絞り出す
完全に力量差がある上、向こうも魔物化で能力が上がっているらしく、完全に俺は魔物化した『王族の勇者』に押されていた。捨て身の攻撃も通りやしない。じれったく思っていたところに、カーネリアが限界を迎えちまった。
長く続いた戦いが、やはりカーネリアに負担をかけていたのだろう。隠れきれなくなった彼女は、蒼白な顔でぐったりとしている。俺も相手も視線が逸れたが、動いたのは俺の方が早かった。
「カーネリア!」
敵と目は離さずに、しゃがみ込む彼女の間に割って入る。何とか意識を保っているけど、やっぱり長時間はマズかったようだ。
俺の見通しが甘かった? それともダメ元で逃げ出すべきだったか……? 何にせよ彼女を守るしかない。ボロボロの身体だが知った事か! 彼女の方が身体はヤワいんだぞ……!
一瞬王族の勇者が戸惑いを見せたが、それで止まる訳がなかった。光の剣を振りかざし、熟練の剣術が俺を襲う。もう下がれないと覚悟を決めた俺は、ぐっと足をその場に踏ん張り通さないよう陣取った。
カーネリアを狙われたら、ものの数秒で殺されちまう。またしても何度か喰らったが、身体に捩じ込まれながらも反撃を試みた。
「う……おっ!? うおおおおおぉあぁああああっ!」
初めてこんな声を出したかもしれない。痛苦の悲鳴と気迫の叫びが、ぐちゃぐちゃに混ざった声だった。身体の底から絞り出した力は、一発だけ頭部に有効打をもたらす。その前に七回ほどこっちは喰らって、うち二つは派手な出血をもたらした。
ただでさえ無様だったのに、さらに増えた傷が俺を鈍くする。人間命の危機が来ると、思考さえも纏まらなくなるんだな。ゾンビになった気分だよ。血が抜けたせいか頭もぼんやりするし、全身も重くて上手い事動かん。
そのはず、なんだけどな。
元から無様な動きが、さらに酷くぎこちなくなって
読み切れない相手の挙動は、増々トンチンカンになっちまう。
それでも倒れるわけにはいかない。それでも折れるわけにはいかない。
与えられた力も使いこなせず、本当の実力者と向き合ってもズタボロで、二回目の死の気配をはっきりと感じる。恐怖も苦痛もあるけれど、何故か俺は彼女のそばから動かなかった。
吐息は荒い。
身体が重い。
攻撃は鋭い。
意識は鈍い。
なのに、なんでかな……逃げたいって気持ちだけは、これっぽっちも湧いてこない。ぼんやりとした意識と、剣と剣の金属音が頭に響く中、走馬灯ってやつなんだろうか……俺は過去の自分が想起されていた。
――いわゆる負け組に属する人間は、しょっちゅう死にたいって口にする。勿論俺も経験あるよ。
それは死への憧れって言うより、現状からの脱却が望みなんだろう。で、無かったら異世界転移や転生物が流行ったりするもんか。今、自分を覆う逼塞感から抜け出したい。その願望が形になると「死にたい」とか「異世界行きたい」になるんだろう。
それに本当に死にたい、死んでもいいって言うなら……前のめりに死ぬことだって、できるじゃないか。命の消費を前提にできれば、失敗と痛苦を覚悟すれば、選択肢なんてもんは、意外と多かったのかもしれない。
ならなんで出来ないのかって? はっきりした望みがないからだよ。生きることに、自分自身である事に、ちっとも情熱を持ってないからだよ。
ぼんやりとした希望程度じゃ、人間ってのは苦しみや痛みを負う事は出来ない。痛苦と恐怖は、簡単に克服できるもんじゃない。そして厄介な事に……努力したところで、必ず結果がついてくるとは限らない。
それがどうした馬鹿野郎。
このまま、カーネリアと自分が殺されるのを、黙って受け入れろってのか? そりゃ抵抗しない方が、俺は楽に死ねるだろうけどさ……ふざけんじゃねぇ。
全て無駄に終わろうが、努力に結果がついてこなかろうが……命はきっちり使い切らなきゃいかん。一回目をクソみたいな終わらせ方してる俺はな、そん時どうしようもないぐらい惨めで仕方なかったよ。
言葉にするのは難しいが……『未練』が一番近いのかな。
何にも情熱を持てず、何にも意味を見いだせず、だから自分にだって意味を認められない。他人様からの評価じゃないぞ? 俺には何の意味もなかった。生きてて虚しかったって自己評価の死は辛い。
だから足掻く、だから抵抗する。剣を取り落とした俺は、かすんだ頭と視界でがむしゃらに動く。アイテムボックスから収納物を手元に置いて、ひたすら投げて投げ続ける。こんなん当たる訳がない。勇者の剣は悉く撃ち落としていた。
んなことしたって結果は変わらない。抵抗しました、頑張りましたアピールじゃねぇのかって? そうだよ悪いか? お上品な理屈捏ねて、傷も苦しみも負わず無価値に死ぬよりマシだろうが! ヘタレな内面をぶん殴って、俺は俺の身体を酷使し続ける。
何を取り出してるとか、もう考えている余裕はなかった。回復が追いつかなくて、両手に力が入らなくなっている。最後に俺が投げたのは、金色の重たい金属だ。
甲高い音がする。鎧か剣で弾かれたか。汗と血で濡れた身体が動かねぇ。あと少し……あと少しで、魔王の城だってのに……
けど、ここで王族の勇者は固まっていた。俺にもカーネリアとも目が合っていない。最後に俺が投げた金属に、目が釘付けになっている。
いつまでも刺されないトドメに、ゆっくりと俺とカーネリアが顔を向ける。最後に投げつけた金属――骸骨のなれの果てがつけていた王冠は、ふわりと宙に浮いていた。
そして、宙に浮くのをやめた。王冠の下から、水色の髪の頭部が生え、厳かなマントが生え、そして皺の多い老人の身体が像を作る。後ろから見た俺達には、表情は見えないが……何が起きたのかは想像がついていた。
王様の王冠が触媒となって、魔物となった息子の前に呼び起こされたのだろう。俺がエイトさんを呼び出したのと同じ遺物魔法だ。
ゆっくりと歩み寄る王に、息子は剣を下ろす。まともに働かない頭は、その光景をぼんやりと解釈することしかできない。
やがて王の幻影が、勇者の身体を抱きしめる。言葉はなくとも、魔物と化した双眼が一筋の雫を頬に流す。
たったそれだけの出来事。
幻影はすぐに跡形もなく消え、地面に王冠がカランと落ちる。
――勇者は何を思ったのかは、分からない。
俺達が身構える前に、魔物と化した王族の勇者は、その胸に剣を突き立てていた。




