せめて、終わらせるために
塔について、この世界の本当の歴史について、そしてカーネリアについてほとんどのことが分かった。倒れてしまった塔の中には、人間の瘴気耐性者が眠っていたが……完全な化け物と化した魔王の行為で、塔が破壊され死んでしまう。もう一人のカーネリアとなりえた彼女に、俺たちはしばらく黙悼を捧げた。
すべてが明かされてしまえば、なんてことない。世界が滅びたのは……様々な要素が悪い意味でかみ合って、引き起こされたようなもんだった。
「何か一つ、どこかて違えば……この世界は壊れなかったかもしれないな……」
例えば、王族と魔族が表面上の対立を演じず、和解と協力路線でいたなら
例えば、もっと早く瘴気の謎を解き明かせていれば
例えば、王様や勇者さんが、もう少し魔族側の話に耳を傾ければ
例えば、漆黒の塔が無事で、もっと早く中の人物と技術が使えていれば……
もしも、や、たられば、を話せばきりがないけど……何か一つ、どこかで違っていれば……ここまで酷い結末にならなかった。
けれど、どうしてそれを責める? 少なくても俺は、この世界を生きた人たちを責める事は出来ない。カーネリアも気持ちは同じだ。
「何かが違えば、結果も違ったのかもしれません。でも……前提を変えたら変えたで、別の問題が起きていたかもしれません。それに――」
「そこまで大きな間違いや、意味不明な事をしたとは思えない。それに追い込まれたり、焦ったりすれば、どうしても失敗やミスは起きやすくなる。ほんの少し、ほんの少しの運があれば……」
「そう……ですね……」
人間は簡単に対立し、争えてしまうから隔離することも
身内が異形と化していく事に、強い憤りを覚えることも
世界を維持し、護ってきた相手に話を聞いてもらえず、その相手に討たれることも
そしてその事実に絶望して、世界を滅ぼしてしまうことも
善悪はともかく……感情は理解できるし、共感できる。
様々な人の意志があった。様々な人の願いと祈りがあった。
それぞれが絡み合って、組み上がったのが今の世界。
こんな酷いありさまだけど――一つだけはっきりしていることがある。
「……誰もこんな結末は望んじゃいなかった。誰もこんな未来は望んじゃいなかった。それだけは、確かだろう」
「……ヨスガさん」
「真実を知った今、ここから安全な場所に引きこもる手もあるけど……俺は……俺は、この悲劇を終わらせたい。今から取り戻せるものなんて何もないけど、このまま世界を放置したくない。『魔王の城』には、瘴気汚染を止めることができる装置がある。操作できれば……カーネリアが生きていた頃の環境まで戻せるはずだ。もう、誰もまともな人間なんて、俺たち以外にはいないけど……それでも」
この世界の人が苦しめられた原因を、せめて取り除いてやりたい。それは俺が拾い集めた、過去を生きた人たちに……安らかに眠れるようにと捧げられる、唯一の行動だと思う。
そんなのは自己満足だって? それでいいんだよ。
自分が『やりたいから』やるんだ。思い込みでもいい、自己満足でも偽善でもいい。ともかく……自分が『善い』と、自分自身で肯定できる事をやる。その結果間違えてしまうかもしれない。破滅を招いてしまうかもしれないけど……それでも、何も自分の意志では決められず、行動を起こせないよりは……ずっと良いと思う。
俺は……裏目に出ちまったこの世界の人達を、笑ったり蔑むような生き様をしたくない。もう大きな事はしてやれないけど……この悲劇を終わらせることは、死んでいった誰もが止めないだろう。
カーネリアは、儚く笑った。
「私は……私は、以前の記憶を知りません。昔の私や外の世界も、そんなに愛着は持てないはずでした。それを誰かの誘導なんじゃないか、私の正体が誰かなのか……徐々に、不安が強くなっていきました」
彼女の不安は、塔の記録を見る限り当然だろう。
『塔』で眠る人物は、ある程度性格が調整されている。最初の頃から俺は言っていたけど、彼女の積極性は……少しだけ立場が似ていた俺目線で、違和感を覚える性格だった。
「でも……今はこうも思うのです。今の私は、過去の私が望んだ姿なんじゃないかって。記憶をなくしたとしても、きっと……私は私なのだと思います。それに……私たちが旅の中で見つけたもの、感じたものは、私たちのものだと思うんです」
「そうだな……なにか、調整されたかもしれない。でも……俺は俺だし、カーネリアはカーネリアだ。ここまで歩いて来た俺達は、偽物なんかじゃない。それに計画や予定なんてものはさ、大体はみ出たり壊れたりして、どこかで上手くいかなくなるもんさ。カーネリアや……もしかしたら俺も、誰かの台本の上で動いているのかもしれないけど……それでも、この痛みは、この悲しみを感じているのは、間違いなく俺達自身で……全部台本通りなんかなじゃいよ。だから――」
どうか、俺について来てほしい。
王族の勇者の記録にあった事だ。『瘴気コントロール施設』は、過去この地に足を踏み入れた、水色髪の指導者一族が扱えるものだと。そして『塔』で封印された人物は、一族で瘴気に完全な耐性を持った人だったと。
つまり――『瘴気コントロール施設』にアクセスするには、異世界出身の俺ではダメなんだ。指導者の一族……カーネリアでなければ、終止符を打つ事が出来ない。
間違いなく、危険に身を晒す事になるけど……彼女は、静かに頷いた。
「終わらせましょう。せめて、この悲劇を」
「……ありがとう」
丸一日使って、俺達はしっかりと英気を養う。
この一帯で起きた全ての哀しみに、決着をつけるために。




