誰もが望まぬ結末を
戦いを続けるが、変異した魔王の能力は規格外もいいところだった。俺のチートがあっても、普通に届く気がしない。抵抗はしたんだが、俺はぶっ飛ばされ、この時一時は意識も切れちまった……
九条 縁は、自分の集めた収集品の中に埋もれ、意識を失っていた。
魔王のなれの果ては悠々と、その巨大な体躯を引きずり、彼に確実なとどめを刺さんと接近する。魔物化した勇者に斬られた一本と、さらに縁が与えた傷を引きずりつつ……肩から生えた部位に、魔力を充填し狙いを定めた。
亜空間で見守るカーネリアが叫ぶ。魔王のなれの果ても咆哮を上げ、その一撃を放った。
しかしその一撃が、九条の命を奪うことはなかった。
彼の周囲に漂う残骸……無数の遺物が、魔法攻撃の盾となり防いだ。まるで無数の誰かの意思が、彼の盾になったかのように舞う。いくつもの物品が吹き飛び、気絶した九条の体に、王国のマントが覆いかぶさった。
――何が起きたのかわからず、その怪物はしばし呆然としたが……再び魔法の充填を始めた。一度防がれたところで、なんてことはない。身体の再生こそしないが、余力はいくらでも残っている。今度こそ仕留めようと放った一撃は、分厚い龍の鱗によって阻まれた。
身に纏う鱗をいくつもが剥がしながら――九条と怪物の間に立つ魔族、龍人が静かに怪物を睨んだ。怒りと、哀しみと、憐憫を宿した瞳が、旧知の友をしばし見つめる。変わり果てた魔王は気づくことなく、新たな敵に咆哮を上げた。
その魂は静かに目を閉じ、自らが用いていた魔槍を九条へと投げてよこした。彼は未だ意識はない。しかし倒れ込んでいた彼の肉体は、吊り上げた人形のように、酷く生気のない不自然な挙動で立ち上がった。
槍を握った時、酷く不服そうな鼻息が聞こえた。手元でくるくると器用に二回転させ、静かに九条は意識のない身体で立ち上がる。背中にかかっただけのマントは、ぴったりと彼に張り付いたままだ。
怪物が叫び、再び魔法による連撃を仕掛けた。肩部からのビームと、斬られた腕から球体を発射。彼の命を狙う攻撃は、しかし全く届かない。
軽く体をひねり魔法のビームを避け、引かずに踏み込んだ九条の身体が、球体と地面の間をスライディングでくぐる。滑らかに立ち上がりつつ、握った槍が四連の刺突を放った。
それはチートパワーによる増幅、魔槍による補正もあるが……あまりに鋭い一撃だった。澱みない所作で繰り出された攻撃が、怪物の腕をさらに一つ破壊する。
怒り狂った怪物が、さらに魔法と腕の攻撃を殺到させる。が、その悉くを体捌きと槍術を使って、九条の身体は防いでいた。
――その挙動はもはや、彼の動きではなかった。チートに頼っていた彼の技巧ではない。まるで長年……騎士団長として戦ってきた、一人の騎士の挙動を思わせた。
それ以上の攻撃はないが、彼の身体も全く傷を負わない。そうこうしている内に残骸の中に残っていた――あるいはアイテムボックスから取り出したのか、無数の薬品と薬瓶が空中に浮きあがる。少々ナルシストめいた笑みを浮かべ、現れた眼鏡と白衣の研究者が薬瓶を怪物に投げつけた。
「オアアァアアアアアアアアァァアアッ!!」
どのような効果かは分からないが、怪物が激しい悲鳴を上げた。最後に澄んだ青色の液体を調合した研究者は、意識のない九条にその薬を飲ませて、光の粒となって消えていく。
「う……っ」
薬の効果か……気絶していた九条が声を上げる。同時に彼は、誰かに肩を軽く叩かれた気がした。いつの間にか握っていた魔槍を取り落とし、その音が更に彼の意識を目覚めさせる。肩に乗っていた騎士団長のマントが、役目を終えたように地面へ落ちた。
が、まだ彼が呆けている事に違いはない。滅茶苦茶に暴れる怪物が、またしても残った手のひらで叩き潰そうと上から迫る。動けない九条を狙ったソレは……何故か、大きく外れた位置に振り下ろされた。
その後も何度も、誰もいない虚空を叩く怪物。ようやく思考力が戻って来た九条は、目の前に立つ女魔族の後ろ姿を見た。
「あんた……」
呆然と声をかける九条。大丈夫と判断したのか、女魔族はウインクを一つ残して光となって消える。同時に魔王のなれの果ては、改めて九条の姿を捕えていた。今の今まで、怪物は幻を見ていたらしい。
「みんな、助けてくれた……のか……」
深く考えることはない。ただその事実を感じ取った彼は、傷だらけの身体に熱が戻っていく。弱弱しかった脈が強く全身に響き、確かに縁の目に生気が戻る。落とした槍を収納し直し、二つの剣を握りしめた彼は、その胸に宿った思いのまま、勇者の剣を静かに放した。
その剣は地に落ちる事はなく……本来の持主の手に握られる。幻像となったかつての強敵は、最果ての怪物に聖剣を向けた。
怯んで、怯えて、たじろぐ怪物。二人は迷わず、同時に大地を蹴った。
九条を狙った左手が空を切り
勇者を狙った右手が弾かれる
乱打される魔法弾も、最早二人に当たる気配もない。左右対称に飛んだ二人は、最後の怪物の腕を両断した。
六本あったすべての腕を喪失したが、まだ肩部のビーム砲台が残っている。最後の手札を構えた時には、既に九条は切断した手を投げ飛ばしていた。
一度見た技だ。怪物は首を動かして避ける。けれどその際、投げ飛ばされた手に捕まった、聖剣を握る勇者の姿をはっきりと見た。
慌てて照準を変えようとするが、発射と同時に切断されていた。大きく狙いの外れた魔法が、城の天井を貫く結果を産む。
すべての手段を失った怪物は、それでも生きることを諦めない。出血するすべての部位から力を集め、強力な防壁を展開する。勇者の幻影は巻き込まれる前に消滅し、聖剣が九条と反対側に弾かれた。
身を護る怪物に向けて、九条はもう一度魔槍を取り出す。
自らのチート防御と自動回復を貫く効果を持った、その槍を。
ありったけの力と、感情と、祈りと、哀しみを込めて――
胸の内から叫びながら、彼はその槍を、怪物の心臓目がけて真っすぐに投げた。




