裏目に出た熟練
龍人の魔物と敵対する俺は、一撃必殺が決まらないことに焦った。全身を覆う鱗がダメージを大きく軽減しちまうらしい。おまけに相手の槍は防御を貫通する特別性と来やがった。ジワリと嫌な汗が出るけど、ここで引くわけにはいかない……!
槍の攻撃をおっかなびっくり避けつつ、俺は反撃を龍人にぶちかます。肌の一部はボロボロになり、少しずつだが俺は手ごたえを感じていた。とはいえ、全く油断できない現状は変わらない。俺の身体には腕と足に二か所ずつ、新しい傷がついていた。
正気を失っているのに、龍人の槍さばきは衰えが見えねぇ。いやまぁ、元々どんな人物かを知らないから、衰えもクソも比較しようがないんだが……身体の一つ一つの動作がもうキレッキレなんだわ。
何とか動きを読んでるけど、チートパワーに物言わせて誤魔化してるだけで、俺が素の状態だったらとっくに死んでる。……それは別に今始まった事じゃないが、この龍人との戦いは否応なくそれを意識させられた。
「うおっ!?」
またしても体制を崩す俺は、剣を変な方向に斬り上げてしまう。が、その全くなってない剣筋が読めないのか、龍人の身体の鱗を数枚剥がした。
チート云々があったとしても、下手したら俺はボコボコに倒されていただろう。
が……これは全く自慢できない、非常に情けない話なんだが……俺の動きが『素人過ぎて』逆に龍人の読みを外してしまうらしい。そりゃ熟練の戦士にしてみれば、鍛えてない素人の挙動なのに、えげつない一撃が飛んでくるのは理解不能だろうな。
だから……軽い牽制を喰らった時点で、俺は大きく体制を崩しちまって、その後の連撃が当たらなかったり。
全くかすり傷にもならないような攻撃が、強打として機能するせいで……受けてからの反撃を狙うと、その前に吹き飛ばされちまう。
早い話……この龍人が熟練した戦士だからこそ、その後の読みが悉く外れてしまう。鍛練して身に着けた挙動、戦いにおいて当然の理が俺にはないのだ。
現代風に例えるなら……オンラインゲームのチーターが、簡単に見破られる感覚に似ているかもしれない。一流プレイヤー並のとんでもない戦績を出してる割りに、立ち回りや基礎が初心者レベルで、アンバランスなんだよな。
……あれ、俺やられ役じゃね? 一瞬嫌な想像をした時と、魔槍が頬をかすったのは同時だった。危ない危ない。冷や汗をかきながらも、魔物化した龍人の様子を見て想像する。
(これはアレか。正気を失っているお陰て助かっているのか……?)
相手がチーターなら、チートを前提に戦術を切り替える奴もいる。この技量の戦士なら、俺のダメさ加減に合わせて戦い方を変えるんじゃないか?
でも、魔物化しているせいで……精神を失っているせいで、その判断が出来てない。正気の内に戦っていたら、そろそろ俺は死んでいただろう。意識が残っていれば……戦闘をせずにすんだかもしれないが、今は余計な事は考えない。俺は鱗の剥がれた部位目がけ、足払いに近い蹴りを使う。
「グラアアァアァッ!」
叫び声は怖いが、今回上げた声は悲鳴だ。やっぱり致命傷じゃないけれど、確かに手ごたえがあったぞ。鱗を剥がした部位ならこっちの攻撃も通る!
勝機を見いだしたその時、龍人は畳んでいた羽を広げ、空中に跳びあがり槍を掲げたのだ。見下ろしてくるそいつに、心の籠った舌打ちをくれてやる。
またこれかよ!? 研究者マーヴェルとの戦いでも実感したが、俺は上方向に陣取られると弱いんだ。チートパワーを最大で叩きこめないからな。
ぎろりと互いに睨みあう。羽ばたき音が一瞬止まり、龍人が槍を構えたタイミングで俺は後ろに跳んだ。
直後、地面に突撃が『着弾』した。迫撃砲めいた衝撃が周辺に広がり、丸太が無残に飛び散っている。魔槍の特性か何かだろうか? 何にせよ三流でも分かる濃い殺気が、俺の命を救った形だ。
大量の木片と礫に構わず、波動が収まるのを待って俺は騎士剣を振りかぶる。また上に逃げられたら手が出せない。ただでさえ鱗の防御力があるんだ。直接殴らなきゃ、コイツに攻撃はまず通らない。上段から振り下ろそうとしたが、その前に羽ばたきが龍人を上空へ運んでしまう。
クソが。機会を逃した俺に落ち込む余裕はなかった。上を取って槍を打ちおろし、隙を最小に抑えた動きに苦戦する。
えぇい! 攻撃を受けて、比較的安全な立ち回りに変えたのか! 柔軟な判断は失っていても、判断するまでもない戦い方は出来るって事かい。
このままカウンター狙いで戦うか? いや素人の俺には厳しく思えるぞ。じっくり腰据えて戦うのも……やはり俺が素人な事が裏目に出そうでならない。集中力が持たないだろう。
じわりと嫌な汗をかいた直後だった。森の方から何か、駆け抜けてくる気配がある。対峙する龍人の背中側からだ。
魔物化した龍人も気が付いたのか、俺に背を向けて堂々と確認する。クソが。安全だからって堂々とナメられると腹立つな。なんか投げつけてやろうか?
――戦っていた俺達二人の反応は、実に呑気だった。呑気過ぎた。
水色の髪をなびかせたソイツは、森から飛び出したと同時に跳躍。飛行中の龍人に真っすぐ突き刺さったのだ。
「ギャアアアアアァアァッ!!」
「な……!?」
握った剣は神々しい輝きを放っている。突き刺した場所は、俺が最初の頃破壊した、脇腹の鱗の剥がれた部位だ。
空中で組み付いた乱入者は剣を引き抜き、そのまま空中で三度斬撃を加える。俺が鱗を剥がした部位を、完璧に狙い澄まして切断しやがった。
落下する龍人の胸に乱入者が剣を添える。まだ鱗は残っていたが、上空から叩きつけた勢いに任せ、上から心臓を串刺しにし、一瞬で命を奪う。
この間僅か数秒。見事な乱入と奇襲だった。絶命した龍人は白骨化し、龍殺しの乱入者は俺に殺気を向ける。
――水色髪の若い男の頭部に、カーネリアと同じような角が、両脇に生えていた。




