龍人の追憶
何とか生き残った俺たちは、死んだ面々の遺品を集める。倒れちまった漆黒の塔、勇者さんの手帳、そして二人の武器を回収した俺は、休んでいたカーネリアの下に戻る。休みがてら遺品を読もうと提案した俺に、カーネリアは『旧境界線の町』で倒した、女魔族の記録も取り出す。これできっと……おおよそ解き明かせると信じて。
我々魔族ですら知らない遥か昔――致命的な破壊が起きた。
それが戦争なのか、天災であったのかはわからぬ。ともかくその地で暮らしていた人々と生命は、突如として理不尽に命を奪われた。
更に災害は終わらなかった。致命的な破壊を受けた地域からは、未知の何か……『瘴気』が発生するようになる。種子を飛ばした植物、移動し迂闊に侵入した動物は変異し、魔物として周辺を徘徊するようになる。人間とて例外ではなく、その瘴気に満ちた地は、禁断の地となってしまった。
その地に我らが足を踏み入れたのは、好き好んでではない。致命的な破壊の後も続く、人間同士の戦争に、我々が破れたことが原因であった。
水色の髪を持つ指導者一族と、従う者たちは占拠された祖国を捨て、禁じられた地に足を運んだ。魔物化や変異に苦しめられながら、ある一点を確保した事により我らは希望を見いだす。
純白の白い塔……信じられない事に、致命的破壊に見舞われたこの地においても、無事に残っていた建造物だ。先史文明も大したもので、この塔周辺は瘴気の悪影響を緩和するらしい。完全に魔物化した者や、既に変異した部位に効果はないが、意識を保ちやすくなり、状態の悪化や進行は大きく遅らせる事が出来る。
さらにもう一つ……この塔とは同等の機能を持つ『漆黒の塔』が存在し、その近辺には『瘴気コントロール施設』なる物があると言う。常に瘴気漂うこの土地だが、先史文明は装置を設置することで、この地で生活を可能としていたようだ。致命的な破壊か、それとも別の要因かは不明だが……現在この装置は停止しているらしい。
ここで、我々亡国の移民は選択を迫られた。
瘴気の濃度は濃いが『純白の塔』周辺なら何とか生活は出来る。このまま無理に進む必要は無いかもしれないとの意見が出た。何より『漆黒の塔』の位置は、はるかに瘴気が濃い地域を指している。進めば犠牲は避けられないだろう。
が、水色髪の指導者一族は、希望者を集った。異形化の進んだ、瘴気への耐性を持つ者全員に声をかけ『漆黒の塔』と『瘴気コントロール施設』を手にすべきと主張したのだ。
そこに強要するような口ぶりは、一切なかったことを付け加えておく。しかし異形化……すなわち魔族となった我らにとっては、指導者の提案に乗るしかなかっただろう。
我々は知っていた。人間は簡単に、争えてしまう生き物だと言うことを。
主張が違う、能力が違う、思想が違う、見た目が違う。
ほんの些細な理由を火種にして、人間は争えてしまう生き物だった。致命的な破壊を経て、それでも争うことをやめられず、放逐された我々にはよく身に染みていた。
だから……魔物の外見を持つ我々魔族は、健常な人間と共には暮らせない。いずれそれは差となり、壁となり、やがて戦争に至りかねないと、水色の指導者一族は主張する。ましてや純白の塔、その近辺のみで過密な生活を送れば、破綻は確実に迫るとも。
我々、亡国の移民の生存圏拡大のため、そして魔族と化した者と、健常な者同士のいがみ合いを避けるため……肉体が変異してしまった者全員で『漆黒の塔』と『瘴気コントロール施設』を目指す。健常な者も希望者は同行できたが、人数はごく僅かだった。魔物化の危険を冒してまで、未知の深部に進むことは出来まい。しかし指導者一族の一部は先導を申し出ていた。彼らの一族は、瘴気への抵抗性が高いらしい。変異した者こそいるが、魔物化した者は一人も出ていなかった。
そうして旅をつづけ、目標を達成した時……生き残った面々は約三割に数を減らしてしまった。魔物化してしまった者も多いが、魔物の襲撃によって命を落とした者が多かった。特に最後『瘴気コントロール施設』を確保する際、先史文明の民も魔物化して占拠していたのだ。この戦闘で多くの犠牲を払ったが……ついに我々は、その施設を手にすることができた。
水色髪の一族がコントロール権を獲得し、すぐに操作が行われる。『漆黒の塔』や施設周辺は瘴気濃度が高く、完全に除去はしきれない。しかしこの深部まで来れた者たちは耐性を保持している者が多く、我々の生活に問題ない次元にまで、抑制することに成功した。
さらにこの近辺から発生する、瘴気濃度を大きく軽減。純白の塔周辺の瘴気も抑制され、我々は安住の地を手にしたと思えた。
が、我々が瘴気問題を解決したと分かると、我らを放逐した者たちが攻め入る姿勢を見せた。逃避した者たちを捕えるべく、無数の軍勢を用意し一触即発に陥る。まともな軍備もなかったが、ここで我らは『瘴気コントロール施設』を生かした。
我らが獲得した生活圏内と外側を、超高密度の瘴気の壁を作り隔てたのだ。我ら魔族でさえ瞬時に魔物化する瘴気を張れば、外から突破する手段はない。完全に外との交流は途絶えたが、我々は確かに安住の箱庭を手にすることが出来た。
そして最後の仕上げとして……変異した者、魔族と
全く汚染を受けず無事だった人々は、表向きの交流を断った。
外部からの侵略を防ぐため、ここは箱庭と化した。故に使える資源に限りがあり、一度枯渇すれば全体が危機に陥るだろう。そうでなくても、閉鎖環境は強いストレスを生じさせる。同朋の無事な人間を守るために、我々は敵役を演じる事にした。
真実の一部は王族に受け継がれ、世代を経る事により程よく風化が進む。
演出された緊張と被害の中で、たまに魔物による被害を受けながらも、瘴気に犯されていない民が平和を享受する。しかし彼らを真に守護しているのは、魔族である我々だ。
その自覚がある故に、我々も耐える事が出来た。我や魔王となった水色髪の一族などは、異常な寿命を利用し、真実の守り人としてこの地で暮らす。『漆黒の塔』で眠る、人間の耐性者のお守りには苦労したが……魔王の頼みだ。無下にはできん。
そんな日々がいつまでも、続いていくと信じていたのに。破綻は突如として訪れた。
……王族の勇者が静止を振り切り、魔王様を――我と共に世界を跨ぎ、この世界で歴史を刻んで以来、ずっと世界を守り続けていた我が盟友を、敵と誤解して殺めてしまう事件が、すべての引き金であった。




