だ、寂しかったのか?」
冗談めかして言われた言葉に、私は少しだけ返事を躊躇って……そしてぐりぐりとディルの胸に額を押し付ける。
「心配しました……それと……少し、寂しかった、です」
ボソボソと小さい声で言ったけれど、ディルの耳にはしっかり届いたようで、ディルの長い指で顎を持ち上げられる。
ゆっくりと重ねられた唇は、ただ重ねられるだけの優しいキス。
だけどそれだけでは物足りなくて、離れていくディルの唇を追うように踵を持ち上げる。
応えるようにディルは私の腰を引き寄せると、今度はちょんっと触れるだけのキス。
それを合図に、私たちは何度も唇を合わせる。
角度を変えて、歯列をなぞられて、そして舌を絡めとられる。
「ぅん……」
吐息と一緒に漏れた声は、やっちゃった、と自覚するくらい甘さを含んでいて、ディルは身体を離すと、ふわりと私を横抱きにした。
「えっ、ディル、あの……」
何を、という前に、ぽすんっとベッドに降ろされて、あっという間にディルに押し倒される。
「ちょっ、ディ……んっ」
慌てる私をよそに、ディルはまた唇を重ねて、舌を絡ませてくる。
最初の頃は触れられると緊張して固くなっていたのに、すっかり慣れさせられてしまった今は、逆に身体から力が抜けていってしまう。
執拗に唇を重ねられてふにゃんっとなっている私の胸を、大きな掌が包み込んだ。
「ぁっ……」
――『ぁっ』 じゃないわ、私!!!
ぴんくんっと反応してしまった身体を脳内で叱り飛ばして、そして私はぐっと腕に力を込めてディルの胸を思い切り押し返す。
「ローズマリー?」
ディルの不満そうな声に、私はキリッと顔を上げる。
「今日は、大事をとってお休みするのでしょう?」
「まぁ、そうだな」
「病み上がりなのですから、ゆっくり過ごして下さい、とエルダーにも言われたのではないですか?」
「……まぁ、そんなような事は」
「だったら、大人しくしていてください」
ぐいーっと頑張って胸を押していると、ディルは暫くして溜息を落とすと「分かった」と頷いて、私の両脇に腕をついて少しだけ身体を持ち上げたものの、身体を起こそうとはしない。
「こういう事、は、身体に障るといけませんから……今日はダメ、です」
胸を押したまま、良いですね、とキリッと続行で言えば、ディルは何がおかしいのかふっと笑った。
「ディル、私は真面目に──」
「分かってる。 けど、ローズマリーが可愛すぎて」
ちゅっと頬にキスをされる。
「!!?」
今、私はとってもキリッと! 怒ってます! 的な表情をしていたはずなのにっ!!
何でかっ……かわ……かわいい、だなんてっ!
頬を押さえてあわあわしていると、ディルが私の頭をくしゃりと撫でる。
「一つ、教えようか。 ローズマリーは、俺の前ではもう仮面を被れてない」
「……え?」
仮面、とディルが称したのは、公爵令嬢として──というよりも "ソレル殿下の婚約者" として過ごしていた頃の私の事だろう。
「あの頃は、作り物の微笑みではなくて、心からの笑顔が見てみたいと思っていたが──」
ちゅっと、今度はこめかみにキス。
「こんなに無防備な表情を見られるようになるなんて、思っていなかった」
目尻に。 頬に。 唇に。
次々と落とされるキスを受け入れながら、私は自然とディルの背に腕を回してしまっていて。
「ディルだって、ちっとも笑わないし、しゃべらないし……たまに笑っているのを見るのが……大好き、でした。 いつか私にも見せてくれないかなって……私も、ずっと……」
最後の方はもにょもにょと、口の中だけで呟いた私にディルが覆いかぶさってくる。
「同じこと、考えてたんだな」
私の首筋に、顔を埋める様にして囁いたディルの柔らかい髪に指を差し込んで「そうですね」と返す。
私だって、ディルの笑顔をこんなに間近で、毎日見られるようになるなんて思ってもいなかった。
笑顔だけじゃなくて、声だって毎日聞けて、たくさん会話が出来て、
こんなに、溢れるくらい、愛されて――
さっきあんなに頑張って押し返した身体は、あっという間に距離がなくなって、ディルの体温と重みが心地良くて。
指の間をさらさらと流れるディルの髪の感触も、気持ち良くて。
ついばむ様なキスを繰り返されて、それが段々深くなっても、拒否する事なんて出来なくなってしまう。
「ディル……」
うっとりと見上げると、ディルが笑う。
「今日はダメ、なんじゃなかったか?」
あぁ、そうだった。 また熱が出ちゃったら、困るもの──
「ん………だめ、です」
「でも、誘われてる気がしてならないんだけど」
「気のせい……です」
落とされるキスを、受け入れて、返して。
それを何度も何度も、繰り返す。
「ローズマリー」
囁かれて、ん、と吐息のような返事を返すと、ふとディルの動きが止まって、そして私の胸に顔を埋める。
「……ディル??」
どうしたのかと髪に触れる。
「ローズマリーのせいで、また熱が出そうだ」
くぐもったディルの呟きに、私のとろけていた意識が急激に晴れた。
「あっ……ディル、はなれて……今日は、安静に……」
あわあわと私の胸に顔を埋めているディルの頭を上げさせようとしたら、僅かに顔を持ち上げたディルと目が合った。
その目を見た瞬間、私は自分の頭の下にあった枕を引き抜いて、ディルの顔に押し付ける。
「かっ……からかいましたねっ!?」
いたずらが成功した子供のようなその目に、きっと何度もキスを繰り返していた時から遊ばれたいたのだと気づく。
「からかったわけでは……こら、ローズマリー、痛いって」
「知りませんっ!!」
真っ赤になってぼふぼふと枕越しにディルを叩いていたら、ふいにぐっと手首を掴まれる。
「からかってない。 ローズマリーが、本当は俺が欲しいんだと、確認しただけだ」
「ほ………しくなんて……!!」
「……欲しく、ないのか?」
掴まれた手首を引き寄せられて、指先にキスをされる。
枕は、あっさりと取り上げられて、ぽいっと後ろに追いやられてしまった。
「べ……つに…………」
慌てて引こうとした指先を軽く噛まれて、そしてディルの唇が手の平へとまわったと思ったら、ディルの唇がそのまま手の平を滑った。
「っ……!」
ぞくんっと背中を甘い痺れが走って、私は必死に声を抑える。
「ローズマリー」
名前を呼ばれて、手の平から手首へと唇を移動させながら見つめられて……
「ほ……欲しい……です………」
白旗を上げた私に、ディルが満足そうに微笑む。
「~~~~~っでも!!」
ここで流されては、負けなので。私はキリっと顔を上げる。キリっと!
出来てないのかもしれないけど、気にしない!
「今日はダメですからね! 今日一日、ゆっくり、安静に、過ごして下さい!」
私の言葉に、今度はディルがやれやれとばかりにハンズアップしてみせる。
「分かったよ、今日は大人しくしてる」
そしてごろんと私の横に寝転んだディルにゆるく髪を引かれて、私は少し考えてからディルに背を向けて隣に寝転がる。
ディルは後ろから私を抱きしめて、そうして、他愛もない会話を続けて……
時折いたずらしてくるディルの手をぺちりと叩きながらも、その後は穏やかな休日を満喫した。
だけど日付が変わってすぐに『大人しくしてるのは昨日までの約束だから』としれっと言われて、それはもう美味しくいただかれてしまったのだけど……
翌朝、久しぶりに起き上がれなかった私とは反対に、ディルはやたら生き生きと仕事へと出かけて行ったのでした――
― Fin. ―




