04. つま?ツマ?
「ずっと──殿下の護衛についてからずっと、貴女を見ていました。貴女が殿下とご結婚されるのであれば、一番近くにいるにはこのまま殿下の護衛を続けた方が良いと。だから、殿下の護衛として残れるように計らった」
……うん?
「ご結婚後、貴女付きの護衛になる為に殿下の信頼を得ておかなければと思って筆頭などやっていましたが、婚約が破棄されたのであればあんなヤツの護衛などやりたくもない」
………はい?
「あ……あの……ディル様……?」
キャラがおかしいデス。
私の知っているディル様は、お役目大事って感じの、寡黙で、必要な事以外は一切口を開かなくて……
あ、でもさっきの苦笑は良かった。きゅんってきた。
「ローズマリー、と呼んでも?」
「ひゃいっ!?」
よよよよよよよよよよびすてーーーー!?
いや、良いんです。全然良いんです。
今までは殿下の婚約者だったから「様」をつけて下さっていたけれど、本来シブレット家はいくつかある公爵位の中では下の方で、『三大公爵家』と言われているマグノリア家の方が上なので、私なんかの名前は呼び捨てでも、何ならもう超尊大に「お前」とか言って下さっても良いんですっ!
大混乱の絶頂にいる私の手を、ディル様はそっと握ると真剣な瞳で私を見上げてくる。
やばい。鼻血出そう。
「俺の妻に、なってほしい」
つ ま ?
ツマ? お刺身には欠かせない、あの?
他に何か「つま」ってあったかしら──待って、今思い出しますから。
と思っていたら、ディル様の腕が伸びてきて、サイドで垂らされていた私の髪をゆるりとすくい取った。
そしてその手が頬に移って、そのままするりと首の後ろに回される。
え? と思った時にはその手に力がこもって、ディル様の方へと傾いでしまった私は咄嗟に彼の肩に手をつく。
「ディ……」
ディル様、と、五年で私が彼の目の前で口にした回数よりも、今日この数分の間の方が多くなりそうだったその呟きは、ディル様の口の中に吸い込まれてしまった。
驚きすぎて、目を閉じる事も出来なくて。
すぐ目の前で微かに揺れている睫毛が意外と長いなぁ、なんて場違いな事を考えていたら、その睫毛がゆったりと持ち上がって、焦茶色とぶつかった。
「っ!……んっ」
口付けられているのだと、脳内回路がばちっと繋がった。
慌てて身体を離そうとすれば、更に首の後ろの手に力が込められて、一瞬だけ離れた唇はすぐにまた角度を変えて塞がれる。
「んっ………まっ………」
必死に身体を離そうと、ディル様の肩に置いたままだった手で押し返そうとすれば、もう片方の手でぐっと腰を押さえられた。
ひぃっという悲鳴は音にはならず、僅かに私の喉を震わせただけで終わった。
そして長い長い口付けの後、
そっとディル様の身体が離れていく。
ほっとしたような、少し寂しいような……。
よく分からない感情の狭間でうろうろしていた私は、ディル様がゆっくり立ち上がるのをぼんやりと視線で追う。
「ローズマリー、返事は?」
「へん……じ……?」
なんだっけ。
「俺と結婚して欲しい」
けっこん……血痕?
ちっとも働いてくれない頭ががんばって弾き出した日本語変換に、あれ、私やっぱり断罪されるのかなと思っていると、今度はふわりと抱きしめられた。
「愛してる」
耳元で囁かれたその言葉が、脳内を走り抜けていく。
「あい……え……?」
だめ。もう全然追いつかない。脳みそが完全に機能停止している。
彼は……何を言っているんだろう??
呆然としていると、ディル様の長い指が私の顎を持ち上げた。
「愛してる、俺の妻になって欲しい──返事は?」
ちゅっと落とされた口付けに、ゆるりと瞬きをする。
つま……妻?? 誰が?
「わたし……が……?」
誰の?
「ディル様、の?」
そう、とディル様が呟いて、また唇が塞がれる。
「どう……して………」
やっぱりこれは夢なのだろうか。それか私、天国に召された?
「一目惚れ、かな。だけど出逢った時には既に貴女は殿下の婚約者で。ならばせめて見ているだけで、貴女を護れるだけで良いと、思っていたんだ。だけど……貴女も、俺を見ていた」
ひゅっと喉が鳴る。
「え……え??」
「最初は俺の勘違いだと思っていたんだ。自分の願望で、そう感じているだけだと。だけど……暫くして、確信に変わった」
「ど、うして。だって……話した事も、目が合った事だって、ほとんど……」
「うん。だからこそ」
──すみません、意味が分かりません。
私は、ディル様の視線が外れている時にこっそり盗み見ていたはずなのに。
すごく我慢して、チラ見する程度。長くても三秒くらい。
目が合わないように、見ている事を誰にも気付かれないように。
すごくすごく、気を付けていたのに。
「これでも騎士だから。視線には敏感なんだ。悪意も、敵意も、憧憬も、それを超えた──熱も」
ディル様のその言葉に、私は知らず息を飲む。
そして、その意味を理解した途端、かぁっと顔が熱くなった。
「確かめたくて、わざと長く他所を見てみたり……そうすると、決まって貴女は応えてくれた」
見ていた事が、ばれてた。
それだけじゃなくて、試されていた、なんて──
ハクハクと、多分真っ赤な顔で金魚みたいになっている私の顎を持ち上げたままだった指がするりと滑ったと思ったら、大きな掌で頬を包まれた。
「それとも、やっぱり俺の勘違い──ただの思い込みだった?」
切なそうに眉を下げたディル様に覗き込まれる。
──良いのかな。
言っちゃっても……良いのかな。
ゆるりと、私は左右に首を振る。
「わたし……私、も。五年前に初めてお会いして……から、ずっと………」
下ろしたままだった腕を少しだけ持ち上げて、ディル様の上着の裾を握る。
「ずっと……好き、でした……」
ぎゅうっと、
ディル様の腕に力がこもる。
苦しいくらいのその力に、だけど私は、うれしくて。
夢でも天国でも、もう何でも良いやって。
「好き……です。ディル様のこと、好き、です」
「じゃあもう、遠慮しない」
落ちてきた言葉と、噛みつくような口付けと。
「……んっ、ぅんっ……」
何度も何度も繰り返されるそれに応えたくて、必死に腕を持ち上げてディル様の背中に縋りつくように服を握る。
そうするとディル様は更に深く口付けて──
「ディ……ま……、くる、し……」
段々と息が上がってきて、苦しくて。
合間に必死に訴えると、名残惜しそうに、そっとディル様の唇が離れた。
喘ぐように空気を取り込む私を抱きしめたまま、ディル様が小さく笑う。
「かわいい」
ちゅっと頬にディル様の唇が落ちてきた。
かわっ……!?
ディル様の口から、"かわいい"なんて単語が!?
驚いて見上げたら、息苦しさで滲んでいた目尻の涙を掬い取られた。唇で。
「ディ、る様っ」
びっくりして距離を取ろうとした私の腰と背中はがっちりガードされていて、頭をわずかに反らすくらいしか出来ず……。
それもあっさりと背中から後頭部に移動させたディル様の手によって引き戻されてしまう。
諦めて引かれるままこつんとディル様の肩に額を乗せれば、その手はまた背中に戻った。
きゅっと服を握る手に力を込め直して──はたと気付く。
「す、すみません。お召し物に、皺が……」
肩口から顔を上げて慌てて手を離すと、ディル様が少し残念そうな顔をした。
「そんなの気にしなくて良いんだけど」
「いえ、そういうわけには……」
「もっと、乱してくれても構わない」
意味深に、何故か色気を滲ませて微笑まれて、ふぎゃーっと私の脳みそが飛び上がる。
ブンブン首を振ると、ディル様は可笑しそうに笑った。
「からかわないで下さい……」
膨らませた私の頬に唇を落としてからそっと身体を離すと、ディル様は私の右隣に腰を下ろした。
そしてディル様に肩を抱き寄せられて、私はこつりとディル様の肩に頭を寄せる。
さっきまでの、主に私の脳内が嵐のようだった時から打って変わって穏やかになった時間。
ガタゴトと揺れる馬車の振動に身を任せていたけれど。
何だかさっきまで全身で感じていた温もりが恋しくて、
「愛してる」なんて言われてふわふわと舞い上がっていたせいもあって──
だから少しばかり、欲が、出てしまった。
僅かに身体をディル様の方に向けて、その広い胸に腕を回してみる。
あったかくて、何だかとてもほっとして、心もぽわっと温かくなる。
この馬車に乗る前まで、こんな温もり知らなかったのに。
一生、知るはずもなかったのに──
ディル様は腕の位置を直すと、温もりを確かめるように抱き着いている私の肩を抱き直した。
「──私、ディル様がこんなに話すの、初めて聞きました」
「俺も、ローズマリーの表情がここまで豊かだとは知らなかった」
「そ……れは、ディル様が……」
あんなこと、言ったり、したり、するから。
とは口に出せずにもごもご言っていると、くくっとディル様が喉を鳴らした。
その時、馬車が緩やかに停車した。
ほどなくして、御者の人からシブレット家に到着した旨が伝えられる。
「さて」
ディル様は立ち上がって手を差し出した。
私はその手に、今度は迷うことなく自分の手を預ける。
「結婚の許可を貰いに行こうか」
「は……って、違います。まずは婚約破棄の件が先です」
危ない。はいって言っちゃうとこだった。
何か色々すっ飛ばされるところだった。
「割とどうでも良いんだけどな」
「いえ、まぁ、同感ではありますが……。順序はきちんと守らないと」
「ローズマリーは真面目だな」
「そうではなくて──ディル様の印象が、悪くなってしまっては困ります……から」
もにょもにょそう言うと、ディル様は一瞬目を瞠って、そしてふわりと笑う。
えっ、画像。今の画像保存させて下さい!!
何でこの世界にはカメラがないのっ!!?




