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すべてが終わったそのあとで  作者: 北田 龍一
転生したら世界が終わってる。俺が来た時にはもう遅い件について

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騎士の追憶

騎士サンが死んで、俺と女性だけが残された。

気まずい空気が流れ、互いにどうすれば良いか分からないが……騎士サンが使っていたであろう小屋を、俺は指差す。俺の事は信用できなくても、騎士が残した物なら信じられるのでは……そう考えて、彼女一人に小屋を探してもらう。その間墓を掘り始めた俺に、彼女のすすり泣きが聞こえた。

 魔王討伐から一年後、世界は……瘴気に侵された。

 瘴気に触れた人は禍々しく変異し、魔物と呼ばれる化け物へと成り下がっていく。国家として由々しき事態に陥ったが……王族は対応を誤った。

 ……これに関しては王族も被害者だった。何せ最初に魔物になり果てたのは、この国の現国王だ。巨大なガイコツの化け物になり果て、付き従う者たちを襲って回ったのだ。

 原因は良くわからない。帰還した勇者が瘴気を持ち込んだとか、倒された魔王の呪いだとか、実は王族と魔王が手を組んでいたとか……噂だけなら山ほどある。真相は分からないが、問題は民も次々と魔物化していった所だ。

 瘴気は、いつの間にか体に取り込んでしまう物らしい。変異の危険を多少は自覚できるそうだが、誰も自分から申告する奴はいないだろう。


 症状が出た時点で既に手遅れだ。一度魔物になってしまえば、助かる方法はない。

 変異した肉体と精神で心を失い、目についた者に襲い掛かり、貪り食らう存在に成り下がる。魔物になりそうだと明かせば、殺されるしかなくなるから……誰も自分から言い出す筈がなかった。

 誰が人間のままで、誰が魔物となってしまうのか。王族だけじゃない、下々の民も、研究者たちも、騎士団も全員が狂気と混乱に飲まれていく。護塔の騎士の俺も……多分大差は無かった。

 この塔は随分昔から立っている。俺の一族の役目は、この塔と中にいる一人の女性を守る事だ。彼女は大いなる厄災に見舞われた時、唯一の希望となるという。俺はその八代目の騎士だ。だから安直に『エイト』なんて名前がついてる。

 ――今起きている瘴気による人々の魔物化は、まさにそれなんじゃないかと俺は考えていた。騎士団長やマーヴェルのクソ野郎も、同じ結論に至ったのだろう。


 無理もないさ。伝承もそうだし、彼女は普通の人間と違う。五年間塔の中で眠り、一年だけ目を覚ます。そのサイクルを繰り返して、決して老いる事も病む事もない……特別な人だ。

 水色の長い髪、透き通るような白い肌、灰色の瞳に……頭の右側だけ、赤くねじれた角の生えた人。

 最初は俺も魔族だと思ったけど……すごく優しい女の人で、俺が六歳の時に初めて会ったっけ。これから俺は生涯、この人を守るんだぞって言われて……実はちょっと誇らしかった。

 そんな彼女を……騎士団長はなんて言ったと思う?


『塔の眠り姫を差し出せ。彼女を研究すれば、世界は救われるかもしれない』


 ……俺はプッツン来ちまった。

 本当にその可能性はあるんだろう。でも……魔王を倒したのに厄災が訪れ、王は倒れて化け物と化し、お偉い研究者様方は治療と称して、イカレた研究を繰り返してるって聞く。伝承通りの状況かもしれないけど、それは中の彼女を解体して、世界を救うってことなのか?

 何が正しくて、何が間違っているのかなんて分からない。言い方は良くなくても、騎士団長にも一理ある。でも……俺は騎士団長の命令に背いた。俺は護塔の騎士だ。ここを踏みにじる奴は、誰だって許さない。

 団長は強かったけど……彼女が教えてくれた魔法のお蔭で勝てた。三十人以上騎士がいたけど、団長以外は全員倒せた……代償は高くついたけど。

 戦いが終わった後……俺も、魔物になっちまってた。全身から肉が削げ落ちて、細いガイコツの姿になっていた。めちゃくちゃ痛くて、苦しくて、心が壊れそうだったけど――


 ダメだ。

 姫様にもう一度。

 あと少しで目を覚ます、彼女に会うまでは死ねない。

 死んだって死んでやるもんか。

 この世界の希望になるから? いや……多分そんなんじゃない。

 彼女は、俺の全てだった。


 あの魔法を内緒で教えてくれた時の、稚気に満ちた笑顔とか

 一緒に透明人間になって、街中や森の中走り回った時とか

 本当はマズイんだけど……俺が不器用に作ったお菓子を、思いっきり頬張った時とか

 眠りにつく日に……毎回泣いちまう俺に、優しく『また五年後ね』って……微笑んで消える時の、儚い笑顔とか

 世界の命運とかと比べたら、つまらない事なのかもしれないけどさ……

 それでも……俺は、彼女が失われることに耐えられなかった。


 だから俺は、この塔を守り続けた。

 徐々に削れていく正気や理性が、はっきりわかる。

 毎日手帳に何か書いていないと、心が持たなくなりそうだ。

 それでも、折れる訳にはいかないんだ。

 笑顔でなくてもいい、酷い言葉でもいい。もう一度。もう一度彼女の顔が見たい。彼女の声が聴きたい。彼女が……無事でいる事を確かめたい。

 どんどん減っていく、まともな人間の数。

 日に日に増していく瘴気の濃さは、魔物になった今の俺には良くわかる。

 人によっては呼吸するだけで、一瞬で魔物になってしまう濃度まで上がっていた。

 あぁ、これじゃあ……彼女が塔から出た瞬間、壊れてしまうかもしれない。


 希望を持ち続ける事は辛い。

 それが絶望に変わる事が、はっきりと理解できるだけ、余計に俺には辛い。

 でもここで、投げ出すことは出来ないんだ。

 俺は……俺は、この塔を守り抜くと決めたんだから。


 ――カーネリア。

 どうか……どうか、生きてくれ。辛い世界だろうけど……それでも、俺は君に生きていてほしい。俺はもう、ほとんど自分が壊れてしまった。もし君を襲うような事があれば、遠慮はいらない。完膚なきまでに壊してくれ。

 ありがとう。俺は……君を守る騎士になれて、幸せだった。

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