女魔族の追憶
≪残された遺品と資料から、龍人の身に何が起きたかを推察した≫
魔族の多くも寿命を持ち、老いて死んでいく。ごく一部の魔族は老いを知らず、長い時を生きていけるけど……そんなのは魔王様や龍人様のような、極めて一部の魔族に限られた。魔族だって元々は人間だもの。寿命が極端に伸びたりすることはないわ。
むしろ、減っていたかもね? 正気のまま天寿を全うできるとは限らないもの。
魔王様のおかげで、瘴気はある程度制御できているけど……でも突然瘴気が噴出することだってある。体質的に弱い人もいるし、長く生きればそれだけ瘴気を受ける。耐性があっても完全じゃない。魔物化してしまった場合、残念だけど殺すしかない。たとえそれが誰であっても……
例外は『純白の塔』と『漆黒の塔』……その二つの塔に眠っている二人だけ。この人たちは完全耐性者……どれだけ瘴気を浴びても、身体への影響をそれ以上受けない人だった。遥か昔、魔王様と王族の一族から、一人ずつ耐性者が生まれたらしい。
この奇跡の二人は『塔』に封印される事になった。
『塔』の中には、先史文明の遺産がある。生活には困らないし、そして王族も魔王も、この塔の超技術を恐れていた。だから『塔』の二人だけに道具を使えるように固定した。それも何か、緊急の危機が差し迫った時だけに。
例えば……瘴気コントロール施設が壊れた時とか。
先史文明の遺産だけど、いつ止まってしまうか分からない。もしもまた瘴気の濃度が上がってしまったら、汚染されていない人たちも、私たち魔族も全員魔物になるしかない。
そんな時が訪れてしまった時の、最後の希望。『塔』の中の技術と、瘴気の影響を受けない人は、その時のための備えだった。
……私が詳しいのは、魔王様の側近の一人だったから。
魔族もすべて、真実を知っている訳じゃないの。『塔』の技術なんて、外に漏れたら大変なことになる。中にいる人だって、まさか頭を弄られているなんて想像できないだろうし。
『塔』で眠る人たちは、五年の眠りと一年の目覚めを繰り返す。
それは『塔』の中にある『リバイバル・スリープ』って技術だそうよ。一年分の老化を、五年かけて若返らせる装置みたい。貴重な耐性者を保存しておく目的と、耐性者の人を……言い方悪いけど「洗脳」して、自分の役割に疑問を持てないようにする。そうでもしないと、中の道具を使って暴れ出したり、ストレスで頭おかしくなるもの。
何より魔族なのに王族の土地に、人間なのに魔王の土地で暮らすのは、いやでも不安になってしまうわ。
『漆黒の塔』には人間の完全耐性者が、『純白の塔』には魔族の完全耐性者が眠っている。中身を入れ替えたのは……魔王様によれば、表向き対立が続く以上、相手側の耐性者は手元に納められなくなるのが一つ。時間が経てば、同族からも耐性者が生まれるかもしれない。その時別の形の耐性者がいた方が、何かと都合が良いかもしれない。この二つの理由から、王族と魔族の耐性者を「交換」して、塔の中に封印したそうよ。
それは普通の人と魔族で、世界を分けるなら必要だったのでしょう。でも……そもそも私達が、表向きだけでも対立する必要、あったのかしら? 元々は同じ人間だった筈でしょう? 時間はあったのだし、じっくり話し合えば交流出来たと思うのだけどね。
現に私達は、そのツケを払うことになってしまった。
王族がある疑惑を持ち、魔族の領域へ侵攻を始めてしまった。理由は……『王族の娘が、魔物化した』って理由。症状見る限り、まだ魔物化ではなく『魔族化』と言った方が正しいのだけど……もう向こうは、私達魔族や魔王のいう事なんて聞かなかった。先制攻撃したのはそちらだって……
残念だけど、私達も瘴気の正体は知らない。危険なものだ、とりあえず制御できるものだって事は分かっているけど、根本の解決は出来ていなかった。人間の研究者で優秀な人がいたから、援助したけど……間に合わなかった。
何度か使節を送ったけど、誰も帰って来なかった。そうこうしている内に、勇者一行が魔王の城にたどり着いて、魔王を殺してしまった。
魔王は死に際、絶望した。自分たちの忍耐はなんだったのだろう。民のために汚染された地を抜け、瘴気を操り平和をもたらしたのに……最後は話を聞かない、元は同じ血族の相手に殺されるなんて……って。
魔王の絶望は、とんでもない操作を起こさせた。
『瘴気コントロール施設』を使って、魔王は自分の身体に大量の瘴気を注ぎ込んだ。少しだけ異形だった魔王は、この時完全に心を無くして……本当の魔王になってしまう。勇者たちを撃退までは良かったけど、暴走した魔王は瘴気の壁内部の、汚染濃度を高く設定してしまった。
それは魔族でさえ、耐えられない濃度の設定だった。このままでは全体が、全て魔物になってしまう。慌てて『漆黒の塔』に向かったけど……魔王はこの塔まで、完全に破壊してしまった。ちょうど休眠中だった人も……恐らく、死んでしまっただろう。
魔族のみんなは絶望した。もう自分たちは魔物になるしかない。化け物になるしかないんだって。呑気な王国は、国境と決めたラインを押し込んでいて……完全に話を聞く気がなかった。
失意の中、捨て鉢で私は『旧境界線の町』に向かった。
そこで待っていたのは……私と同じように、すっかり疲れ果ててしまった、王族の勇者の姿だった。




