VS成れの果ての魔王
暴れまわった魔王の爪痕が、周辺から魔物たちを駆逐していた。嫌に静かな城の中で、カーネリアと今後のことを話し合う。彼女は外を見たいと言い、俺はこの記録を残したいと返す。雑談しつつ探し回ると、巨大な化け物を見つけた。
扉を開け、室内に入った時……その魔物は僅かに身じろぎした。
懐かしいサイズ感だ。王城で視た巨大骸骨を思い出すぜ。アレより大きく、全身にしっかり肉がついていて、腕が五本なところ――本当は六本なのだろうが、一本だけ再生していない――そのうちの二つの手を地面について、四つん這いの姿勢でコッチを見ている。背中から翼の骨格だけが、一本ずつ伸びてる所が違いかな……って、これだけ違えば別物か。同じなのは水色の髪ぐらいだろう。
怪物がゆっくりと瞳を開く。黒と赤の充血した目玉が俺達を睨む。合図するまでもなくカーネリアは消え去り、俺は改めて二つの剣を掲げた。
右手に勇者が残した聖剣を
左手にエイトさんの騎士剣を
本当は逆が良かったんだが、サイズが聖剣の方が大きかったのだから仕方ない。二刀流は利き手に、サイズの大きい物を装備するモンらしいからな。うろ覚えでもそれぐらいは知ってる。
鎧も来てない、布の装備の俺は……この世界に来てから何度目だろうな? またしても震え上がっていた。
自分より何倍もデカいし、チートパワーが付与されていても命の危険はあるだろう。とてつもなくデカい殺気に怯えながら、けれど表には一切出さずに宣言する。
「……アンタを倒す! 戻ってくるモノは何もないけど……終わらせてみせる!」
怪物が咆える。何倍もデカい顔で、全部が犬歯みたいになった鋭い歯を、口裂け女よろしく大きく開いて。
エグい音圧に気圧されながらも……俺は挨拶の代わりに、アイテムボックスからガラクタを取り出し蹴り飛ばした。
パワーに耐えかね残骸が砕けるが、いい具合の散弾となって顔面に広がる。一瞬怯んだその隙に、俺はまず腕を狙う事にした。
左に二つ、右に三つ生えた腕は、左手の一本だけ切断された痕がある。誰がやったか知らないが、少なくても腕の再生はしないのだろう。いきなり心臓や頭を狙っても危険だ、まずは少しずつダメージを蓄積させてやる! まずは右手側に俺は駆け寄った。アシンメトリーは気持ち悪いだろ? 一本俺がカットしてやらぁ!
怪物が叫ぶ。三本の腕がそれぞれに暴れる。力任せに振り下ろされる手に対し、騎士剣を合わせて俺は身を守った。
受けた瞬間、剣と身体が悲鳴を上げた。腕一本でもとんでもない怪力じゃないか……! 気迫を込めてはじき返すと、二本目三本目の腕が俺に迫る。二本目を転がって避け、三本目に二つの剣を合わせて受け止めた。
「ぐっ……う……おっ……! おらぁぁっ!!」
流石に両手で受け止めれば、拮抗以上に持っていける。騎士剣で防ぎつつ、聖剣を怪物の指先に振りかざすと、指を二つ切り捨てる事が出来た。
「ギャアアァアアッ!!」
「!」
コイツ、痛覚が残ってるのか? はっきりと悲鳴を聞いた俺は、そのまま返す刃でもう一度斬りつける。ぱっくりと引き裂かれた傷が、大量の出血を怪物に強いた。
そのままもう一発……と行きたかったが、二つの左手が横から迫っている。ひとまずエイトさんの騎士剣を収納し、斬り捨てた指を一本を投げ、別の腕にお返ししてやる。勢いの残ったもう一本の攻撃は、勇者の聖剣で防いで見せた。
再び全身を衝撃が走る。ぐっと腰を落として踏ん張り、巨大な腕を弾いて返す。攻防に一区切りついた時、怪物の目の色が変わった気がした。
(コイツ……他の魔物とは違う……!)
力が強いとか、サイズがヤバいとか、そういう話じゃない。
魔物は基本的に力任せだけど、痛覚で悲鳴を上げるのは死ぬ時ぐらいだ。怯えることも、相手を見て目つきを変えることもない。けれどコイツからは何か……禍々しい意思を感じるんだ。
この怪物は『魔王のなれの果て』だろう。世界と運命に絶望し、瘴気を暴走させ取り込んだ、本物の怪物。
完全に魔物と化した……いや、それだけじゃない。まるで、全く別の何かになってしまったような……新しい魔物の気配をコイツからは感じる……!
「アアアアァァァァァアアッ!!」
恐らくその通りなのだろう。はっきりと俺を敵と認知したのか、叫んだ怪物が背中に生えた、役立たずの骨組みを伸ばす。尖った先端が黒と赤の光を溜めたのを見て、反射的に俺は後ろに下がった。
直後、背中の骨組みからレーザーめいた何か……多分魔法による攻撃が地面を抉り飛ばした。
やっぱりコイツ、今までのやつと根本的に違う! 魔物になった奴は一度だって、魔法で直接攻撃をやってこなかったぞ!?
俺は……本格的に危険を感じた。それは俺自身への危機じゃない。
コイツは、この新しい魔物は、今まで暴走するだけだった魔物と違う。悪意に満ちた知性と判断が、魔王の亡骸に宿ってやがるんだ。
こんなのを……こんなのを放置するわけにはいかない。この王国と魔族を啜り、澱みと絶望から生まれた、正真正銘の怪物じゃないか……!
コイツを無視して置いていたら、いつか瘴気の壁さえも突破して……ここより外にも厄災をばら撒きかねない。突拍子もない想像だけど、嫌にはっきり想像できるぞ、その未来は!
撤退も視野に入れていた俺は、この化け物を見て考えが変わった。
今この場に立つまでに、俺は、俺達は、この世界で生きて来た人の、命の残り火に触れて来た。
それぞれの思いがあった。
それぞれの立場があった。
それぞれの努力があった。
それぞれの嘆きがあった。
そうして知って来た人たちの、行動と選択が招いた結末が……『とんでもない化け物を生み出して、やがて世界を滅ぼしました』なんてのは、誰だって望んじゃいない!!
俺は脇から入った乱入者で、おまけに貰いモンのチート野郎だが――
誰も望んでないバットエンドを、ぶっ飛ばすなら構うまい!
「魔王さんよ、昔はどうだったか知らねぇが……今のアンタは、倒さなきゃならねぇわ!!」
はっきりと血潮が昂るのを感じる。
身体に巣食っていた震えは消える。
両手で握る二つの剣と共に――俺はその化け物に、真っすぐ立ち向かっていった。




