VS王族の勇者
乱入してきたソイツの恰好から、俺はその人物を『王族の勇者』の成れの果てだと断定した。もう臨戦態勢の彼は、やはり明らかに強い。長引く戦闘に不安を覚えるけど、やるしかないと腹を決めた。
信じられない事だが、完全に俺は押されていた。
三流体術でも使える一撃必殺。ほとんどの衝撃やダメージを減衰する防御力。仮に怪我したとしても治癒する自動回復……これだけ特典が山盛りになっておいて、押されるなんてのは無様以外の何物でもねぇ。一応まだ負けてないが、胸の中では既に敗北感で一杯だったりする。
龍人と異なり、勇者は俺のレベルに戦い方を合わせて来た。無様に隙を晒せば、それを容赦なく狙って切りつけてくる。防御と回復は追いつかず、擦り傷に切り傷、打撲痕が身体中に刻まれていた。
こっちの攻撃も、一撃必殺にはなりえない。
時に受け流し、時に回避し、たまに当たっても、致命的にならない被弾しかしない。魔物化の影響で、身体能力が上がっているにしても……その力を使いこなしているような印象を受けた。
酷い気分だった。痛めつけられた肉体より、精神の方が刻まれていたかもしれない。
完全に技量力量で差を付けられた挙句、子供をあやすように相手に捌かれちまう。付け焼刃の貰いモンの力じゃ、様になってないのは分かっちゃいたが……必殺の一撃も、当てられなければどうしようもない。猫に小判、豚に真珠、無能に力って事なのかね?
並みや少し強い程度の相手なら、この立ち回りでも全く問題なかった。
でも本当の強者と相対した時……ただ力を与えられただけの人間は、誰かに並ばれた時点で、心の中では敗北感と屈辱に塗れていたりする。
――そりゃそうだ。何せ相手は並々ならぬ研鑽を経て、同格にまでのし上がってきたんだ。向き合い対決している時点で、自分はどうか? って比べちまう。
とてもじゃないが同じ動きは出来ない。
とてもじゃないが同じ努力が出来ない。
そこにたどり着いた素質が天才なのか、それとも秀才かは知らんが、それと釣り合わせているモンが、タダのズルや運じゃ惨めになる。誰かに指摘されるまでもない。俺のやり方なんざ酷いもんだ。
「それでも……な……!」
チート任せのオンボロ野郎は、生憎簡単には死なない身体でな。性格も鈍っちい野郎だが、耐える事だけは慣れてるんでね……!
王族の勇者は攻めを緩めない。時間をかければ俺の傷は回復するからだ。だから相手は、こっちの回復力を上回る攻勢をかけ続けている。勿論反撃するんだが、上手い事手のひらで転がされて不利がついていた。
更にもう一つ、気が付いた所がある。
向こうもかすり傷程度なら、全然被弾を恐れていない。理由は簡単、俺と同じように再生力を持っているらしい。勿論俺のと比べたらランクは低いのだろうけど……
あーやめやめ! 比べるほど惨めになるだけだ! グダグダ考える前に、目の前の敵をぶっ倒す事を考えろ! どのみち活路は他にないだろうが……!
「おおおおおぉっ!」
久々に腹の底から声が出た気がする。思った通りに動かない身体を、痛む傷を無視して振るう。左右に三往復するだけの連撃は、多少は圧を掛けれたのか、数歩だけ後退させる。反撃の斬撃は、切り返しを含んだ一瞬の三連斬。俺はあえて避けずに、身体をひねりつつ踏み込む。
信じられない程の痛みが走った。あばらに金属がめり込むなんて初めての経験だったもんで、危うく悲鳴を上げて逃げそうになる。僅かな度胸を振り絞って、さらに前へ進み拳を構えた。
今までは痛みにビビってたが、自動回復があれば致命傷以外は回復するんだ。死ななきゃ安いのに、ちょっとした重傷にさえビビってんじゃない! 肉を切らせて骨を断つ……他人がやるのはカッコがつくが、自分がいざやるってなると、とんでもなく恐い一手だが……そこまでして手にしたモンを、痛みと恐怖で手放してたまるか。
深く刺さった剣を無視し、チートパワーを込めた一発は胸を狙う。頭や四肢を狙ったって上手い事躱されるだけだ。確実なダメージの蓄積を狙うなら、身体の中心狙いが一番良い。遅まきながら気が付いた俺の一発を、相手は左手を犠牲にして受け止めた。
命は取れなかったが、感触は良い。追撃の前に剣が引き抜かれ、すかさず元勇者は距離を取る。俺の腹から鮮血が散ったが、出血は少しずつ収まっていった。
もちろん皮膚が塞がっただけで、体の中はゴワゴワする。一番打撃を与えたが、一番重い負傷だった。釣り合っているかは微妙だが、相手がすぐ仕掛けてこないのを見るに、効果はある。
「ぜぇ……ぜぇ……」
肉体が荒々しく息を吐く。生命の危険を訴える身体が、激しい恐怖を脳髄に発する。毛穴という毛穴は開き切り、冷や汗は全身を濡らしていた。
こんな事は、魔物になっちまえば無縁なんだろうな……そう思ってたんだが、勇者の様子が少しおかしい。左手をかばうのはまだしも、その後の攻撃が違った。
もちろん激しい攻撃には違いない。俺は受けきるのに精いっぱいだったけど、今までと比べて踏み込みが浅いのだ。反撃を警戒し左手をかばう所作は、魔物らしくない……そう思えた。
数回牽制合戦が続き、互いの呼吸が整ってきたころに――戦闘中の森の隅で、青白い光が発生する。
ずっと亜空間に潜っていたカーネリアが、ぐっしょりと汗を流して疲弊していた。




