龍人の魔物
ようやく見えた魔王の城に、俺はつい浮き足立っちまった。カーネリアに窘められ、気持ちを落ち着かせる俺。なんとなしに空気が往生と似てると思った矢先、倒壊した漆黒の物質が目に入る。色合いこそ違えど、それはカーネリアの塔と同じ材質に思えてならない。慎重に根本へ歩いていくと、威圧感のある魔物が吠えた
コイツ、元魔族に違いない。先端が禍々しい赤色の槍を装備したそいつは、硬質な灰色の肌に覆われていた。
岩のような、いかにも頑丈そうな体つきだが、関節はスムーズに動いている。二足歩行で尻尾をうねらせ、背中も似たような材質の羽が畳まれていた。
顔つきも岩肌の様な肌を持っているけど……爬虫類に似た顔が強烈な存在感を放っている。目の前にいる奴は逞しい龍を、人型に縮小したような「龍人」ってやつが近い。そこらの魔物との格の違いを、ひしひしと俺は感じていた。
「グオオオオオアアアァァァァアッ!!」
再び放たれる咆哮。元々は理性を持っていたのかもしれないけど、魔物化のせいで本物のドラゴン並みの圧力だ。これが元々、人間だって言われてもそりゃ信じられねぇわな。
怯えた心を抱きながら、俺は騎士剣をしっかりと握る。下がらない俺を赤と黒の目玉が見つめ、槍を構えて突撃して来た。
おっそろしい速度で接近され、横倒しの木が枯れた葉を散らした。気が付いた時には突きを繰り出されていたが、身構えていたのと、ちょっとはマシになった身体捌きで偶然にも回避成功。そのまま流れで、反撃の騎士剣を脇腹に叩き込む。
速力があるにもかかわらず、龍人は全く避けるそぶりを見せなかった。その判断の甘さを後悔させてやる! チートパワーを込めた剣術は、あっさり龍人の肉体を一刀両断――
できなかった。
「「!?」」
何枚か脇腹の鱗を弾き飛ばしたが、軽く揺らいだ程度で致命傷じゃない! ヤバイと思ったのは俺だけではなく、龍人も驚いた様子で後ろに下がる。
くそ……コイツ、鱗が全身を防御してやがる。攻撃が通らない訳じゃないが、チートパワーすら減衰されちまうのか!?
初撃で下がらなかった理由もわかった。並みの攻撃じゃ、鱗に阻まれて通らないのだろう。慢心ちゃ慢心だが、一撃必殺のチートを弾いているし、かなりの頑強さだ。
即座に離脱したそいつは警戒心むき出しで、構え直してもう一度接敵。今度は上段から槍を叩きつけるように振り下ろす。絶妙な間合いのそれは、反撃を喰らわないように先端ギリギリを使っていた。
強引に踏み込もうと突っ込んだ俺は、槍に裂かれた左肩が激しく痛みを訴えた事に驚愕する。ぐらりと身体が揺れ、追撃を止めたことが功を奏した。龍人の槍の二撃目が宙を空振り、攻防は仕切り直される。
「くっ……何が起こりやがった……?」
結構な出血を続ける肩の痛みが止まらない。自動回復も発動してない訳じゃなさそうだが、明らかに回復までが遅い。
なんてこった……コイツ、俺のチートの効果が薄いのか!? あの槍、そうしたモノを打ち破る性質を持っているのかもしれない。禍々しい穂先の赤が、血を啜って歓喜しているようにも見えた。
しっかりしろ、と俺は自分に檄を飛ばす。震えそうになる身体に鞭打ち、これは武者震いだと自己暗示をかけた。
痛み一つでビビリ散らすんだから、本当に俺は弱っちい。おまけに一回死んだくせに、もう一度死ぬのも怖いと来やがった。
けれどな。せっかく目の前に、真実がぶら下がってるってのに――全部投げ捨てて逃げちまうのは、必死に生きて、死んでいった奴らに申し訳が立たねぇんだわ……!
「い……いくぞおおおぉっ!!」
「グオオオオオォオォッ!」
へっぴり腰の俺の叫びと比べ、なんと龍人の恐ろしい事か。違いすぎる場数は承知の上で、俺は自分から切りかかった。
しかしなんでか知らんが、かなりギリギリになってから龍人は防御する。魔槍も強いのは先端だけなのか、握り手の部分では受け止めようとしない。流れるような反撃も、俺はおっかなびっくりで避けた。
そのまま俺は片手を離して、裏拳を柄にブチ込もうとする。チートパワーを発揮するのは剣に限定されていない。剣だろうが拳だろうが、当たれば大打撃の一撃だ。
相手がどう動かしたのかは見えなかったけど、ちょうど左の小手の部分に当たった。鈍い衝撃音が響いたけど、鱗を剥がすにとどまる。骨を破壊できた感触はなく、痛覚を無視した魔の槍が俺の首筋を狙っていた。
マズイ。チート防御も自動回復もないのに、首を斬られるのは致命傷だ。咄嗟に避けようとしたんだが、情けない事に足がもつれた。バランスを崩した俺は尻もちをつく形になり、おかげで被害は頭頂部の髪のみで済む。
今度は足技を……といっても子供がふざけてやるような、全く体重の乗ってない蹴りなんだが……を繰り出す。膝に命中した子供バタ足が、龍人の鱗をさらに削った。
その後、本物の腰の入った蹴りを喰らい、俺の身体が吹っ飛ばされる。こっちは槍の攻撃じゃないから、痛みはさほどひどくない。
……冷静に考えると危なかったかもしれない。あの槍が『チートを一時的に無力化する』槍だったら、その後の体術も大ダメージを受ける所だった。どうやら槍による攻撃のみが、俺のチートを貫通するらしい。
ならばそれだけを注意すればいい……とはいかない。というか、そんな技量は俺にはない。視力はそれなりに自信があるが、運動神経は酷いもんだ。咄嗟の判断で身体を動かそうにも、頭と身体が全く追いつきやしない。そもそもまともな判断を下そうにも場数が足りん。
えぇい! チート貰っておいて泣き言を言うんじゃない!
俺の冷や汗は止まらないけれど、なげなしの闘志は萎んじゃいなかった。




