すべてが終わったら
――この世界で起きた悲劇は、何か一つでも歯車がずれていれば……違う結果がもたらされていたのかもしれない。様々な選択と行為を経て、けれど何一つ報われず、死んでいった人々。
俺はせめて……その悲劇が続くことを終わらせたい。魔王の城にある『瘴気コントロール施設』に接触さえできれば、瘴気が蔓延し続ける事態は避けれる。取り戻せるものなんてないけど、せめてこのまま終わらせたくない。
カーネリアの同意してくれた。さぁ、城に乗り込んで終わらせよう。
魔王城の城下町は、崩壊していた。
まるで巨大な何かが暴れ回ったような、そんな痕跡が見られる。おもちゃのように投げ飛ばされた屋根や壁が、直されることもなく無残に飛び散っている。白骨化した死体も転がっていて、俺達が予想したような魔物の襲撃はなかった。
「これは……」
カーネリアも最初は隠れていたけど、あまりに襲撃の気配がなかったから一緒に歩いている。巨大な破壊の痕跡は、小競り合いで起きた物とは思えない。細かい記録は残ってないが、犯人の目星はついていた。
「魔物化した魔王が、暴れたんだろう」
「でしょうね……」
『漆黒の塔』を倒壊させた、魔物化した魔王なら……城下町で暴れて回っていてもおかしくない。どれだけの絶望を原動力に、魔王は動いていたのだろうか? 見境のない破壊は、悪意を持った災害が歩いて回ったようだ。
これが、俺が闘おうとしている相手か。全く恐くないと言ったら嘘だけど、やるしかない。小型の魔物一匹さえいない城下町を進み、俺達は魔王の城に進む。
入口には立派な鉄製の門があった、激しくひしゃげて、馬鹿デカい腕の骨が転がっていたけどな。
全体的に拡張されているのは、魔王のサイズが大きいからだろう。壁を壊して進んだ跡が、城中に残されている。どうやら王城とは違って、お付きの元人間も魔王は全滅させたらしい。これだけの力があれば、護衛もいらないだろうからな……
無残な名残に目が行く俺の耳に、カーネリアのつぶやきが耳に入る。
「嫌に静かですね……」
言われてみりゃそうだ。こんだけ派手に周りをぶっ壊した奴が、全く気配を発していないはずがない。一番都合が良いのは、もう魔物化した魔王がおっ死んでる事だけど……彼女の不安に、俺も同意した。
「寝てる……のかな」
「魔物って寝るのでしょうか……?」
「……そういや見たことないな。戦ってばかりだった」
「あはは……まさか、もう亡くなっていたり……?」
「一番都合が良いのは、その展開だけど……」
そんな上手い話があるのかね? とても俺はそう思えないよ。エイトさんの剣と勇者さんの剣、素人二刀流で俺は警戒しつつ、魔王の城の中を進む。シンと静まり返った静寂に耐えかねたのか、彼女はそっと話を続けた。
「『瘴気コントロール施設』はどこでしょう?」
「一番奥か、一番地下か最上階じゃないかな……城の中央もあり得るかも」
「雑じゃないですか? その推理……」
「あー……なんて言えばいいの? 隠し研究所見つけた時と同じ経験則……かな」
またの名をゲーム的お約束である。実際雑だが、大切なものを隠したり、大きな機能を持つ装置が置かれるとしたら、今上げた位置が妥当じゃないか? とりあえずはしらみつぶしで良いと思う。今のところ手がかりもないし、雑魚魔物の脅威もない。ちゃんと探していれば見つけられるはずだ。
一度見つけた実績が生きたのか、カーネリアは特にそれ以上は言及しない。代わりに、こんなことを喋り始めた。
「もし……瘴気が止まったら、この後はどうします?」
「この後?」
「そうです。ここで出来ることをすべて終えて……その後ヨスガさんは、どうしたいですか?」
言葉がすぐに出てこなかった。俺、全く考えちゃいなかったよ。
デカい目標が目の前にあったからな……その後どうするかは、考える余裕がなかった。返答に迷う俺に対し、彼女が先に望みを告げる。
「私は……外を見てみたいです。この世界と外を隔てる瘴気の壁も、ついでに取り除いて……どこか遠くに行きたい。ここは……もう何も残ってなくて、寂しいから」
「確かにな……」
「ねぇ、ヨスガさんは?」
改めて、灰色の瞳が俺を見つめる。しばらく迷ったけど、俺は一つ、胸の内に固まっていた思いがあった。
「俺はそうだな……外にも興味あるけど、その前に……ここで起きたことを纏めたい。ここで起きた出来事を、死んでいった人の記録を残したい。そして誰かに伝えたい……かな」
「それは……ヨスガさんが話すのですか?」
「俺は口下手だよ。人前で喋るのは苦手だ」
「私とは平気じゃないですか」
「一対一と大勢は違うよ」
「そうですか?」
「そうですよ」
魔王の城の中だってのに、全く緊張感のない会話である。けれど最後まで、俺は話を続けた。
「だから、そうだな……カーネリアは瘴気の壁を取り除くって言ってたよな? それで俺達は外に出れるわけだけど、逆に外から……ここに入ってこようとする人がいると思う。今までずっと閉ざされていたこの場所に」
「きっと、そうなるでしょう」
「俺は……入ってきた誰かに、ここで起きたことを伝えたい。幸い、今まで集めて来た資料は全部、アイテムボックスで運んでいるから……一か所に纏めて示せば、証拠にもなると思う」
俺達はこの旅路と、この地域で起きた事を忘れないだろう。
けれど俺達がいなくなれば、誰もここで起きたことを知れなくなってしまう。哀しい断絶と、誤解と、足掻いても報われず魔物となって消えていった人たちの事を。
それはあまりにも虚しい。人間の記憶なんてのは曖昧だし、ちょっとしたきっかけで歪んじまうもんだけどさ……誰にも伝わらず、何も残らないなんてのは哀しいじゃないか。
すべてが伝わるとは思えない。それでも……俺は、ここで起きたことを、一人でも知ってほしい。この悲しみや辛さを、少しでも誰かに分かって欲しい。それがせめてもの……この地で死んでいった人たちへの、慰めになるんじゃないだろうか。
語ってる最中、俺は結構な早口だったと思う。熱の入った俺の言葉を、カーネリアは最後まで聞いてくれた。
「全部終わったら……俺も外に行ってみたいかな」
「一緒に来てくれます?」
「当たり前だろ」
話に一区切りついた所で、俺達は大きな広間に入る。
そこには……不気味に佇む、塔に似た材質の巨大な機械と
番人の如く構えた、巨大な水色髪の魔物の姿があった。




