縁の追憶
魔王との戦いに決着をつけて……俺たちはついに、瘴気コントロール施設に触れることができた。以前の通りの設定に戻し、さらに外部とここを遮断していた瘴気の壁も取り除くように指示を出す。これでようやく……ここいら一帯の悲劇に、終止符を打つことができた。
これで……俺たちが知る限りの話は終わりです。何か取りこぼしや、空白があるかもしれないけど……それは俺たちも見落としている事なので、気になるならあなた自身の目で探してみてほしい。
最後に――これを見つけてくれたことに、俺は感謝したい。あなたと俺は他人で、お互いの事なんて全く知らない。熱心に探し当てたのか、たまたま迷い込んだのか……それとも目立った場所にあったから目についたのかは、俺の知る所じゃない。でもそんなことは些細な事だと思う。この王国と魔族との間で起きた事と比べたら……大体の事が小さな問題になっちまうんだろう。
でも他人から見て小さなことでも、その場にいる人にとっては、簡単に片づけられなかったりするんだよな。この世界が終わっちまった理由は……そうした小さな積み重ねが、少しずつかみ合わなかったからだと思う。たったそれだけだ。たったそれだけの事で、世界が終わっちまう事もあるんだ。俺はこれを読んだあなたに、その哀しさが少しでも伝わればいいと思う
その一文で締めくくられた手記を、発見者は静かに閉じて胸のポケットにしまい込んだ。
白く輝く『純白の塔』の下で、発見者は空を仰いだ。瘴気の消えた……手記によれば瘴気が抑制された空は、すっきりと晴れ渡っている。今は魔物の影もない。
あれは、どれほど前の出来事だったろうか? 厚い瘴気の壁に覆われ、交通の途絶えた隣接した地域は……突然何のきっかけもなく壁が消え去り、行き来が自由になったのだ。
もちろん最初は誰もが警戒したが、内部から何も反応がなかったことで、希望者による探索と調査が許されたのである。何が起きても自己責任との触れ込みだが、未知への興味と一攫千金を夢見て、多くの者たちが我先にと、長きに渡り閉ざされた領域へ足を踏み入れたのだ。
しかし彼らが見たのは、壊れてしまった古臭い文明の名残と、時々襲い掛かってくる異形の魔物たち。目新しい発見への期待は冷めてしまい、多くの者たちはさっさと引き上げたが……この場を発見した探索者は、粘り強くこの地域の調査を続けていたようだ。
――そして見つけたのだ。崩壊した王城と城下町、そして無傷で残る『純白の塔』を。予感に胸を高鳴らせながら、探索者は『塔』の根元に広がる、無数の墓標を見た。
騎士剣の突き刺さった墓。
それより少し大きい、白い剣の刺さった墓。
王冠が添えられた墓。
眼鏡と実験器具の置かれた墓。
外套のようなものがかかった墓。
銀色のメダルが供えられた墓。
槍の刺さった墓。
そして二本の角が置かれた墓……
塔の根元に広がる、弔いの墓標は荒らされていない。目を引いた建造物の傍には、朽ちかけた小屋が残っている。誰かまだ住んでいるのだろうか? 恐る恐る開いた扉の中には、無数の物品と一つの手記が残っていた。
――その内容がどこまで真実なのか、発見者には分からない。
二人の男と女が、奇妙な出会いと旅路を経て、この崩壊した閉じた文明を進み、これ以上の悲劇が続くことを終わらせ、瘴気の壁を取り除いたと言う。にわかには信じがたい記述だが……ではこの墓はなんなのか。そして瘴気の壁が失われた理由も、さっぱり動機が分からなくなってしまう。
記述者の……九条縁なる人物は、全てが失われることを嫌ったらしい。彼の残した物の正否はともかく、その心象に共感することは出来た。
しかし彼は……いや彼らはどこへ行ったのだろう?
全てを終わらせた後ここに戻り、関わった者たちの墓を建て、そして記録を残した。そこまでは分かる。が、その後の彼らの行方は分からない。ここで暮らしているにしては、小屋の中に生活感が無さすぎる。恐らくもう、どこか遠くへ行ったのだろう。
ここに書かれていることが真実なら……男は異常な力を保有する怪物で、女は完全に消えて飛び回る能力を保持している事になる。下手をすれば、その能力は世界を壊しかねない脅威になるだろう。
探索者は、静かに首を振った。
彼らの行方は分からない。彼らの今後は分からない。けれど、それでいいじゃないか。
確かに異質な力を持っているだろう。人としての脆さや弱さもあるだろう。けれどようやく彼らは自由になれたのだ。狭くて重苦しい世界から。
この結論に至った人物が、むやみに力を使うとも思えない。超技術が詰まっているとされる塔も、あえて探索者は調べなかった。
今持ち帰るべきは……ここで滅びた人たちと哀しさと、それを納めた『縁の手記』だけでいい。
一度目に満足した探索者は、塔を背に自分の世界に戻っていく。
そよぐ風は心地よく、背中を押してくれる気がした。




